第15話、ワクワクドキドキが、全ての柵を隅へと追いやって



俺はひそかに胸を撫で下ろすと、再びぬいぐるみたちを見やった。

俺にはどうせ違いなんて分からないし、こうなったら直感で選ぼうか。



「それじゃあ、あの真ん中にいる、犬っぽくて強そうなぬいぐるみさんで」

「「おぉーっ」」


俺がそう言うと、二人は驚いた様子で同時に声を上げる。

選んだぬいぐるみは、得意げにふんぞり返ってこちらにやってきて、勝手に俺の身体をよじ登り右肩の上に居座ってくる。


「すごいねっ、俊お兄ちゃん! ラウルさまはみんなのりーだーさんで、いちばんつよいんだよ~」


そうなのか、俺としては何となく真ん中でえらそうにしていたし、目つきがきりっとしている割には、その犬耳も含めて可愛らしいというか、モフモフしがいがありそうだなぁって思ったからなんだけど。


「ラウルさまって言うんだね、この子は。かっこいい名前だ」


俺がそう言うと、ラウルさまは調子にのって胸をそらし、落ちそうになっておたおたしている。

やっぱり見ていて可愛い、面白いかも。


亜柚ちゃんのぬいぐるみさんということで。

亜柚ちゃんが名付け親ならもっと可愛い名前かななんて勝手に思っていたんだけど。

それとも名付け親はシュンちゃんかな?


「しかも、俊兄大当たりだよっ。流石だねっ」


シュンちゃんがそう言うと、ラウルさまは、ばっちり着込んだカーキ色の民族衣装の懐から、小さく折りたたまれた紙切れを取り出した。

俺がそれを受け取って開いてみると、そこには。


『りんご○、みかん×、にんじん×、だいこん○』と書かれている。



「うむ、ヒントの意味自体、さっぱり分からないな」

「あははっ」

「俊お兄ちゃん、ぜんぜんかんがえてないでしょ~」


俺がそう言うと、さすがに二人は呆れたような笑みを浮かべていたけど。

まぁ、後四つ集めればきっと分かるに違いないと。

楽観的に考えて俺はとりあえずそのヒントの紙をラウルさまに返した。



「よし、始める前に他に何かある?」


話を聞いているうちに、子供に返ったというか。

何だか楽しくなってきて、俺は勢い込んで二人にそう言う。


「うん、あのね。あと、かくれんぼがはじまったら俊お兄ちゃんはゆっくり100かぞえてね。その間に、あゆたちかくれるから」

「ふむふむ、100ね。まぁまぁ長いけども」


じゃあそろそろ始めようかってノリで俺が呟くと。

シュンちゃんが忘れるところだったよって感じで、スカートのポケットから、カードを取り出した。


「これ、俊兄の部屋のカードキーだよ。疲れたらいつでも休んでいいからね」

「ありがとう」


俺は鈍い光沢を放つそれを受け取り、そのまま制服のポケットにしまった。

するとその時、この異世界めいた学園には逆にミスマッチな感じがするチャイムの音が響く。


「あ、チャイムなったよ! かくれんぼスタート、だねっ」

「うんっ。じゃあみんな、ごーっ、だよっ!」


ヨーイドンの手振りで亜柚ちゃんがそう宣言すると。

カラフルなぬいぐるみたちは、先を競ってシュンちゃんが開け放った扉から飛び出していく……。


中には器用にも飛んで出て行く子もいて。

それを一通り見送ると、亜柚ちゃんとシュンちゃんは改めて俺の方に向き直って。



「それじゃあ、あゆたちもかくれるね。その、俊お兄ちゃん、待ってるから、必ず見つけてね」

「ふふ。何だかそれってかくれんぼの鬼に言うセリフじゃない気もするけど、頑張るよ」

「うんっ」


亜柚ちゃんにとっては、大事な試験なんだろうけど。

そんなやりとりの一つとっても俺に対しての不思議な、くすぐったいほどの信頼みたいなものがあるのが分かる。

下のきょうだいに頼られるっていうのはこんな感じなのかなって思ったり。


うちの弟は小さい頃からすでに完璧超人だったから。

頼られた記憶、あんまりなかったしさ。



「俊兄……あのさ、もし途中でやめたくなったらやめてもいいからね。俊兄がいやなら、無理はしなくてもいいから」

「そう言われて、俺がうん分かったよって言う人だと思う?」

「ううん、全然」


シュンちゃんは、とぼけるようにそう言って笑った。

それを見ていると、俺自身よりも俺のことを知っているんじゃないのかって気にもなる。


「すぐに見つけてやるさ、時間余って困るくらいにさ」

「うん、そしたらさ。『ポット』に行こうよっ、チョコレートサンデー、すっごくおいしいんだ」

「あゆもっ、あゆもたべるーっ」


甘くておいしいものには目がないよって感じで二人は明るく、朗らかに笑う。

余計なことは何も考えなくてもいいような、たのしい瞬間。


だからその時俺は、対して物事を考えるでもなく、ただ表面だけでそれを受け止めて。

これから先に起こる苦労とか、大変なことを。

その時はまだ、全くこれっぽっちも考えようと、あるいは自覚しようとはしていなかったんだ……。



   (第16話につづく)






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