『創作は非現実的だから成り立つものである。(中編)』


「この件で一番疑うべきは森亜亭さんだが、旅館の従業員や友人達が彼女のアリバイを語っている。」

「多くの人が証言するなんて、あの寝台列車の話みたいですね。」


 和戸の言葉に穂麦は眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。


「和戸くん、あれはフィクションだ。それに多くの推理小説を読んできた君なら結末は知ってるじゃないか?」

「でも穂麦さん、あまりにも偶然が重なります。まるで全員が彼女を守るために共謀しているようです。」


 和戸は館内で聞き込みをした際に感じた違和感を穂麦に告げる。


「時代が時代なら可能だろうが今はだぞ?和戸くん。」


 さすがに無理がある、と穂麦は言う。


 此度は森亜亭からストーカー調査の依頼があった。彼女曰く、「夫だった黒巣が再婚を求めて付きまとわれている」とのこと。その証拠を掴むため天狼旅館を訪れたが和戸の言い分を完全に否定出来なかった。


「それに見たまえ。」


 穂麦は指を差して和戸の視線をある方向へ移動させる。黒巣の件で警察が動き出し、多くの関係者が現場検証のために出入りしていた。


「この件はもう我々の手に負えない段階だ。あとは警察に」

「うーん、それはどうですかな?」

 

 直後、彼等の背後から男性が現れた。


「す、須田さん!?何故此処に!?」


 驚く和戸の言葉に須田すだ保人やすひとが手を振って応える。須田は穂麦と和戸を結び付けるきっかけを作った人物で現在は鑑識課に所属している。


「お久しぶりです、和戸さん。」

「何故君が此処に居るんだ?須田くん。」

「何故って仕事だからですよ。」


 この格好を見てください、と須田は鑑識員としての仕事着を穂麦に見せた。


「何か分かったのかね?」

「いやぁ自分は一端の鑑識員ですし関係者以外に話すのは、」

「須田くん。」

「はいはい、分かりました。」


 ちょっとお耳を拝借、と須田は周囲を見回してから小声で二人に話し始めた。


「俺は事故だと思うんですよね。」

「事故?」

「黒巣が泊っていた部屋のテーブルに漢方薬の分包紙が放置されてました。」


 人によっては重い副作用を引き起こす成分があります、と語る須田に和戸は驚きのあまり目を見開いた。


「か、漢方薬で!?」

「お二方、蕎麦食べられますか?」


 突拍子もないことを言う須田に二人は怪訝な顔を浮かべた。


「いきなり何だね?まあ嫌いではない。」

「僕はお蕎麦好きです。」

「その口振りですと食べられるみたいですね。その蕎麦ですが、」


 アレルギー持ちの人は麺一本でもアウトだったりします、と須田は二人に告げる。


「つまり被害者は合わない薬を飲んでアレルギーを起こしたと?」

「ビニール製の分包紙なので毒物にすり替えたり穴を開けて毒物を混入するのは不可能です。薬を包んでいたのが紙でしたらもしかしたら、」


 そう言いかけて須田は再び周囲を見回した。


「そろそろ仕事に戻った方が良い。」

「そうします、穂麦さん。では最後に一つ。被害者の遺留品を調べた所、その漢方薬は服用した一包のみでした。そして封を切られた分包紙の表面に被害者以外の指紋が付着してました。」

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