第16話、フェイクファーなどとは呼べぬリアルもふもふ




それから二人が隠れに行って、ゆっくり数える事百。

一人でやっていたら、夢で異世界にまでやってきて何やってるんだろう、なんて思ったかもしれないけれど。


ラウルさまがしっかり監視? してくれていたので、特に問題なく、時間は過ぎていき。

そして自前の腕時計が示す時刻は10時20分になった。



「よしっ、行こうか、ラウルさまっ」

「……(こくり)」


気合いを入れつつ、ラウルさまが頼もしくも頷いてくれたのを確認すると、俺も第2稽古場なる場所を出る。


まずはどこに行こう?

動いているぬいぐるみがどこに行ったか周りの人に訊くのが早いかな?

動いてるぬいぐるみ、見なかった? って。

それ以前にぬいぐるみが動く事にこうも早く慣れてしまっている俺どうしたって感けど。


『なりきればなんにだってなれる』ってやつかな。

もう、忘れ去った事だと思ってたけど。

俺がそんなことを考えていると、ラウルさまが肩を叩いてくる。


「ん、どうかした? ……って、いたぁっ!」


視線を上げると、結構な時間があったはずなのに、何故か隠れもせず、王冠をかぶった白いウサギが、風に流れるようにふわふわと浮かんでいるのが見える。



「よしっ、まず一人みっけ!」

「ぴゅ? ぴゅいーっ!」


そして、俺がそう叫んで近づくと、そいつは鳴き声をあげて反対側に飛んでいってしまった。


「な、何で逃げちゃうのぉっ」


かくれんぼは見つければいいんじゃないかよって思い、後を追おうとすると、再びラウルさまが俺の肩を叩いてきて。


「……っ!」


そして何かを伝えようと、必死に自分自身を指差している。


「ん? ラウルさまがどうしたって? ……ああっ!?」


そうだ、そう言えばかくれんぼって見つけたら相手の名前言わなきゃいけないんだった!


