第4話 勇者の星

ジトリと湿った嫌な空気が漂う魔王城で2人はついに対峙した。

重厚な雰囲気がネットリと絡みつくように薄暗い大広間には彼ら2人だけが立っていた。

勇者と魔王。ありきたりで何の面白味もない特に語るべき事もない配役。

それでも人族は勇者を欲し魔王は魔王である事を自ら欲した。


長かった、と勇者ビューマは思った。

ここに来るまで皆が陽動を買って出て、そして足止めをしてくれた。

大戦士サモンが自慢のハンマーを肩に担ぎ、肩越しに『お前を倒すのはワシじゃ。それを忘れるな』と言いながら口元に歪んだ笑みを浮かべて送り出してくれた時は涙が出そうになった。

皆、無事でいてくれ、と淡い期待を心に秘め、ビューマは魔王カケイマンを睨みつける。

そんなビューマの想いなど知った事かと言わんばかりにカケイマンは高らかに笑う。


「ハハハ!たった1人!たった1人で俺の前に立ち何が出来るというのだ!笑わせてくれる!貴様の骸を手土産に人間共の国を蹂躙してやろう!」


マントを翻しながら腕を高らかに上げビューマを指差したカケイマンを不敵な笑みでビューマは見つめてこう言った。


「出来るものならやってみろ!これが躱せたらな!」


そしてビューマは振りかぶった。


「ちょっと待て!」


ビューマはカケイマンの一言に動きを止め、話しかけた。


「本当はボークなんだが仕方ない。なんだ?」


「それだそれ。何をしてる。勇者なら勇者らしく剣で来たらどうだ。そこに魔法を織り交ぜチャンチャンバラバラそれがロマンてもんだろう?それにまず名乗れよ、他魔人様の家に来たら常識だろう。それに何を投げようとしてる?」


