第8話 真名は隠される

ミレニアムが崩壊して以降、そこに生きた者達は悩みを抱えていた。

いずれ帰ってくるであろう自分達の主人に自身の生存を告げる為にはその真名を明かさなければならないが、その真名を知られてしまえば最悪は誰かに取って代わられる事になる。そうなれば主人に仇成す勢力の侵入を許す事になるし、自身も居場所を失う。だからこそ容易く周囲に明かしてはならない。

そして、それ以外にも明かしてはいけない理由があった・・・。



リッキーとゾラ、そしてアブナーは今日も3人でくつろいでいた。かなり長い付き合いでお互いにきつい言い合いをしてもすぐに仲直りが出来る関係という事でいつの間にかこの3人で居る事が多くなった。

そして今日も特に話す事もなく、何度目になるか分からない内容を話し合っていた。


「しかし俺らの名付けって今になってしまえば結構酷だよな。」


リッキーはいつもの様に切り出した。その何度目になるかも分からず誰に聞いているのかすら曖昧な話を口元が寂しいからか手慰みの様にも弄ぶ。

そのリッキーの一言を聞いたゾラがいつもの様に合いの手を入れる。


「そうねぇ。私達は昔から一緒に居るからお互いの名前も知ってるけど、さすがに他の人に教える気にはなれないわねぇ。」


アブナーも話に乗る。


「そうそう。あの時はそれでうまく行っていたから良かったけど、俺達の主人がいなくなった後になって俺らの名前を悪用されたんじゃ困るんだよな。あの人は良い人だったけど、隠れてしまった今となってはもう一つ名前をくれていたらと思うよ。」


「そうよね。もう一度会いたいけど、会った時に恥ずかしいわよね。だって、あれだもん。」


今のリッキー達の名前は今の状況に合わせて自分達でつけた名前であり、当然かつてリッキー達を知っていた者以外は知らず、その仲間は今は散り々りになっていて近くには僅かな者だけが残っている。


ゾラの誰に言うでもない言葉にリッキーが答える。


「確かになー。俺もさすがに『お久しぶりです!俺です!"慌てるとすぐに注意が疎かになる"です!覚えてますか!?』なんて再会の挨拶はなんだかなーって思うよ。」


「そうよねー。私も『会いたかったです!私です!"掃き掃除してると後ろが隙だらけ"です!』なんて恥ずかしくて言いにくいわ。」


それにアブナーが乗っかる。


「だよな。俺だって『俺ですよ!"騙されて気がつけばすってんてん"です!覚えてますか!?』なんてどんな顔して言えば良いのかわかんねぇよ。」


そう、彼らの名前はかつて彼らの主人が彼らの事が分かりやすい様につけた名前だった。その名前が周囲に知られるという事は同時に彼らの弱みを教える事になり、彼らにとってそれは死活問題だった。

またリッキーが話し出す。


「あいつらは良いよなー。何か功績を出して名前を付けて貰った連中。"不撓不屈"とか、あいつは何だっけ?、"美声"だったか。良いよなー。後は天位に認めて貰った奴らなんかも羨ましいよ。"弁才天"とかカッコ良くないか?言語の才能とか凄そうだよなー。あいつらは『俺です!不撓不屈です!久しぶりですね!』とか胸を張って挨拶出来るだろうなー。」


「いや、そうでもないぞ。あいつらはあいつらで苦労してるらしいぞ。不撓不屈の奴なんか、その名前のせいで無理難題押し付けられるって言ってたっけ。『どこまで耐えれるか俺で試すんじゃねぇ』とかキレてたな。美声の奴も『いつまで歌わせるのよ!』とか何とか。名前が大きくなりすぎて色々な事を頼まれるらしい。やっぱり真名を知られるなんて良い事無いよな。」


「そうね。私ものんびり暮らしたいわ。」


いつもの様に3人で暇を楽しむ彼らが居る部屋にチャイムが鳴り響く。誰だろうとリッキーがインターホン越しに応対すると、久しぶりな友人がまた一人訪れたようだ。珍しいなと思いながらもリッキーは居間へと招待する。

居間に通されたジェドは3人揃っているのを見て相変わらず仲が良いなと思い、声を掛けた。


「よう。3人揃って何してたんだ?」


「別に何も。真名を知られると大変ねって言ってただけよ。」


「そうかい。じゃあ俺には関係ないな!」


「そうね・・・」


ジェドの思い切りの良い発言にリッキー達3人は奥歯に物が挟まった様な顔で答える。ジェドも彼らとは付き合いが長く、勿論ジェドの真名も彼らは知っている。彼らなりの優しさを出したつもりのはずがジェドの方から言いにくい一言を言い出した。


「なんたって俺は『まるでだめな男』だからな!知られた所で弱味に付け込まれる事もない。どっからでもかかってこいってんだ。」


そう、ジェドの名前は他の3人の様に聞いたところで悪用出来ない名前だったのだ。他の3人の名前を聞けば、悪用しようとすれば何をすれば良いのかが分かるのだが、ジェドの名前を聞いてもどうやって騙そうかと思いつかないのだ。ジェドにとっては何も恐れる必要がなく実に好都合だった。

そんなジェドの内心を3人は気楽で良いなと思いつつも、ジェドはジェドで3人が何に遠慮しているのかがイマイチ分からないまま今日まで付き合いが続いている。

そんな強気なジェドの発言にアブナーが疑問を投げかける。


「それで今日はどうしたんだ?お前がここに来るなんて珍しいよな。」


「ん?ああ、ちょっと失敗しちまってな。リッキーに話でも聞いてもらおうと思って。言った言わないの言い合いになって大喧嘩だよ。」


「へえ、また何かやらかしたのか?」


「おいおい、人聞きの悪い。俺は何も悪くねぇよ。『加工するのは指示を待ってからにしろと言っただろう!』とかいきなり言ってくる奴が居るんだよ。なあ、どう思う?」


そのジェドの言葉に3人はあえて何も返さなかった。ジェドが何をやらかしたかを根掘り葉掘り調べた所で不毛だとこれまでの経験から分かっていたからだ。ジェドはジェドなりに良くやっている。それが3人の意思の総意だ。

代わりにゾラが話を切り替えてジェドを煙に巻こうと話し出した。


「ああ、何か失敗した時のあの人はいつも困った顔はしたけれどあまり怒らなかったわね。懐かしいわ。」


ゾラのその昔を懐かしむ声を聞いたジェドも遠い彼方に目線を向け穏やかな笑みを浮かべながら答える。


「ああ、懐かしいな。あの頃は本当に良かった。でも結構怒ってたぞ?特に再教育だとか何とか言って部屋籠りさせられるのは大変だった。でも失敗しても最後には許してくれたなぁ。あの頃に帰りてぇ。」


「そ、そうだな・・・」


どうにも返答しにくい返しにリッキーが答える。勿論3人も再教育を受けた事はあるが、自分の受けたあれとは違うのだろうかとも考えもしたが、聞きにくいので曖昧な返事だけに留めた。

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