第10話 銭の力で倒すのも考え物

ヘイジーは計画を建てた。周りにうだつの上がらない警官だと言われ続けてもう20年。そろそろヘイジー自身も周りからのいわれのない扱いに思う所があった。ヘイジーとて頑張っているのだ。もう少し皆に褒められても良いはずだ。いつも見回りお疲れ様、とか声を掛けられても良いはずなのだが一度もそんな場面に会った事はなかった。ヘイジーはそんな場面の同僚を見る事はあっても自分がその場面の中心に居た事はなかった。

だから、皆にはもっと自分を見てもらうために計画を建てた。とても簡単だ。


盗みをした犯人を現行犯で捕まえる。ただそれだけだ。


それを見た皆はヘイジーを褒め称えるだろう。その日からヘイジーはちょっとしたヒーローになるだろう。元々そうでなければ頑張って来た甲斐がないのだ。

そうやって今日もヘイジーが思っていると叫び声が聞こえた。


「ひったくりだー!誰か捕まえてくれ!」


ヘイジーは待ってましたとばかりに飛び出し犯人を追いかける。ヘイジーが現場に駆け付けると逃げる男とそれに怒鳴る男が見えた。運良くヘイジーは逃げる男の前に飛び出した様で、逃げる男もヘイジーの登場に驚きはしたが気にせず突っ込んできた。ヘイジーを押しのけようとする男をヘイジーはヒラリを躱しつつ足を引っかけると突っ込んできた男は綺麗に転がった。転がった男はなんとか態勢を整えて逃げようとしたがそうはさせじとヘイジーは組み付く。

ヘイジーと男は揉み合いながら倒れ込むと男がヘイジーに小声で話し掛けた。


(ヘイジーの旦那。約束は守ってくれるんでしょうね?)


その言葉にヘイジーは驚きつつも苦い顔をして答える。


(今話すんじゃねぇよ!聞かれたらどうすんだよ!?)


そんなヘイジーの焦りも気にしないで男は続けて話す。


(いや何。ダンナ。ちょっとうちのカミさんが出来ちゃったようでね?報酬多く弾んでくれないと捕まって上げられないなーなんて。俺もカミさんに良い服とか御馳走とか買ってやりたいんですよ)


ヘイジーは押し倒した男の上に馬乗りになり胸倉をつかみ上げて顔を近づけ、睨みつける様に話す。


(分かったよ・・・。2倍にしてやるよ。後、出所するまでカミさんの面倒は見といてやる。どうせ数日から数週間だ。ちくしょー!?俺の懐に穴が開きやがる!これでどうだ?うん?)


「あたた!参った!降参!降参!」


馬乗りされた男は大きな声で叫んだ。様子を伺っていたひったくられた男や何事かと駆け付けた野次馬達は抑え込まれた男がどうやら大人しくなったと分かり、騒がしかった雰囲気も静まりちらほらと解散し始めた。そんな中、大人しくなった男をヘイジーは手錠で拘束した後に、ひったくられた男に満面の笑顔を見せてこう言った。


「ご安心ください。悪者はとっ捕まえました。奪われた物もこちらに。すみませんが後日でもいいので詰め所で事情聴取させて頂けますか?いつでも構いません。」


そんなヘイジーのにこやかな笑顔を見ながらも不審そうな顔つきでヘイジーを見る被害者は曖昧な返事をして立ち去った。

その後ろ姿を見てヘイジーはシメシメと思う。後で誰が事情聴取してもヘイジーの手柄をあの被害者が皆に申告してくれるのだ。そして今日の捕り物劇を見た野次馬もヘイジーの噂を流してくれるだろう。これでしばらくはちょっとしたヒーロー扱い間違い無しだとヘイジーはにやけそうな顔を引き締めつつひったくり犯を引っ張って詰め所に戻り、牢屋に丁寧にぶち込んだ。


牢屋に入れられたひったくり犯は牢屋に入る時、ヘイジーに言う。


「旦那。ちゃんと飯も出してくださいよ?約束破ったら全部話しますからね?」


「わかってる、わかってる。飯はともかく差し入れしてやるよ。軽いのと改心してる振りがあれば2週間ってとこだ。大人しくくつろいでくれ。この街は平和で牢屋にはあまり人が居ないから暇だろうけどな。」


「いやいや、誰か居ても居心地悪いですから。俺はカミさんへの土産でも考えてゆっくり過ごしますよ。」


「ああ、そうしてくれ。じゃあな。」


ヘイジーは牢屋を後にした。


そして1日後、へったくりの被害者が詰め所にやって来た。最初見た時は一体誰か分からない服装をしていたがたまたま詰め所で休憩中のヘイジーを見つけて「事情聴取に来た」と言ってようやくヘイジーにもそれが昨日の被害者だと分かった。

話を聞くと犯行自体は極普通のひったくりなのだが、被害者がとある貴族の従者だと分かったからさあ大変。昨日はたまたま買い物を頼まれて普段歩かない場所を歩いていたそうで、運悪くひったくりに遭い、そしてひったくられた物が貴族の命令で買って来たさして値段は高くないが珍しい置物だったそうだ。しかしその置物にわずかに傷が付き、新しい物が入荷するのはかなり先になるので貴族がカンカンに怒っているそうでヘイジーはその話を聞いて背筋が寒くなった。そんなヘイジーに男はこう言う。


「あの犯人には厳罰を処す様に要請します。当家に喧嘩を売ったのです。舐められたままでは他の者に示しがつきません。それとヘイジー・ゼニグァータ殿を夕食に招待したいそうです。当家の名誉を守ってくれた方をもてなしたいと仰られていました。ご都合のつく日がありましたらご連絡ください。では私はこれで。」


そう言い残して男は帰って行った。その後ろ姿を見ながらヘイジーは呟く。


「あ、これ、アカンやつや。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る