第12話 鏡の悪魔

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何が鏡の悪魔なのかは書いてないですw

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その者はいつもどこかで暗躍する。

その日が暖かなひだまりであっても。

燦燦と降り注ぐ日の光らも嘲笑い、夜の闇を引き裂き魔の正体を暴く月光すらも恐れない。

なぜならその者の住む場所は鏡の中。光は反射して鏡の中には届かぬもの。

そして鏡の悪魔は今日も鏡の中から誘惑する。



ケビンはいつもの様にデミに指示を出した。


「アリアナの所にいつもの様にケーキを運んでくれ。」


届いたばかりのケーキを満足そうにケビンは眺める。

有名店のショコラケーキ。

シュガーパウダーで雪化粧したボリュームのある質感。白と黒のコントラストを彩るフルーツとチョコレートで出来た飾り。ケーキのデザインなどケビンには良く分からないがそんなケビンでもこれはなかなか、と思えるものだ。

1ホール丸々大きなこれをケビンの愛の証として贈るのだ。甘いものが大好きな彼女は間違いなく喜んでくれるだろう。

ケビンは届いたケーキに合う容れ物も眺める。

今回限定の有名デザイナーが手掛けたパッケージは確かにこのケーキに相応しい。

黒を基調に白で女性の姿を形どったこのデザインならケビンが彼女を想う気持ちが伝わるだろう。ケビンはそう思いながら次に彼女に会った時、彼女はどんな反応をしてくれるだろうと期待に胸を躍らせながら部屋を後にした。


部屋に残されたデミはいつもの様に作業を開始する。

まずケビンが確認の為に開けたままのケーキの入った容れ物からケーキを慎重に、型崩れをしない様に取り出した。こういった細やかな芸当がデミの真骨頂だ。手先が器用だからと雇われたデミにとっては多少難しい程度で済む事だ。

額の汗をぬぐう振りをしながらも調子よく鼻歌を歌いながらケーキをカットする。


16等分に。


デミの器用さは本人も自認する程に正確だ。綺麗に16等分にしたケーキを眺めるデミは一仕事終えたという感でフン、と鼻を鳴らした。

さて、ここからだ、とデミはニヤリと笑う。

パレットナイフを持ち出したデミはそっと慎重に掬う様にケーキを持ち上げ容れ物である箱へと戻していく。デミの器用さはバツグンで、ほとんど崩れる事無く15個のカットケーキが僅かな隙間を空けて円を描くように並べ直される。カットする前とさほど変わらない、とデミは満足げに頷く。

無事にケーキをカットし終えたデミは箱を閉じトムを呼んだ。


「おい、トム!これをアリアナの所に持って行ってくれよ。」


トムは嫌々ながらもデミの言葉に従い箱を持って出かけた。

道すがらトムは考える。

デミが頼まれた仕事をなぜ俺がやらないといけない。ちょっとあいつはケビンに好かれているからって調子に乗ってる。代わりにするんだ。少し位良い目を見ないと損するだけだ。

とばかりに人気の少ない所で箱を開け、少しくらいならバレないと思いチェリーを1つばかり頂いた。思いのほか旨く、トムはもう少しだけとメロンも一切れ頂いた。

そうしてトムが歩いているとアリアナの所の下男を見つけた。これを押し付ければすぐに帰れる、シメたとばかりに下男のデイブを呼び止めケビンからアリアナへの贈り物だと告げて渡して帰る。

いきなり荷物を押し付けられたデイブはびっくりしたものの箱の中身を見てシメシメと思う。

贈り物なんてどんなものが贈られたのか贈られた側が詳細を知っている事なんてない。届いた時の形が贈られた物だと思い込むものだ。よっほど酷い時は疑うだろうが多少疑わしい程度なら問題ないはずだ。

そう思いながら、デイブはケーキの上に載っている綺麗にデザインされたチョコレート菓子を2,3個失敬して食べながらアリアナの所へ戻って行った。


デイブから贈り物を受け取ったアリアナはとても喜んだ。ケビンがプレゼントをくれる事は良くあるが大好物のケーキともなると話は別で、いつもどこかズレているケビンの贈り物でも今日ばかりは期待できるだろうと期待に胸を膨らませながら箱を開けた。


するとどうだろう。わざわざ大きな箱だから1ホール丸々だと期待させておきながらカットケーキが円状に並んでおり、1ホールだから綺麗なデザインが売りのケーキが台無しだ。更に切った時なのだろうか、店の売りの一つであるチョコレートで人形を形どったお菓子がないし、載ってるフルーツも少なくてみすぼらしい。しかもなんだこれは、と思えるくらいなぜか器用に個数が15という奇数で切ってあり、切る時に大きさを間違えて後でどうにかサイズを合わせたと言わんばかりの状態だ。しかし綺麗に大きさが揃っている15個はこれが意図的なのか手を抜いたのか良く分からないと思わせる。


載っているはずのお菓子が無くてモヤッとし、バランスが悪く少ないフルーツの盛り付けでモヤッとし、スッキリしない数のケーキでモヤッとする、結局は何か欠けていてモヤッとするだけのどうにも後味の悪そうなケーキを見ながらアリアナは思う。

