第10話、正直嘘にはすぐに気が付けるけれど、ロールに合わないから




目の前には、数十メートルはありそうな大きな樹。

何の木だろう? 桜の木じゃなさそうだし、学校によくあるイチョウ……あるいはプラタナスだろうか。

その周りには、こげ茶色のベンチがしつらえてあり、そこに座れば、生い茂るであろう葉によって日陰にもなるし、そんな枝葉を見上げることができるのだろう。

その幹から伸びる枝もしっかりしていて、足をかけられそうな出っ張りもあって、大きな樹だけれど、木登り出来そうな感じもして。

とはいえ、そう高くない場所からあえなく落っこちてまぁまぁの大怪我をしたことのある俺としては、昇るのはちょっと勘弁してもらいたかったけれど。



「あゆね、この木のてっぺんからおっこちちゃったことがあって。それを、俊お兄ちゃんに助けてもらったんだよ」


俺がそんな事を考えていたのを読んだみたいに、亜柚ちゃんはふいにそんな事を言ってきた。


「え?」


当然意味が分からず、困惑している俺に対し、シュンちゃんが言葉を補足してくれる。


「亜柚ちゃんね、このもみの木のてっぺんで、お友達……さよちゃんって言うんだけど、お話してて、足を滑らせちゃったんだ。その時、この場所には人がたくさんいたんだけど、そんな誰よりも早く俊兄が飛び出してきて、亜柚ちゃんを助けたんだ。風みたいにね」


シュンちゃんは、まるで間近で見ていたような物言いで、誇らしげにそう言った。


「あゆ、あの時のことはわすれないよ。俊お兄ちゃんに、ぎゅーってしてもらって、ぐるぐるーってしてもたったこと。とっても怖かったけど、とってもたのしくて、うれしかったから」

「……」


俺は何も言えなかった。

だって、それは初めて聞いたことだったから。

全然記憶にないから、亜柚ちゃんの感謝の気持ちが自分に向けられるのが何だか申し訳なくて、覚えていないのがいたたまれなくて。 

「やっぱり憶えてない? 俊兄?」


そして、引き続き俺の気持ちを見透かすかのようなシュンちゃんの言葉。


「え? あ、ええと」


俺ははいともいいえとも言えずにあいまいな声をあげていると。

シュンちゃんは、大丈夫だよとばかりに微笑んで。


「しょうがないよ俊兄、記憶喪失なんだもん」

「……記憶喪失」


俺はただただ繰り返す。

俺は、ここではない世界からゲームの体でこの世界へやって来たわけで。

ちゃんと今まで生きてきた記憶もある。

やはり、そういったロールをこなすべきなのかと思っていると。

亜柚ちゃんが少し残念そうにうつむいて、続けた。



「俊お兄ちゃん、きっとアーカイブ星行きの汽車のたなに、きおく忘れてきちゃったんだよ」

「でも、約束してくれたよ。星降るこの季節に、夏の始まりには、必ず帰ってきてくれるって」


シュンちゃんは、亜柚ちゃんの言葉に答えるように、歌うようにそんな事を言ってくる。


俺は二人の言葉に耳を傾けて。

ひらめくように、状況を理解した。



「なるほど、そうなんだ……って、待ってってばよ! その話、その設定知ってる!『いま会う』じゃん! しかも何故に俺が奥さん、ママさん役なの?」

「……あれ? 俊兄、この話は知ってたんだ」


さっきもうしないとか言っておいてまたごっごとは。

俺は今度は入っていかないぞ、とばかりにそう言うと、あっさりシュンちゃんがネタをばらす。


「そりゃ知ってるさ、『いま会う』は、映画化はもちろん、ドラマ化だってしてるし」

「そうなの? しってるならいっしょにあそんでくれればよかったのにー」

「いや、ママさん役はちょっと。だいぶむつかしいし」


せめてパパ役がいいです。

まあ、そんな事を考えてしまうあたり、俺も結局大概ではあるんだけど。

そんな考えをとりあえず置いておいて、何でこんな話の展開になったのかを思い出す。


「そもそも、何でまたこんなことに……あ、そだ。どうしてここの人たちは俺のこと知ってるんだって話だったよね」

「うん、だから俊兄が記憶喪失でー」

「それは今聞いたけれど」


再び繰り返されそうになる展開に俺がストップをかけると、しかしシュンちゃんは首を横に振った。


「何となく分かってくれてたと思うけどさ。これから本気を確かめるテストをして、

それがうまくいったら、俊兄は俊兄の叶わなかった夢を、叶えたい願いを叶えるために、何日か滞在してもらう事になると思うんだ。どうせなら周りの人が知り合いの方が都合がいいでしょ? いろいろと。だから、記憶喪失だけど、周りは俊兄のことをよく知ってるって設定なんだ」

「それでね、俊お兄ちゃんはあゆたち以外には、正体ばらしちゃいけないんだよ。

いないはずの人いるって分かったら、みんなびっくりしちゃうから」

「それも設定?」

「うんっ、そうだよっ」


二人の言葉を受け、そう答える俺に、亜柚ちゃんはこくりと頷く。

つまり、俺がこの世界に呼ばれてスムーズに願いを叶える為に、まわりの人たちは俺のことを知り合いだと思っていてくれて、俺も知り合いを演じなければならないということに?


「……ちなみに、俺が異世界から来た奴ってバレたらどうなるんだ?」

「え? あ、あゆ、わかんない」

「ぼくたちが試験、不合格になるだけだと思うよ、たぶん」


二人は互いに顔を見合わせ、戸惑ったようにそう言う。

今更だけど、何だか怪しかった。

それだけで、絶対バレてはならない気がしてきて。


「本当かい? バレた瞬間、とって食われたりしない?」

「それは大丈夫だよー。昔と違って今はもうそんな事もなくなったって館長さんも言ってたしね」


昔はとって食われてたのかよ!?

どんな世界だよここはぁっ。

想像するだけ恐ろしかったが、きっと多分それは、館長さんとやらのお茶目なジョークだろと思い込むことにしておく。



「そ、そうなのかぁ、ま、とにかくバレないように用心しておくよ」


これだけ脅されたら仕方がない。

でも正直、二人の言葉にはどこかしらひっかかるものがあったし、何か重大な事が隠されているんじゃないかって気にも勝手になってる。


でも、それがなんなのか、俺に分かるはずもなかった。

『いま会う』のママさんみたいに実はもう俺は死んでいて、もうとっくの間にお葬式もすましていたりとか……。



「そんなことだったら、隠しとくしかないもんな」

「え? な、何?」


俺はシュンちゃんが不思議そうに訊いてくるのに、かぶりを振って返した。


「いや、何でもないよ」


ならば設定通り、俺は知らないままでいなくちゃならない。


……なんてな、そんな事あるわけないって。

流石にそれは無いだろって、ハッピィエンド上等なアニキにも突っ込まれそうだ。


それ以前に、もしそうならここまで歩いてきただけで町はパニックだろう。

死者であるママさんだって、基本的には家から出ちゃいけないって言われてたんだから。


まぁそれもこれも。

ゾンビとまでは言わずとも、幽霊とかお化けとかの類が街の人に混じって普通に暮らしている可能性を考えていないわけだけど。



   (第11話につづく)






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