第5話、イエスを導き出すための、チェリーレッドのナイフ
そして。
華奢というには表現の足らないほどの細い腕が、振り上げられ……。
何もできない俺の元にナイフが降りて……こなかった。
「……?」
おそるおそる様子を伺ってみると、何故かぷくっと膨れた様子の亜柚ちゃんがいた。
「もうっ。俊お兄ちゃん、ちがうでしょっ。いまのところは『君に殺されるのなら別にいいか』って受け入れるしーんだよぅ?」
「そんなっ、ご無体なっ!?」
オレが思わず叫ぶと、今の今まで壁の花になっていたシュンちゃんが、今まであったことにまるで動じてない様子で、朗らかに言った。
「亜柚ちゃん、俊兄『猫目の石』のこと知らないんじゃないかな?」
「ねこめのいし?」
何だろうそれってオレが呟いていると。
「えぇー? じゃあ、俊お兄ちゃんと『猫目の石』ごっこできないの?」
ごっこ? ごっこ遊びだったの今の!?
オレがただただうろたえていると、ポンッと音を立ててナイフを消した亜柚ちゃんは(実はすごいって思うんだけど、最初に見た魔法だったんだけど、感覚がマヒしていて良く分かってなかったり)、そのままつむじが見えるくらいにぺこりとごめんなさいをしてきた。
「俊お兄ちゃんごめんなさい。しらない人にはやっちゃだめっていわれてたのに。あゆ、シュンお姉ちゃんと、俊お兄ちゃんがたのしそうだったから……」
楽しそう、だったかなあ?
オレがまた唸っていると、それに答えたのはシュンちゃんだった。
「大丈夫だよ、亜柚ちゃん! しばらくはぼくと遊べばいいんだし、俊兄もそのうち覚えてくれるよ」
「うんっ、わかった~。そうだよねっ!」
亜柚ちゃんはシュンちゃんの言葉に嬉しそうに頷く。
そうだよね? とばかりにこっちを見てくるシュンちゃんに、オレは良く分からないままに頷いてしまった。
ひょっとして二人はいつもこんなことをして遊んでいるんじゃなかろうかって韓派が得てしまって。
どうやらオレもその中に入っているらしく、自然と渋い顔になるのを自覚していると、シュンちゃんが思い出したように更に続ける。
「あ、そうだ。さっきは中断しちゃったけど、『オレのものになる』ってどういうこと?」
「えっ?」
オレは思わず引き攣った声をあげてしまう。
もしかして、知らずに叶えるとか言ってたってオチ?
なんだか危なっかしい子だなあ。
オレが言うのもなんだけどさ。
「あ、分かった。ひょっとして、サマンサママみたいに亜柚ちゃんと契約して、
ピンチの時にぴゅーって助けに来てくれる、みたいなこと?」
「あ? うーん、えっと。良く分からないけど、多分そうじゃないかな」
そしてシュンちゃんがそんなことを言ったので、オレはそれ以上突っ込まれる前に、またまた知りもせず頷いてしまった。
「じゃあ、それが俊お兄ちゃんのほんとのねがいなの?」
まあそれも悪くない……って、違う違う!
オレは亜柚ちゃんの言葉にぶんぶんと首を振った。
「さっきも言ったけど、あれは冗談と言うかなんというか……とにかくっ、オレの本当の願いは別にあるよ」
「それってなぁに?」
「ああ、うん。オレの願いはね」
「あ、ちょっと待って待って! まだ言っちゃ駄目だよ俊兄!」
今までの流れで大分びっくりして色々と起こされてしまって。
別に口にするくらいならいいかなぁと思い、亜柚ちゃんの問いに答えようとした時だった。
シュンちゃんが、慌てたようにストップをかけてくる。
「どうかしたかい?」
「うん、あのね。その、叶えるって言っても、ただでってわけじゃないからさ、
今はまだ言わないほうがいいと思うんだ」
ただじゃないってことは、お金でも取るってことなのかな?
まあ、よく考えてみたらその方がしっくりくるし、当然だろうなって思う。
命とかだったら、それはそれで嫌だけど。
「あ、そうだったよ~。あゆたち、俊お兄ちゃんとかくれんぼするんだよね」
「かくれんぼ?」
オレはやっぱり意味が分からなくてそのまま反芻してしまう。
「うん、これからね。俊兄に……簡単に言っちゃうと、願いを叶えるだけの資格があるかどうかを判断するために、テストみたいなことをしてもらいたいんだ。俊兄の叶えたい夢が、願いが、どれだけ本気なのかを知るためにね。ほんとはそんなことしなくても叶えてあげたいけど。そういう決まりだから」
本気ならなんでもと言った手前、言い出しにくかったんだろう。
俯いてそう言うシュンちゃんに、オレはちょっと苦笑して。
「なるほど。つまり、テストの中身がかくれんぼってことなんだ」
「うん、そうなんだけどね。多分結構たいへんだと思うから……」
「俊お兄ちゃんが嫌だったら、やめてもいいよ? もし、俊お兄ちゃんがもういいやって思ってる夢なら、余計なお世話さん、だもんね」
迷いきったあげくそう言ったシュンちゃんに続けて。
亜柚ちゃんが、さっきのごっこ遊びの時みたいな大人びた雰囲気を一瞬まとい、そんなことを言う。
おそろいの髪型だからってだけでもないけれど、年の離れた姉妹に見えた二人が、
同い年の子に見えたような、まさにそんな瞬間だった。
「……いいよ。やらせてもらうよ、そのテスト」
だけどオレは、結局そう答えていた。
理由はたいしたことじゃない。
オレは、やるなと言われればやりたくなるたちなんだ。
例えば、もうすぐ誕生日なんだから、メールくらいするのよって言われれば、
結果メールすらしないという徹底ぶり? だ。
だからまあ、ぶっちゃっけて言えば、安請け合いみたいなもので、
そんな自分に後でとっても後悔することになるんだけど。
その選択こそが、本当は正しかったってことを、その時のオレは当然のごとく気付いてはいなくて……。
(第6話につづく)
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