第4話、本物じゃないから、いきなり始まっても入れない、なんて嘘



「え~っと……んと、あゆたちね、いま試験中なの」


言いずらそうに、少し戸惑った様子の亜柚ちゃん。

オレ自身の悪い癖で、無意識のままにそれが『ふり』かどうかを伺ってしまったが。

それ以前の問題で、こんな小さな女の子に対して見せるリアクションじゃなかっただろうと反省していると、続きフォローするようにシュンちゃんが続ける。


「その試験の内容がさ、叶わなかった夢とか、抱えきれない悩みとか……

心の奥底にある願いのある人を、魔法で助けてあげるってものなんだけど。

その対象に俊兄が選ばれたってわけなんだよね」

「魔法で、助ける?」

 

現実感のない甘美な響きに、クラクラする。

現実感がないのは当たり前だって分かっているのに、その不思議な誘惑に負けそうになる。


「それでね、あゆたちへいこーに並ぶぱられるわーるどってところから、俊お兄ちゃんのことよんだのよ」


そして、澱みなく解説をする俊ちゃんを追うように、亜柚ちゃんが話をまとめた。

オレは、思わず唸ってしまった。

叶わなかった夢を叶えるだって?

しかも魔法?

さすがのオレでもそんなのあるわけない、話がうますぎるだろうって思ってしまう。


仮に、二人にそんなテストがあったとしてもだ。

その対象にオレが選ばれる意味が分からない。

いや、ゲームの主人公(プレイヤー)ってのはそう言うものなのだろうか。



『―――勘違いして、調子に乗って……それで最後までうまくいくって思ってた?』



なんて思っていたら。 

痛みをつれて頭に直接降り注ぐように響くのはそんな言葉。


そうだよ、オレの夢なんて叶うわけないんだ。

そんなおいしいこと言って、騙したりとか……笑いものにするのかもしれない。

そこまで考えてあることに気付き、血の気が引いていく自身に気づいて。



「そう言うってことは、きみたちは……その。オレが叶えられなかった夢を、願いを知っているの?」

「ううん、しらないよ?」


だから教えてもらうんだって感じで、亜柚ちゃんが微笑む。

それにオレがどう答えたらいいか戸惑っていると、さらにシュンちゃんが言葉を続けた。


「あ、でも大丈夫だよっ。それがどんな夢……願いでも、本気なら絶対叶えてみせるから」

 



『―――何でもできると思ってる、お前の感情は、一体どこから来るんだろうな?』




ズキッ!

心の奥をきしませる現実が、シュンちゃんの言葉と重なる。

その途端、怒りの覆われた昏い感情が、オレを支配していくのがわかった。

 


「絶対? どんな願いも……だって?」

「わわっ」


気付けばオレは、驚きの声をあげるシュンちゃんを追い詰めるかのように、

逃げられないように、両手のひらを高級そうで冷ややかな、白塗りの壁に押し付けていた。


「じゃあ、きみは。オレが何を言っても……きみを俺のものにしたいって言っても、それを叶えてくれるって言うのかい?」


言葉は止まらない。


―――叶わなかった夢を、願いを叶える。


彼女の、それを全く疑おうとしない言葉が。

疑いきって諦めきった俺を、非難しているような、そんな気がしたんだ。

ぼくにはできて、どうしてあなたにはできないの? って、言われている感じだった。

 

シュンちゃんはそんなオレの感情の揺れが解かったのかもしれない。

驚きの浮かんでいた表情をすっと真面目な表情に変えて。

真摯に燃えるマリンブルーの瞳で、オレをしっかりと見上げつつも、言った。



「うん、いいよ。それが俊兄の、本気の願いなら」

「……っ」


シュンちゃんは、全く視線を外さないままで、ただオレを見ている。

その時に思ったのは、わけもなく感じたのは。

シュンちゃんの強さだった。

逆に、何の臆面もなくそう言い切れる彼女の言葉、視線が向けられる自分が申し訳なくなってきて。


オレはそんな強さを見せる、理想と憧れを合わせもった彼女をそれ以上見ていることができなくて、手も離してしまう。

そして更に、オレを支配しようとしていた昏い感情もあっけないほどに消え去って。そんなあっけなさを持て余して何もできないでいると。

右半身に、とふっと軽い衝撃を覚えた。



「うぅ~あゆもまぜてよーっ」


ちょっと拗ねた声とともに、向けた視界に入ったのは。

ギラリと光る赤銅色のナイフを持って縋りついてくる、亜柚ちゃんの姿。


「って!うわあぁっ!? な、なんてものを持ってんのっ!

ごめんっ、いやっ……ごめんなさいっ! もうしませんっ! いやいやっ、今のは冗談だって、だからゴメンって!!」


いかにもざっくり切れそうなそのナイフに素も何もなく本気でびっくりして尻餅をつくオレに、亜柚ちゃんは満面の笑みを浮かべたまま、とてとてと近付いてきた。


そしてさながら床につき、静かに一日を終えようとする者に忍び寄るように。

亜柚ちゃんは艶然とした笑みを貼り付ける。



「えっ。マジっ!? 本気っ!?」


その、妖艶さすら醸し出す彼女の劇的な変わりように、オレは金縛りにでもあったみたいに動けなくなってしまった。

まるで魂に響く歌を耳にしたかのように、ぶるりと身体が震えるのが分かって。

さらに、オレが自分の愚かだった行いを悔いる暇もなく、亜柚ちゃんは言った。



「ごめんなさい。あなたといると私……」


こんなことしても意味ないって分かっているのに。

でも私の気持ちは止められそうもないから。

一言でそんなことまで分かってしまえるような、そんな言葉。

それは今までの亜柚ちゃんとは、全くの別人だった。

でもさすがにそこまでくると、錆び付いた自分にもスイッチが入るのを自覚したけれど。


「ま、まってちょっと! 冷静に話し合おうっ、ってか、ごめんっ、すみませんっ!

ほんの出来心っ……いやっ、心の悪魔さんのせいなんだって!!」


相変わらず腰でも抜かしたみたいにオレは動くこともままならず、ただ同じようなことを叫ぶことしかできない。



そして……。

華奢というには表現の足らないほどの細い腕が、振り上げられて……。



      (第5話につづく)






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