「ラウルさまは、さっきの子の名前、わかったりする?」

「……っ!」


ラウルさまは尻尾を振って何かを言っているみたいだったけど、俺にはさっぱり分からない。


「ごめん、ちょっとわかんないや」

「……っ」


しゅん、とするラウルさまを見て、俺も頭を掻く。

てことはつまりさ、かくれんぼってのは名ばかりで、捕まえないといけない鬼ごっこと同じってことじゃんね。



「やられたー」


二人とも、その事を分かっていて言わなかったに違いないぞ。

ノリ的には騙したなーって感じだったけど、気分的にはまあ、悪くないかな。

やってやろうじゃんかって感じになるよ。



だから俺は、ぴゅいぴゅい言ってるうさぎのやつを、ダッシュで追いかけた。

そのまま部活棟を出て、やってきたのはさっきの広場。

でっかいもみの木がある場所。

白うさぎは、さらに風に乗って飛び上がり、枝葉をバネにしててっぺんまで飛んでいく。



「くっそ、飛ぶのはずっこいってええぇっ!?」


俺が悪態をつきながら夏の日差しの昇り始めた空を見上げたまま走っていると。

ぼふんっとなんだか毛っぽい感触がして、俺ははじき返されてしまった。


驚き声上げてそちらを見ると、俺の背よりも太いサツマイモみたいな形をした茶色の尻尾が目に入る。

そこには、しっかり2本足で立った、俺より頭一つ分くらい背が高く、横幅は二人分くらいある大きなキツネがいて。


「でっ」


俺は思わず出てしまった言葉を手のひらでなんとか押さえ込む。

キツネさんの尻尾は大きいだけでなく、尾の先に赤いリボンが結んであって、なんだか可愛らしかった。



「どうした? そんなに急いで」


すると、そんな声が聴こえて。

よくよく見てみると、大きなキツネさんの脇には茶色みがかった金髪を、顎のラインでそろえた、聖ジャスポースの制服を着た女の子がいた。

今さっき聴こえたぞんざいなセリフのわりには、優しげで控えめな笑みを浮かべてる。


「あ、ごめん。ちょっとあのうさぎを追いかけていて前を見ていなかったんだ。怪我とかしてないかい?」


俺がそう言うと、女の子はにこにこと頷いてくれた。


「おい、オレを無視するな、質問をしたのはオレだぞ」


しかし、再びそんなそっけない声がして、何か変だな? って思っていると、目の前のでっかいキツネさんと目があった。



「珍しいな。『夏花』の少年。今日は一人なのか?」


そして、いかにも 知り合いですって態度でキツネさんが言葉をもらす。

なつはな? かか?って何だろう?

俺のあだ名かな?


「腹話術?」


俺が、女の子にそう問い掛けると、彼女は不思議そうに首をかしげるだけだった。


「だあっ! 初対面と同じようなりアクションするなっ! 俺は腹話術の人形じゃないぞっ!」

「そうなのかい?」


俺が聞き返すと、今度はうん、と頷いてくれる。


「だーかーらーっ! オレを無視するなっての! どうつもこいつも。オレがマスターなんだぞっ」


ここに来るまでしゃべるほうきとか、猫とかもちろんキツネにも挨拶とかされたし、このジャスポース学園へ留学してきた魔法使いの三分の一は人以外の生き物だって亜柚ちゃんたちに聞かされていたから。

目の前の彼もきっとそうなんだろうって思ってはいたんだけど。


そのふかふかそうな足が汚れないように履いているもこもこの靴とか、可愛らしい赤いリボンとかを見ていると、寄り添うようにしてそばにいる女の子の、一番のお気に入りのお人形さんですって言われたほうが、自然だって思うのは俺だけじゃないと思うんだ。


とは言っても、彼もどうやら俺の事を知っているようだったので。

俺はご希望通り、彼の方に改めて向き直って口を開く。


「そっか、腹話術じゃないんだ。となると、マスターって言うのは?」

「マスターってのは自分の魔法でゴーレムやホムンクルスを創り、従えてる者の事だよっ。この子、まなみにとってのマスターはオレだ。オレが魔法で創ったんだからな、逆じゃないぞ!」


だから間違えるんじゃないぞってふんぞり返るキツネの人。

でも、その胸元にはまるで大事なぬいぐるみに名前をつけるように(現にラウルさまが着ていた袈裟の帯にはちゃんとラウルさま、と書かれている)、白いネームワッペンで、『りょんくん』と書かれていて。


隣の女の子、まなみちゃんが書いたんじゃないかなって思えるその字も手伝って、俺はキツネの人……りょんくんの言った言葉がやっぱり信じられなかった。


「ち、ちょっと待って? 彼女はどう見たって人間じゃないか、どういうこと?」

「そりゃ、当たり前だろ。ゴーレムにしろ、ホムンクルスにしろ、最終的には人間になる事が目標なんだし。って、訊かれたからつい答えちまったけど、そんなことあんただって知ってるはずだろう?」

「え? あ。そうなのっ?」


う、しまった。

俺ってばいきなり墓穴掘った? 何かフォローしないとっ。


「いやっ。何て言うかそのっ。ど忘れしたっていうかっ」

「ん? ああ。みなまで言うな。あんたもたいへんだな。それも『夏花』の宿命って奴だろ」

「え? あ、うん。まあ。そんな感じなのかな?」


何故だか良く分からないけれど、俺がそう言うと、何故かりょんくんは納得してくれた。

理屈はさっぱりで、りょんくんが言っている意味すら不明だったけど。

俺が何も知らないことは多分設定ってやつでスルーされるみたいで。


何でそうなるのか、これも魔法ってやつなのか。

考えようとしたけど、俺の理解の範疇を超えていて、考えても無駄のような気さえする。

なので俺はとりあえず、これはそういうものなんだって無理矢理納得させてしまうことにしたのだった。


鳥は何で飛ぶのか、とか俺は何で生きているのかっていう類のものと。

これも同じものなんじゃないかって思ったから。



    (第17話につづく)






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