これがケビンの愛という事かと。

それとも私の態度がそうだとでも言うのだろうかとも思う。いつもアリアナなりにケビンには愛想を振りまいていたのだがそれでもまだ足りないとでも言いたげなこのケーキはやはり当てつけなのだろうか、とも考えながらアリアナはケーキを口にした。


ケビンはデミに聞く。


「おい、ケーキは届けてくれたんだろうな。」


「はい。勿論です。」


「そうか。それでアリアナは何て言ってた?」


「それが丁度留守でして、家の者に渡しておきました。」


「そうか。アリアナが喜んでくれると良いんだがな。次会った時が楽しみだ。」


そうして数日後、ケビンは怒って家に帰って来た。


「くそ!あの女!あのケーキにどれだけ手間を割いたと思ってる!予約を入れるだけでも苦労したのにあの特別製のケーキでも満足しないだと!何が『あなたの愛が良く分かったわ。私をあんなので口説けるなんて思わないでね』だ!お高く気取りやがって!前からそうだ。どれだけ手間暇かけてると思ってるんだ。」


怒るケビンに興味も無さそうにデミは澄まし顔で立っていた。



町長は町を誇る。今日も我が町は平和そのものだと。

綺麗な並木通りに、平和そうに行き交う人たち。どこにも後ろ暗い所などないと満足げに町を眺めているといつも良く見かける少女が歩いていた。

花売りだ。そこの孤児院で暮らしていて町長も孤児の居ない町にしたがっていたがそこまではどうにも出来ずに居るのが現状だ。事故でなくなった者や犯罪被害に遭った者などが子供を残して居なくなる。そうなるとさすがに町長も親は作れないから孤児院に住んでもらう事になる。町が親代わりとでも思って貰うしかない。

そう思い町長はメアリに話し掛ける。


「やあ、メアリ。今日も元気だね。お花は売れているかい?」


「はい、町長。気に入って買ってくれる男性も居るんです。」


「そうか。少しでも孤児院の為に働こうとして偉いぞ。じゃあ私も買おうかな。」


「え・・・、えっと。このお花ですか?それとも違うお花ですか?」


「ん?いつもは違う花も売っているのか。そのお花で良いよ。」


「はい!ありがとうございます!」


メアリの嬉しそうな声を聞き満足気な町長はその場を立ち去ろりながら、後ろでメアリに話し掛ける男性の声を聞く。


「やあ、メアリ。今日は別の花は売っているのかな?」


「あ・・・、はい。売ってます。」


町長はその声を聞き、どうやらメアリの花は人気で良く売れてるようだなと思い、わざわざ買わなくて良い花を買って、皆メアリに頑張ってもらいたいんだろうと思いながら帰路についた。


メアリに話し掛けた男性が聞く。


「前は月のものでタイミングが合わなかったからな。今日は大丈夫なんだろう?」


「・・・はい。銀貨1枚です。」


「へへ。じゃあ楽しませてもらおうか。」



ジーンはコルニに椅子作りを依頼した。


「綺麗でしっかり座れる良いのを頼むわね。足の長さが違うとか止めてよね。」


「ああ、分かった。良いのを作るよ。」


コルニはそう言い、ジーンが返った後に作業を始めた。

まずコルニは桐を使う事にした。桐は綺麗で軽い。女性にも扱える重さになるだろう。

そこそこ強度もある。という事にしておいた。ジーンに話す分にはこれ位で充分だろう。


コルニも職人としての意地がある。手を抜いた作業はしない。作業だけは。そこを指摘されると手抜きだどうだと値切る奴が出てくる。それでは儲けにならない。職人としては何度も依頼してくれる方が儲かる。なら手を気づかれない様に手を抜いた方が良い、のだがその気づかれないというのが意外と難しく、粗探しをする奴がいるのでなるべくここでは手を抜かない。


桐を使い、薄くニスを塗りツヤ出しして、背もたれもまっすぐだが革張りで背当てを作る。柔らかい木材なのでそこまで文句を言われないだろう。足の長さがそろっているのは勿論、ねじ止めもしっかりしているのですぐにガタは来ないだろう。


そうして完了報告をしてジーンにコルニは椅子を見せた。生木の美しさを損なわない木目調に桐の白さが目に映えるそれをジーンはいたく気に入った。肌ざわりのゴツゴツしておらず持ってみても軽い。これは良いものだと思ったジーンはコルニに感謝する。


