第21話 結果から始まるストーリー

マラソン大会を企画したディレクター、デイモンは悩みに悩んだ。


どうすれば視聴率を稼げてスポンサーを喜ばせる事が出来るのか。


この番組はぶっちゃけやらせで、スポンサーの息子のギルバートがアスリートで周囲の受けを狙って持ち掛けてきたものだ。だから勝つのはギルバート、初めからそれは決まってる。でもそれだといまいち番組が盛り上がらない。どう見てもギルバートはパッとしない。一流どころを集めると目立たないだろうし勝てないから初めから除外。若手期待とかのルーキーを集めても万が一があってそれも出来ない、うだつの上がらない良いとこ二流のランナーを集めてやるショーはどうみても華やかさがない。


ならどうすりゃいいんだとデイモンは悩んだ挙句、こう思った。要はエンターテイメントにすりゃあ良いと。

そう考えれば楽だ。なにせ自分の領域なんだから。


まず大会に参加してもらっては困るが観客や一般ランナーが集まらなくては困る。だから人気ある一流どころを招待しよう。で、事前に話をつけておいて当日のアクシデントで参加は辞退。これなら皆も仕方ないと諦めてディレクターのデイモンを責めはしないだろう。なんなら競技中にでもアクシデントが発生すれば良い。この場合はインシデントか?まあその違いなんてどうでも良いが、目に見える形で何かあった方が視聴率も稼げるから、一流ランナーには悪いが悪意のある人物によくわからない液体をぶっかけられて安全の為に棄権、というのがエンターテイメントとしても民衆受けするだろう。でもそれで一流ランナーが来てるスポンサーのマークの入ったシャツを汚すと後で問題になるな。じゃあ、こうしよう。一流ランナーに並走する着替え持ち要員をつけよう。一流ランナーが液体をぶっかけられてそのままじゃ風邪を引くしクレームもつくからすぐさま着替えを渡すのだ。そうすれば一流ランナーも問題ないし棄権もするだろうからギルバートの優勝は揺るがない。番組もハプニングで視聴率を稼げる。おっと、忘れていたな。その液体を拭きとるタオル。どうせならスポンサーをつけよう。誠意から差し出させるタオルが自社の製品、これはイメージアップになるだろうからスポンサーは必ずついてくれる。液体の方はダメか。イメージが悪すぎてスポンサーはついてくれなさそうだ。

これでは視聴率も物足りないだろうしまだ足りない。そう、こんなのはどうだ。一般ランナーの一人がもうすぐゴールだがそこでアクシデントが、いやインシデント、いやそんな違いはどうでも良い、とにかく起きる。足を挫くがまだ走れると思って粘る。観客は「あの人、大丈夫か?」と心配そうに見つめる。するとそこに別のランナーがやって来て肩を貸す。観客はその助け合いの精神に感動して涙を流す。これでどうだ。おっと、最近は感染症とかで汗などを不用意に触れないとかあったな。そうだ。ここでもタオル、いや、タオルはさっきスポンサーを付ける予定にしたからここは防護服。防護服さえ来てれば密着しても大丈夫だろう。これで最近の風潮に対応できる。勿論スポンサーを付けるのも忘れる気はない。後、炎症止めの冷却スプレー。「こんな事もあろうかと」とスッと取り出しプシュッと一吹き。画面に向けてニコッ。これでどうだ。良いCMになるしキャッチフレーズもある。これもスポンサーだな。でもまだ何か足りない気がする。そう、知り合いに頼まれてた俳優の宣伝だ。ちょっと鍛えさせればマラソンくらい走れるだろう。これでメンツも保てる。

それでもまだもうちょっと何か欲しいな。そういえば、こないだデビューした新人が歌ってる応援ソングを広めてほしいと言われてたな。じゃあ、こんなのはどうだ。ゴールしたランナーが互いを讃え合った後に肩を組んで応援ソングを歌うんだ。観客もそれを見て合唱、ちょっと不安だからアルバイトを何人か紛れ込ませておこう。なんなら本人をサプライズで混ぜとこう。その本人を見つけた観客が応援ソングを歌いだし、本人も歌いだす。それにつられてゴールしたランナーも肩を組んで歌いだす。良いじゃないか。その中心にはギルバート。カメラ向けの演出もバッチリだ。・・・そうだ。デザイナーと提携して新人歌手にCMして貰おう。指輪はあそこと提携して、化粧品はあっちで・・・、良いね、最初はどうなるかと思ってたがなんとかなりそうだ。

