第11話、紡ぎ演じるその様は、不死鳥の名を冠すディーヴァのごとく




「うん。大体の事情は分かったよ。知り合いを演じるのはちょっと大変だけど」


何せ、知り合いを演じるとは言っても、俺は相手の名前すら知らないわけで。

台本……とまでは行かずとも、演じると決めたからには二人にある程度は、これからの登場人物ついて情報を得る必要があるだろう。


「大丈夫だよ、だから記憶喪失なんだもん」


俺がそう言うと、三度シュンちゃんがそんな事を言ってくる。


「誰かに会っても、ちょっと記憶喪失なんですって言えば、OKだよ」

「そこまで念を押されたのなら、納得するしかないけども」


俺が思わず嘯くと、二人は声に出して笑った。


「くすっ、そう言うなら試してみる?」

「いま、ぶしつにだれかいると思うから、行ってみればわかるよ~」

「ん、分かった」


そして、俺はなんだか自信ありげな二人について、その大きなもみの木(らしい)がある広場を後にしたのだった。




          ※     ※     ※




 いつもの俺ならば、ところでシュンちゃんと亜柚ちゃんの部活って何?って半分分かりきった話題から入っていって、それでもそうなんだーって驚いて見せて、会話を盛り上げたりとかしてたんだろうけど。

言った通り、二人が何の部に所属しているのかはなんとなく予想がついていて。

こちらからはあえてその話題に触れる気はなかった。


そのかわりといってはなんだけど、とても大きくてお金かけてるなぁって分かる豪奢な部活棟に入って。

まるで新入生を迎える、なりたての先輩のように。

道中にあるクラブ、部活を紹介してくれる二人が微笑ましくて。

俺は懐かしさとともにほっこりしながら、それを聞いていた。




そうして、まもなく辿り着いたのは。

映研やら写真部やらがあるせいか比較的黒幕の多かった3Fの一番奥。

そのフロアの中でも、優遇されているのかなんなのか、ひときわ大きい部屋の前だった。



洒落ていてなおかつパンチのきいた両開きの、チョコレートのような扉の脇には、

大きな天然の木版で、『聖ジャスポース学園演劇部』と書かれている。



「……」


やっぱりなと思いつつ、その毛筆で書かれた看板をなぞっていると。


「ここがあゆたちがしょぞくしてる、演劇部のぶしつ、だよ~」

「すごく大きいでしょ? 後ここ以外にも、演劇部用の稽古場が二つあるんだ」

「へぇ」


ここ聖ジャスポースは、関西大会の上位に食い込む常連校らしく、その期待の高さからこれだけの待遇が与えられているという。

さらに付け加えると、昔は聖ジャスポース学園内に演劇部を名乗るクラブがいくつかあって、それが最近統合されたらしい。


俺はそんな演劇部の説明を半ば上の空で耳に入れていることを半ば自覚しながら、

上品な音を立てて開かれる扉の奥へと足を踏み入れた。




正直、見知らぬ場所へと踏み込むことへの緊張もあったと思う。

でも、それより増して古傷に塩をすり込まれるような仕打ちにあっているような気もして、俺はそれを表情に出さないようにするのが精一杯だった。



この中にあるだろう、懐かしさを覚える全てのものが俺にとって苦痛だと。

俯きながら部屋に入った俺は、そのままと言うわけにもいかず、ゆるゆると視界を上げた時。

目の入ったのはシュンちゃんや亜柚ちゃんと同じ、青紺のストライプに特徴的なピンクのラインの入った、夏物の制服を着込んだひとりの女の子だった。


ワイシャツの白に映えるリボンが青かったので、その子は先輩なんだと予想できる。

細長い楕円の、トラックみたいな長テーブルの隅で、何やら作業をしていた彼女は、当然こちらに気付き顔を上げた。


それにより、当然その子と目があって。

俺は思わず声をあげてしまう。



「五雲寺(ごうんじ)先輩っ!?」


そして、どうしてこんな所にって言おうとしてなんとか押し留める。

ここは、誰も知る人などいない異世界なのに、あまりにも俺の知る人物そのものだったので、信じられなくて、びっくりして反射的に言葉が出てしまったみたいだ。


目の前の彼女が先輩であるはずがないのに、いきなり聞き覚えのないだろう名前を叫ぶなんて、怪しい! と自分で叫んでいるようなものだった。


さっき脅かされたばかりなのに、正体バレたらどうしよう、なんて思っていると。

すぐ隣にいた亜柚ちゃんが俺を見上げ、小さな声で言う。


「俊お兄ちゃん、あさみお姉さまのこと、しってるの?」

「え……えっ?」


俺はそれを聞き、下の名前も俺の知っている先輩と同じなんだと気付き、ますます混乱する。

ひょっとして本当に五雲寺先輩?