「ありがとう、コルニ!良いのを作ってくれたのね。」


「ああ、ジーンからの頼み事だからな。でも、ちょっとな・・・」


「え、何?」


「ちょっと材料が手に入りにくくて値が張るんだ。ちょうど金貨1枚。」


「金貨1枚!?高すぎるわよ。」


「でもなぁ、もう作っちゃったからなぁ。」


「・・・良いわよ、それで。ほら。」


「へへ。毎度。でも良い座り心地だと思うぜ。」


「でしょうね。そりゃ金貨に座る様なものだもの。たっぷり堪能させてもらうわ。」


そう言ってジーンは帰って行った。ジーンの居なくなった場所でコルニはニヤつきながら一人呟く。


「へへ。本当に毎度どうも。しばらくは良い座り心地だと思うぜ。まあちょっと他より壊れやすいかも知れないけどな。」



ゴルディはスティーブにヴィンスの食事を作れと指示されたのでいつもの様に料理する事にした。予算は貰ったが普通に作れば幾ばくも残らない。ならゴルディの腕の見せ所だ。


ゴルディはいつも行く市場へ買い出しに行き、品定めをする。


まず野菜を見る。

いつもの様に捨て値で売られている見映えが悪かったりするもの、ぶつけて折れた人参、皮が青みがかったジャガイモ、虫食いがあるキャベツといったものを買う。

次は肉だ。

肉を綺麗に切り取った後に骨の周りにどうしても残る骨の曲がりに付いている肉をこそぎ落としたくず肉を安く買い取る。後は店が早く売ってしまいたがっている傷みかけ寸前の肉も捨て値で買い取る。ミンチにしてしまえばくず肉かどうかなんて分からないし、傷みかけかどうかなんて調理してしまえば食う側には分かりもしない。大丈夫、あいつの腹は頑丈だ。

そして最後に魚だ。

表で売られるのは見た目良い売れやすい魚だ。だが漁師の持ち込むのはそういったものだけではない。見た目がグロいのや、どこか変な魚、いわゆる奇形魚だ。そういったものは表には出されず、まともな見た目のものと違いがない部位を切り身にして売る。店が積極的に売る場合もあるがまあ、そういった需要もあるのだ。普通の価格では買えない者向けに売っている。需要があるなら売る。それが商人だ。そして俺の様な奴が有効利用する。世の中上手く出来ている。


ゴルディは食材を調達して調理場に戻ると早速調理を始める。食材を見られたら何を言われるか分からないから急ぐに越した事はない。


まず水だが綺麗な水は高いので安い水を使う。どうせ味を付けてしまえば水の不味さなんてわかりゃしない。

くず肉はどんな形をしていたか分からない様にミンチだ。ハンバーグとか肉団子とかそんなので充分。パン粉もボソボソのパンを刻んで作れば処分も出来て一石二鳥。

見た目が悪い程度なら切ってしまえば問題ない。どんなものだったかなんて元を見てなけりゃわかりはしない。切れ端だってそのままならバレるがすりつぶしてマッシュドポテトで大丈夫。しなびてヘタっているのなら煮込みだ。元から柔らかいのか煮込み過ぎて柔らかいのかなんてその時にはわかりゃしない。文句を言われても煮込み過ぎたと言って誤れば大抵は大丈夫。

魚も一緒で、すり身で団子。これが一番。勿論そのまま食えそうなのは形が分かる様にしておかないとさすがに怪しまれる。

とりあえずなんでもかんでも鍋に放り込んでおけばよい。ごった煮なら肉でも野菜でも魚でも大丈夫だ。

傷みかけで危なそうなのは油で炒める。良く火を通しておけば食当たりもまあないだろう。傷みかけて不味そうなら味付けを濃くすれば良い。鼻を刺激するような匂いで誤魔化せばバレない。


要はバレなければ良いのだ。バレてヴィンスがスティーブに報告すればマズイ事になるが、ヴィンスが気づかないならスティーブに告げ口をしない。その絶妙な具合を加減するからこそ私はこうして料理出来ている。ヴィンスは腹が膨れ私は懐が膨れる。どちらも良い思いをするだけだ。そうゴルディは考える。


そうしてヴィンスに食事が振舞われる。肉団子とすり身団子を野菜と一緒に煮込んだ鍋、油で揚げた唐揚げ、香ばしい匂いの立ち込める焼きそば、サラダはマッシュドポテト。ヴィンスはそれを見て言う。


「今日もなんか組み合わせが変だけど一杯だね。いただきます。」


普段からゴルディの料理を食べているヴィンスにはいつもの食事だった。



ペテロはテッドに指示した。


「小国と言えば王子は王子。王子らしい食事を用意しろ。」


「はい。」


そう答えたテッドは早速買い出しに行き、王子に料理を振舞った。

食事後に王子はペテロにこう言った。


「ペテロさん。あなたが私をどう思っているか扱いで良く分かったよ。残念だ。」


「え、ちょっと待ってください!私はちゃんと持て成して・・・」


「いや、もういい。これで失敬する。ではまた。」


そう言って王子は帰って行った。

王子を見送ったペテロはテッドを呼びつけた。


「おい、テッド!俺はちゃんと王子に王子らしい食事を用意しろと言ったよな?どうやったんだ?」


「はい。勿論王子らしい食事を用意しました。」


「言って見ろ。」


「はい。実は近くに最近チェーン店『王子』が出来まして。『王子らしい』食事という事なのでそこからテイクアウトしました。」


「なぜそれで良いと思った?そんなのは簡単に分かりそうだと思うんだが?」


「それならそれで言って貰わないと。私は『王子らしい』食事を用意しろと言われただけですので。」


ペテロは呆れて何も言えなかった。

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