ギルバートも一流ランナーは棄権したとしても、「一流ランナーも参加したマラソン大会で優勝」って言えるんだ。なんの文句もないだろう。



ある日の事。


「近年稀にみるマラソン大会」と後に呼ばれた大会は開催当初からその異様さで視聴者を集めた。なぜなら一流ランナーの傍にはなぜか着替えとタオルを持ったランナーが付きそい、明らかにトレーニング不足に見える俳優がランナーとして登録して注目され、しかもスプレーと防護服を持って参加して居るのだ。その背景にはやたらとペットボトルに入った炭酸飲料らしきものを振って走りもしないのにアップしている観客や発声練習する観客も居り、ランナーも幾人かは発生練習をしてやたらと良い声を出していた。インタビューをしたらどこかの合唱団にも属していると答えたという。


発走してからも珍事は起こり、一流ランナーとして名高いジェフリーが路上に出てきた観客から液体を掛けられ、それを偶々着替えとタオルを持っていたランナーがケアするという手厚い待遇に観客は度肝を抜かれた。

また、終盤に入ろうとしている所であるランナーが足を挫いて引きずりながらもゴールを目指し、その姿に観客からは「頑張れ」という声援が飛んだ。しかしなぜかそのランナーは時折、後ろをチラリと振り返り、首を横に振ったかと思えばまた足を引きずり走り出すという奇行を繰り返しながらゆっくりとゴールを目指していると、周囲のランナーが「肩を貸そうか」と手を差し伸べる熱い場面もあったが足を引きずるランナーはなぜか断っていた。観客も「頑固だな。そうまでして一人で完走したという結果が欲しいのか。」と思いつつもその意思を尊重して微笑ましくも声援を送っていたが、やがて後ろから皆の心配がそちらに映る程のランナーが現れた。そのランナーは明らかにトレーニング不足でフラフラに成りながらも前を歩いていた足を引きずっているランナーに追いつき、その肩を叩いた。すると足を引きずっているランナーは、待ってた、と言わんばかりに安堵した表情を見せた。フラフラのランナーが偶々持っていた炎症冷却スプレーで患部を冷やした後に「こんな事もあろうかと」と言いカメラ目線で今にも消えそうな儚い笑顔を満面に湛えてアピールする姿はなぜか観客の心を打った。その後にフラフラのランナーが防護服を着るのを足を引きずっていたランナーは待ち、感染症に対するケアをアピールしながら肩を組んで歩き出した。フラフラのランナーはどうやらここまで来るのに体力を使い果たしたらしく、足を怪我しているはずのランナーがその選手に肩を貸しているのか貸されているのか分からない状態で進み、観客は「あのフラフラのランナー大丈夫?」とハラハラしながら見守った。観客がなにはともあれ頑張っているランナーに声援を送りながら見守っているとやがてランナーはゴールは目前という状況になった。

そこには優勝したギルバートらが待っており、皆が「何はともあれ、感動の場面だ」と思っている時に、観客の中から「あなたはあのリア?応援ソング毎日聞いてます!」と棒読みの声が上がったかと思えばそれを言った人物が応援ソングを歌い出し、それに合わせて偶々プライベートで観ていた最近売り出し中の歌手リアがやたらと目立つ撮影用かと思える衣装を着て指輪やネックレスをアピールしながら歌いだし、何人かの観客も合わせて歌いだした。やたらと良い声で。そうやたらと良い声で。それに合わせてギルバートが指示を出しなぜか周りのランナーもそれに従い配置に付きながら肩を組んで歌いだす。そんな中でようやく肩を組んでゴールした、足を怪我したランナーとフラフラのランナーはそのまま歌っている集団の中に入り歌いだした。やたらと良い声で歌うランナー達に紛れて今にも倒れそうなか細い声で歌うフラフラのランナーの姿に観客は「頑張れ。もう少しでゴールだ。」となぜか既にゴールしたのに声援を送り、ランナーも皆の声援で勇気づけられたのかなんとか合唱が終わるまでを耐え抜いた。しかし終わった直後にランナーが膝をついてそのまま担架で運ばれる姿に観客は「よくやった。お前は最後までやり遂げた。」と惜しみない拍手で見送った。


その一部始終はTVで放映されギルバートの人気も俳優の人気も上がり、スポンサーの商品もばっちりTVに映り、視聴率も稼げてデイモンは全てうまくいったと実感した。ただ、なぜかギルバートと俳優に来たオファーはお笑い番組のものだったし、リアも派手な衣装で歌う歌手だという印象がついた。スポンサーは怒りもしなかったが渋面で、しかし番組は大好評で、デイモンは何がまずかったのかと首を傾げた。

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