ビューマはカケイマンの台詞に面倒そうに眉を顰めながらも答えた。


「俺は勇者ビューマだ。何って魔球だ。それにどう戦おうが俺の勝手だ。もういいか?」


「良くねぇよ!・・・ん?マテ、ビューマ、ビューマ、あ、お前爆弾魔ビューマか!」


「爆弾魔じゃない。勇者だ」


「変わんねぇよ!よりにもよってブラックリスト最上位の奴を送り込むかよ。もっとましな奴送り込めよ。人族は常識知らないのかよ・・・」


なぜか変な所に文句を言われたビューマだが気にしていなかった。


「ほう。俺の名も広まったものだ。これはサモンの奴にも自慢できるな」


「出来ねぇよ!出てくりゃポンポンポンポン爆弾投げやがって!無差別すぎんだよ!」


そう。勇者の為に陽動や足止めを買って出た仲間の真の狙いは「巻き添えを喰らいたくない」だった。

そうとは知らずそんな事を気にせずにビューマは言った。


「もういいか?」


そして返事も待たずに魔球を投げた。

カケイマンもさすがに驚いたがなんとか剣で打ち返す。

魔球は軽快な音と共に天井に当たり轟音と共に爆発した。

パラパラと塵が落ちてくる中、打たれた球を振り返りながら眺めたビューマは顔を前に向けこう言った。


「さすが魔王の名は伊達じゃないな」


「うれしくねぇよ!剣で来いよ!剣で!」


「まだだ。まだ終わらんよ」


何か格好いい台詞を言いながら問答無用で第2投を投げるビューマ。

それを迎え撃つ魔王。一進一退もしない白熱の攻防が幾度となく繰り広げられた。

そしてしばらくしてカケイマンが言い放つ。


「ゼェゼェ・・・、一体何個あるんだよ!」


「これは俺の命で作った球、俺の命そのものだ。俺の命が尽きるまで投げ続ける」


「ちょっとは自分を労われよ!剣でいいじゃねぇかよ!」


「それは美しくない」


「命賭けてまでこだわるなよ!」


「戦いとは、爆発とはアートなんだよ」


「ヤベェ・・・。頭おかしい奴丸出しじゃねぇか・・・。相手したくねぇ」


ビューマはカケイマンを別の意味で恐れさせた。

しかしそんな無敵を思わせるビューマに変化が訪れた。

突然片膝を付き荒い息をし出したのだ。

さすがにカケイマンもまともに?戦っていないのに弱っているビューマになんとも言えない気持ちを持ちながら声をかけた。


「おいおい、意地張って無茶するからだ・・・」


「ビューマ!」


そこに女の声が響いた。

ビューマが振り返り、カケイマンが遠くへ目を向けると一人の女性が大広間の入り口に立っていた。

その女性を見てビューマは思わず声を張り上げた。


「ネイサン!」


勇者パーティのメンバー、祈祷師ネイサンの姿がそこにあった。


「ビューマ!無茶しないで。あなたはいつもそうやって!」


「大丈夫だ!気にしないでいい。それよりサモン達は?」


「私に先に行けって。皆、あなたが無事に帰ってくると信じてる。それに私の祈りも届いた?」


「ああ、充分だ。これなら勝てる!」


そう言ってビューマは立ち上がる。

そして渾身の一撃を投げる為、精神集中する。

そんなビューマを見ずにネイサンは魔王カケイマンに向けて、申し訳なさそうに会釈をした。

魔王カケイマンもどうやら普段から苦労しているんだな、と察し会釈を返す。

実際、ネイサンがカケイマンに申し訳なさそうに会釈をする理由はない。理由はないのだがもはや習慣なのだ。魔族が街に攻めてきた。勇者ビューマが撃退した、街諸共。そこでいつも尻拭いさせられるのは姉であるネイサンの役割になっていた。事ある毎に問題を起こすビューマ。でも勇者だから謹慎させる事も出来ず対魔族の貴重な戦力でもあるからストッパーとして、後始末をする要員としてネイサンがいるのだ。

ネイサンが一人ここに来たのも理由がある。

サモン達と一緒に戦っている時に、何度も轟音と振動がして魔王城が倒壊するんじゃないかと皆、ヒヤヒヤしていたのだ。「あのバカがまたやってやがる」と、皆、同じ志を胸に抱いて先に行ったビューマの事を思い、このままでは魔王城と心中だと思ったサモン達は、急遽ネイサンを先に行かせたのだ。

そしてネイサンの役割はビューマのストッパー。そして彼女は祈祷師。彼女は大広間につくなり即座にビューマに向かって祈りを捧げた。


弱体化の祈りを。


いわゆるデバフというやつである。初めの内は効果があったのだ。しかしいつからか効き目が弱くなった。先程もデバフの効果で片膝をついたのだが、それもビューマは気力だけで押し返してしまった。なまじバフがかかっていると思っているからか、デバフがかかる前よりもなぜかいつも強くなるのだ。それが勇者の真の力なのかプラシーボ効果なのかはネイサンには分からなかった。


「ビューマ!無茶しないで」


ネイサンは心の底から叫ぶ。このままでは一大事だ、と。しかしその声はビューマには届かない。すでにトリップしていたからだ。

どこか虚空を眺め薄ら笑いを浮かべてニヤケ面のビューマにドン引きしているカケイマンだが魔球のお蔭でうかつに近づけない。近くに寄れば寄るだけ打ち返しにくく、ビューマから寄ってくるならともかく自分から行けば全力で至近距離からぶつけられる。奴は本気だ。多分自分が巻き込まれる事など気にしない。いや、分かってない、が正解だろう。それに振りかぶらずにクイックスローなんて真似もしていたのだ。やけになってポンポン自分諸共爆発されてはカケイマンも無事では済まない。サワルナキケンとはまさにこういった時に使うのだろう。

そんな2人を見ながらもネイサンは過去を振り返る。ああ、あんな育てられ方さえしなかったら、と。



「立て!ビューマ!立つんだ!」


父ゲキテツはそう叫んだ。


「でも父さん・・・。こんなの無茶だ・・・」


「無茶でもなんでもやってのけろ。それが勇者だ!お前もいずれ勇者になるんだ。今から慣れなくてどうする!いや、お前は勇者の中の勇者、勇者の星になるんだ!泣き言は許さん!」


ゲキテツはそう言い切り、容赦なくビューマを爆弾で吹き飛ばした。何度も何度も吹き飛ばされるビューマ。それをただどうする事も出来ず心配そうに眺めるネイサン。その時はネイサンも全力でビューマの為に祈ったものだ。だから祈祷師という職業になれたとも言える。しかし当のビューマと言えば、何度も繰り返される無茶な特訓の末に自暴自棄になり半分夢の・・・、夢にまで見た世界へと逃・・・、足を踏み入れそして勇者の力を発現させた。ゲキテツの望んだのは恐らく勇者の力で剣を作り出し、ゲキテツが投げる爆弾を打ち返すか切り落とす事だったと思われる。しかしビューマが手に入れた力は魔球。ゲキテツの投げた爆弾にぶつけ相殺し更にゲキテツに向かってこれでもかと投げるビューマ。その時からビューマの中で何かが壊れたのだろう。



そして今やあれである。この時ばかりは生前葬を済まし湯治中のゲキテツに恨み言の一つも言いたくなる。ゲキテツをヤッテシマッタと心に傷を作ったビューマに対してゲキテツは自分が死んだ事にした方がビューマのためになると言い出したのだ。そして結果がこれである。ある意味皆が期待した方向とは違う方向に吹っ切れた感満載の今のビューマを阻めるものはいなかった。


