第13話、不意にくる無慈悲な攻撃が、見えて聴こえているのならば



「いや、そのう。手に持ってるの劇の台本か何かなのかなって。かおりちゃんが書いたんでしょ? 見せてもらってもいいかなぁ、なんて思ってたんだけど、やっぱりそれは図々しいかなって」

「か、かおり……ちゃん?」


副部長は脚本を手がけていたから、きっと彼女もそうなんだろうなって。

そう言ったところまでは良かったんだけど。

自分の名前を呟いて固まるかおりちゃんを見て、俺はまた同じような失敗をしてしまったんだと気づかされる。


「はぅっ、いつの間にかかおりさんまで親密度アップしてますっ!」

「……」


悔しそうな残念そうな感じで菜々子ちゃんが叫ぶ。

一方のかおりちゃんはよっぽどの衝撃だったのかまだ固まっていて。

そんな二人を見ていると、どうやら俺は彼女達とは、ようやく顔見知りからちょっと抜け出した程度の間柄だったらしい。


「そうね、それなら丁度いいかもしれないわね。俊にも台本を見てもらって大会で通用するものかどうか確認してもらいましょう」


そして、三人三様でテンパっていたところに聞こえてきたのは、そんな五雲寺先輩の声だった。

そこには何が起きても動じないような、俺たちの困惑振りなどまるで関係ないよって感じの余裕ぶりが感じられる。


「な、なななっ!? だ、駄目ですっ、むむ無理ですっ! まだ主格のキャストに見せられるほどやないですぅっ」

「そんなことはないわよ。それに、俊には遅かれ早かれ目を通してもらわなければならないんだし」

「でもっ。まだ下書きで。字ぃも汚いしっ」


かおりちゃんがなにやらぶつぶつ言っていたが、多分五雲寺先輩には聞き入れてもらえないんだろう。

それよりも、主格とかキャストとか、その辺りの馴染み深かったフレーズが、しつこいくらいに気になるんですけど……。

まるでその言い草を聞いていると、俺が役者してそのお話に出るみたいに聞こえるよ?



―――煽てられて、祭りあげられて、いつまでも主役でいられると思ってた?



そんなことを考えていると。

ズキッっと極太のハリで胸を刺されたような痛みを覚え、俺は顔をしかめてしまった。


「って、俊くん、どうかしたん急に? 具合でも悪いんか? 入って来たときも一瞬具合悪そうやったけど」

「あ、いや。別に……っ?」


結構目ざといかおりちゃんに、大丈夫、と言おうとした時だった。

シュンちゃんや、亜柚ちゃんが入っていった更衣室の扉が突然開いたかと思うと。

何かの大群が押し寄せてくるような地響きが聞こえたんだ。

俺は、そんな事解説してる間に、あえなくその大群にのまれてしまった。


「わぶぶっ! な、なんだっ? ぬ、ぬいぐるみっ!?」


いろんな色のついたふわふわもこもこに囲まれつつも、まじまじそれを見てみると、やっぱりそれはぬいぐるみだった。

UFOキャッチャーとかでとれるような、アレだ。

だけど動いてる、生きてるっ、鳴いてるよっ!

そいつらは、わんわん、にゃーにゃー、ぴゅいぴゅい、ぐるるる言って、倒れこんだ俺を埋め立てていく……。


あ、一匹本物の猫がいる。

けれど、それに気づいた俺ってすごいとか、そんな余裕はすぐになくなった。


「「だーいぶっ!!」」


その後に続くように駆け出してきたシュンちゃんと亜柚ちゃんが。

何を思ったかぬいぐるみまみれの俺に向かって言葉どおりダイブしてきたからだ。


「ぐえぇっ。ち、ちょっとまっ……な、中身出ちゃうっ!」


ああ、そういや昔、家にいとことかが来た時、鬼ごっことかかくれんぼとかと同列で、初めにじゃんけんに負けた奴が地獄を見るこんな遊び、したことあったっけなぁ。

よく生きてたなあとか思いつつ、とは言ってものっかっているのはぬいぐるみだし、

最初の衝撃を除けば、二人はウソみたいに軽くて。

気づいたら、つぶれてなくなっていたのは胸の痛みだけになっていて……。



「うむむむ、それは自分にも続けってことですかっ? そうすれば好感度もアップ?」

「そういえば、昔は良くやったものねぇ」

「ええっ!? 二人とも本気で言うてます? そ、そんなっ」


急な出来事に、最初呆然としていた菜々子ちゃん、五雲寺先輩、かおりちゃんの3人はやがて口々にそんなことを言い出して。

まさかそんなことするわけないよねって思いつつも顔が青くなっていくのが分かるのを止められなかった。


「いや、やんなくていいからっ、もう! なんかちくちく痛いっ、お肌荒れるっ! でもって、息もできないっ! だ、だからどきなさいってこのプリティーマスコットどもぉっ!!」


俺が、大魔人が変身するみたいにがばあっと起き上がると、まるで花火みたいに色とりどり飛び散って、ぬいぐるみたちがごろごろと転がっていく。


同じように、俺に吹っ飛ばされた亜柚ちゃんとシュンちゃんは。

ぬいぐるみと一体化しながら。

それでも楽しそうにごろごろ転がっていって。


もうっ! 女の子が地面を転げるなんてはしたないっ!

って、俺がやったんだけどさぁ。

地面がほこり一つなさそうなふかふかの絨毯だったから、下敷き鬼(多分仮名)のエキスパートとして、お手本を見せてあげただけなんだけどね。



……まあ、それはとにかく。

俺が羨ましいんだかそうでないんだかよく分からない死に方だけは回避すると。

気付けばたくさんのぬいぐるみたちは、亜柚ちゃんの前にちゃんと整列して大人しくしていらっしゃった。


それは、メルヘンで異様な光景だったけど。

それができるなら、どうして俺に押し寄せてくる必要があったのかって考えてしまう。


「で、この方たちは一体何を……」


したいんだって言おうとして、俺は再び言葉を遮られる。



「いちどう、とつげきーっ!」


そんな亜柚ちゃんの可愛らしい号令ともに、ぬいぐるみたちが一斉にこっちに向かって来たからだ。


「って、どわああっ!?」


またなのぉっ、とか思いながらも俺はそれをよけられる筈もなく。

お神輿の山車みたいに祭り上げられてどこかへ運ばれていってしまう。


「というわけでっ。みんなで遊んでききまーすっ、お騒がせしましたっ! あ、マークⅡは置いてきますねっ」


そして、その後に続くのはあっけらかんとしたシュンちゃんのそんな声。

流されるように部屋の外まで運ばれていってしまった俺は。

それに対しての五雲寺先輩たちのリアクションも、キャスト何たらの話題も詳しく聞けないまま。

されるがままどこかへと移動することになってしまったのだった……。



    (第14話につづく)






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