第12話、両手花が居ぬ間の宙ぶらりんな身の振りよう
「五雲寺先輩、ちょっと更衣室借りまーす」
「借りるって。またシュンはお客様みたいなこと言って、あなただってここの部員なんだから、自由に使っていいのよ」
「あ、ありがとうございますっ」
さっきまでのごっこ……『入って』いたのが嘘であったかのように。
あっさりとフレンドリーさを醸し出す声色になった五雲寺先輩に、シュンちゃんははにかんで頭を下げる。
なんだろう、留学生だからお客さま扱いなのかな。
シュンちゃんのその表情に、多少申し訳なさみたいなものを感じて引っかかるモノを覚えていると。
今度は亜柚ちゃんが、俺の手を引っ張りつつ声を上げる。
「あさみお姉さま、みんなちゃんといる?」
「ええ、みなさんおりこうさんにして亜柚さんのこと待っているわ」
「そうですか~。それじゃあ早く行こっ、俊お兄ちゃん」
「え? ち、ちょっと!?」
俺は慌ててそう叫ぶが、何故か為すすべなく柔らかな絨毯の床を引きずられていく。
その先にはやっぱり扉があり、その上に掲げられたプレートには更衣室(女子)と書かれていた。
「待て待て待ってって!きみらは俺に何をさせたいんだっ! だ、だから待ってって! 一生のお願いいぃッ!」
きっとこれから何度も願うことがあるんじゃなかろうかって思える、そんな叫びを
聞いてくれた亜柚ちゃんは、ぎりぎりのところでぴたりと止まってくれる。
「……入らないの?」
「は・い・り・ま・せん!」
扉を開いてこっちを振り返り、不思議そうにそんなことを言ってくるシュンちゃんに、ぴしゃりと言葉を返す。
「えー? みんなまってるよ?」
だから余計に駄目だってのさ。
「ここで待ってるから」
「わかったよ~。一生のおねがいだもんね」
俺がそう言うと、亜柚ちゃんはあっさりと頷き、シュンちゃんとともに更衣室へと入っていく。
一人残されて、一瞬判断誤ったかなって気もしたけど、それにしてもなんというか。
向こうに自覚が足りないのか、それとも俺自身が軽い奴だと(あるいは気にもしない?)思われているのか。
これがまた俺自身に自覚があるから、始末に終えないんだけどさ。
「あら、いつもは平気でくっついていくのに、俊もいよいよお年頃なのかしら?」
「えっ? 本当にっ? ……い、いやっ、ははは。い、今はそう言うキャラなんですよ」
聞き捨てならないセリフを聞いてしまった気がしたが、とりあえず忘れ去って苦笑いで言葉を返す。
初対面のはずだったけど、やっぱり顔見知りというか、良く知っている人だったので、そんな返しも自然に口からついて出た。
さっきの小芝居がうまくいったのも、きっとそのせいだろう。
それでもこのまま会話してたら、ボロが出そうでいやだなと思っていると。
五雲寺先輩とやり取りしていた時に入ってきたらしい。
シュンちゃんたちと同学年の女の子の一人が、溜息でもつくみたいに声を上げた。
「やっぱりすごいなあ」
「どうかしましたか、菜々子(ななこ)さん?」
呟く彼女に、五雲寺先輩は振り返ってそう聞き返す。
そっか、彼女は菜々子ちゃんって言うのか、とにかく覚えておこう。
俺はそう考えつつも、改めて彼女に頭下げて挨拶しつつ様子を伺う。
ちょっぴり赤みがかかったウェーブの髪は目立ってはいるけれど。
なんて言えばいいのか、気配が掴みづらい、薄そうな……だけど十分に可愛らしい女の子だった。
口を開かれるまでいたことに気付けなかったのも、そのせいなんだろう。
それよりも、彼女ともどこかで会ったことがあるというか、知り合いにいたような気がしてならなかった。
小学校の同級生にいたような、いないようなって感じ。
「あ、えっと、みなさんすごいなって思って。入ってきたと思ったら即興でお話が始まって、圧倒されたんです!」