「急にどうしたの、俊? わたくしの名を呼ぶ時は亜沙美と呼びなさいと言っているでしょう? それとも、今のが挨拶の代わりだとでも言うのかしら」


亜柚ちゃんにならって、俺自身もおねえさまと呼んでしまいそうな気品のある笑みと、背筋まで響くアルトの声。

ああ、そう言えば俺が演劇を始めて高校の部活に入るきっかけの一つは、彼女のこの声だったんだよなと考えかけて、俺は慌てて考えを打ち消した。


それよりも、言い訳……じゃなくて、挨拶をしないと。


「あ、えっとおはようございます。それであの、今のはっ」


思わず名を呼んでしまったこと、どう説明すべきか迷っていると。

シュンちゃんと亜柚ちゃんがすっと前に出て、優雅なしぐさで同時に挨拶をした。


「「ごきげんよう」」

「ごきげんよう、今日もとってもいい天気ね」


するとすぐに五雲寺先輩の言葉が返ってきて、それに続いて傍らにいた二人の女の子も、同じしぐさで同じ言葉を返してくる。


「……」


俺はそれを見て、ぽかーんとなってしまった。

しまった、また置いてかれている?

っていうか、物語の中以外で、そのような挨拶を交わすこと、あるんだろうかね。


「それで、今日は3人そろって何があったのかしら? わたくしが記憶する限りでは初めてのことだと思ったのだけど」


変わらない、格式ばった口調。

でも、なんだか表情はくだけていて。

今のももしやごっこ的なものだったのかなって思っていると。


「あ、はい。実は、少々問題がありまして」


それに答えたシュンちゃんは、案の定お堅い言葉遣いのままだった。

五雲寺先輩が、それを聞いて興味深そうに黒真珠みたいな瞳を細める。


「実は彼、記憶を失ってしまいまして。こうして思い出のある場所を巡っていた所なのですが……」


続けて亜柚ちゃんがそう言うと、そう決まっているかのように、みんなの視線が俺に集まった。

それを内心どぎまぎして受け止めつつも、さっきシュンちゃんが試してみる? って言っていたはこれなんだって分かって。

余計に焦っけど、亜柚ちゃんが次は俺の番だよって感じでマントを引っ張ってくるので、俺は半分以上ヤケクソになって言葉を発した。



「遥かアーカイブ星への旅路の途中、大切な記憶を何処かに落とし、右も左も分からず、彼女らの力を借りてここまで来ましたが……私は全てを失くしたわけではなかったようです。あなたの姿を目にしたとたん、それが言の葉となって現れたのですから」


五雲寺先輩は、初め驚きの表情を浮かべて。

俺の言葉を聞くうちに嬉しさをにじませた表情に書き換えていって。

柏手を打つように両手を合わせた。


「まあ、そうでしたの。分かりました、あなたが記憶を取り戻すのに、このわたくしめが役に立つのであれば、力を尽くしましょう」

「光栄にございます」


俺は、先輩の言葉に恭しく頭を垂れる。

内心は、ヒヤヒヤとかドキドキとかでごっちゃになっていた。

変わらずに、五雲寺先輩は巧いなあとか、何で俺こんなことやってんだろうなって気持ちにもなる。

これがウソじゃなく、演技だってお互いに分かっているところが、俺にとって唯一の救いだったけど。




「そんなわけでっ、五雲寺先輩、ちょっと更衣室借りまーす」


するとシュンちゃんが、そんな俺の気分を打ち消すように明るい声を上げたから。

とたんに今まであった変な子芝居の空気も霧散していって……。



      (第12話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る