やがて精神集中を終えたビューマが特大の魔球を作り出す。


「いくぞ!Die-リィィィィグ!ボォゥル!」


「止めて!見てられないわ!」


妙な発音をして色々と痛すぎるビューマの姿をこれ以上見てられないとばかりにネイサンは手で顔を覆う。


「俺は勝つ!」


そんなネイサンの言葉も聞こえないビューマは今までよりもはるかに高くつま先が天を指すくらいに足を上げ振りかぶる。

カケイマンはビューマを凝視しながら腰を低くし迎え撃とうと剣を構える。

今まさに決着の時を迎えようとしていた。

しかしその時、異変が起こった。

突然ビューマがふらつき始めた。

脂汗を滲ませ苦しそうな顔でわずかに震えるビューマはこう呟いた。


「足つった・・・」


ビューマは突然の痛みを感じながら『慣れない事はするものじゃないな』とどこか達観していたが手は塞がれ足は少しでも動かそうとすれば更に痛みそうな為にどうする事も出来なかった。

そんなビューマをハラハラしながら眺めるカケイマンがいた。


「おい!大丈夫か!?とりあえずそのアブなかっしいモノ降ろせ」


「だ、だから足つって下ろせないって」


「そっちじゃねぇよ!」


いつ倒れるか分からないビューマをカケイマンとネイサンは手を出そうか出すまいかと躊躇しながら見守るがやがてカケイマンが恐る恐る近寄る。


「おい、そのまま動くな。俺がその球を取るから。それから足下ろせ、な?」


「だが断る」


「なんでだよ!」


強情なビューマに思わず声を荒げたカケイマン。



その時、歴史が動いた。



ビューマの注意を惹き付けながらカケイマンはネイサンにアイコンタクトを送り、頷いたネイサンはビューマの背後からゆっくりと近づいて行った。今まさに人族と魔族が一つになった、そんな瞬間だった。

しかし世の中とは常に無情なもの。カケイマンとネイサンが、そして奇しくもビューマが協力した奇跡の瞬間はあっけない最期を迎える。

またも突然ビューマが泡を吹いて白目を剥いたのだ。それを見たカケイマンは何事かと驚いたが、まさか、と冷や汗を流す。嫌な予感が過ぎったのだ。そしてある言葉が脳内で繰り返される。

これは俺の命で作った球、俺の命そのものだ。俺の命が尽きるまで投げ続ける・・・、続ける・・・、続ける・・・、そんな言葉が反芻されるカケイマンの表情を見て疑問を抱くネイサンが首を傾げた時、ビューマはポテリと棒のように横に倒れた。


「「あ」」


カケイマンとネイサンが思わずハモった。



サモンは後ろを振り返る。ようやく魔族と共に魔王城を脱出して安堵した所にいきなりの大轟音と共に魔王城だった瓦礫が四散し降り注ぐ。お互いに『ここにいてはマズい』と思い一致団結して逃げたのも束の間、容赦のない瓦礫の雨に皆が逃げ惑う。


「バンチュート!」


サモンの目の前で共に戦った魔術師バンチュートに瓦礫が当たり倒れた。バンチュートを抱き起すも瀕死の彼はサモンにこう言った。


「お、俺の事はいい。ビュ、ビューマを、頼む・・・」


そう言い残して彼は気絶した。彼の願いを聞いたサモンは真剣な面持ちで頷きこう思った。死んでもごめんだ、と。

バンチュートの上体を起こしながらも瓦礫の山と化した魔王城を眺め、サモンは確信した。


脅威は去った、と。色々な意味で。


しかしサモンは目を疑う。目の良いサモンには城の中央に積み重なる瓦礫が動くのが見えた。

まさかあの惨状の中を生き残る事が出来るものがいるのか。

驚愕に目を見開くサモンの前でゆっくりと瓦礫が持ち上がり横に倒れる。そこにはネイサンを抱きかかえたカケイマンの姿があった。

カケイマンにも自分がなぜそうしたのか良く分からなかった。だがあの時芽生えた連帯感が、確かに分かり合えたのだと感じ、気づいたら思わずネイサンを庇っていた。


「ぐぅぅ・・・!」


さすがのカケイマンもあの魔球の爆発を受けて膝をつく。助けられた事を知ったネイサンがカケイマンの身を案じ祈りを捧げ始める。自分の足で立ったネイサンはカケイマンを心配そうに見つめ聞いた。


「どうして私を助けたの?あなただけなら逃げれたはずなのに?」


「どうしてかな。どうにもあなたを他人とは思えなくて」


そこにはビューマ被害者の会の確かな絆が存在していた。



1年後、人族と魔族は平和条約を締結した。お互いに思う所が色々あり、同じ過ちを二度と繰り返さぬ為に、あんな脅威は二度とごめんだと思った為に、紆余曲折した末にお互い歩み寄った。

そして教訓として球の勇者ビューマの像が魔王城と王城に飾られ、人族も魔族もその像を見て争いとは無益なものだと心に刻んだという。


そう。確かに球の勇者ビューマは平和を齎したのだ。その身を賭して。

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