俺が不躾に見ていたのが、答えを待っているものと勘違いしたのか、通った声で彼女、菜々子ちゃんはそう言ってくる。
や、自分でもね、圧倒されたというか、なにしてんのって感じだったけどさ。
「お話会の時は与えられたものを読むだけだったから分からなかっですけど、
今のを見て、自分はまだまだだなって実感しましたっ」
「お話会かあ。菜々子ちゃんくらい声が通っていれば聴くほうも心地いいだろうねぇ」
「俊君?今、名前で?」
そして、俺が何だか懐かしくなって、無意識に言った言葉に反応したのは。
菜々子ちゃんとは別に、シュンちゃん亜柚ちゃんたちと入れ違いで更衣室から出てきたのに、今まであまり会話に加わっていなかったもう一人の女の子だった。
俺はそれを聞き、すぐに失敗したことに気付く。
ひょっとしなくとも、名前で呼んだのはまずかったのでは、と。
普段(があるのかどうかは疑問だったけど)を知らないとはいえ、いきなり下の名前で呼んだのは浅はかであっただろう。
「や、やった、ついにやりましたよっ! かおりさん、亜沙美先輩っ! 影が薄いと言われつづけて早16年! 初めて男の人、俊さんに名前を呼んでもらいましたーっ」
「……?」
でも、そう思っていたら菜々子ちゃんは何故だかとても喜んでいて。
これはバレなかったのかなーと、五雲寺先輩を見て、逆隣りで台本らしきものを手に持っていた、かおりちゃんと呼ばれたもう一人の女の子の方も伺ってみて、俺はすぐさまくぎ付けになってしまった。
その子も御多分に漏れず俺が知っている人物だって感じを受けたんだけど、何故だか俺の中のどこかで何かが違うだろって警告が鳴っていたんだ。
ほんのり朱を含んだセミロングの黒髪は、パイソン柄のバンダナに纏められており、
度の高そうな眼鏡とともに、彼女の頭の良さそうなところと、行動力のありそうなところが何となく伝わってくる。
どっちかっていうときりっとした美人の部類に入るタイプで、ここまでなら何の問題も無いどころかって感じなんだけど。
そこまで考えて、何が違うって思ったのかようやくはっきりした。
五雲寺先輩は、俺が高校で所属していた部の部長だった。
ここでも恐らく、そうなんだろうと思う。
そして、彼女の隣にはいつも従うように副部長がいたんだ。
その副部長に彼女、かおりちゃんは、似ている。
ただ、その副部長は男だったんだ。
別にかおりちゃんが男っぽいわけでもなく、副部長が女っぽいわけでもない。
見た目だって名前だって全く似ても似つかないはずなのに、その雰囲気が、しぐさが、身に付けているバンダナが、まるで生まれ変わって副部長がそこにいるように見えるんだ(彼は向こうの世界で普通に生きてるはずだけどね)。
「……っ」
このままではかおりちゃんは何も悪くないのに、何の否もありはしないのに。
ずっとは見ていられなくなってしまって、俺は慌てて視線を逸らしてしまった。
「な、何やのっ? ウチに言いたいことあるんならはっきり言うてよっ俊君!」
だだ、それはかえって逆効果だったらしく、すぐにそんな芯の強そうな声が返ってきた。
しかもその表情は怒っているようなのと、泣きそうなのが微妙に合わさっているよううで。
じっと見ていたと思ったら、目が合いそうになったらさっと視線をかわされて。
傷つけてしまったのかもしれない。
俺のうぬぼれだろって言われそうだけど。
そのセリフに嘘は感じられなかったから。
きっと多少なりとも気分を害しただろうとは間違いないと思う。
俺にしてみればたいへんすばやく視線を彼女の薄茶色の揺れる瞳に合わせて。
すぐさまフォローを入れることにして……。
(第13話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます