第69話

「はっは〜、逃げれると思ってるのかねぇ」

 狂犬に背を向けて逃げるプレイヤーを燃える槍が貫いた。


「ねぇ、グラシェールがやりすぎるなって言ってたんですけど、何を聞いてたのかしら?」

「耳の中まで筋肉で詰まってるんじゃない」

 二人の女性が小言を漏らす。


「あぁん? 聞いてたっつーの」

「聞いてこれなんだったら脳みそに筋肉が詰まってるわね」

「間違いなし!! ニッシシシ」

「はぁ、この程度でやりすぎになるわけねぇだろうが、軽く遊んでるだけだっての」

「私は下がるわね。あなたに巻き込まれて罰金とか嫌だし」

「あっ、ウチも金欠だから罰金はヤダよ〜」

 二人は後方へと姿を消していった。


「ちっ、こんくらいで罰金なんて、まさか……違うよな、いや、考えても仕方ない……っ!?」

 手元に戻ってきた投擲した槍を立てて首を守る。

 明確に何かがわかったわけではない。

 僅かな殺意と空気の揺れを感じ取っての行動だった。


「誰だっ!?」

「アストリアの狂犬グレン、ほんの少し、ほんの少しだけ楽しめそうだな」

「お前っ……は、鴉か」

 ゆったりとした漆黒の衣服を靡かせ、黒笠で顔半分は隠した異様な雰囲気を纏う男はゆっくりとグレンに近づく。


 グレンは槍を投擲するが軽々と受け流され、槍が男の後方へと飛んでいく。

 男は腰に差した漆黒の大太刀を振るう。

 素手であったはずのグレンの手元には先ほど投げた槍が戻ってきている。

 甲高い音が鳴り響く。

 グレンに攻撃の余裕はなく、防戦一方だった。


「くっ……おもしれぇ、お前を倒せば俺がチャンピオンだっ!!」

「残念だが、お前には無理だ」

 グレンは槍を回転させて炎の壁を作り、時間を一瞬だけ稼ぐ。

 自慢の朱那槍はスキルで槍に炎を纏い攻撃力を増加させる。

 高速で槍を動かすことにより炎をその場に置き去りにすることも可能だ。

 稼げた刹那の時間を利用して、もう一つの攻撃用スキル螺旋突きを発動、炎の壁ごと眼前の男の胸を貫いた……


 それは強すぎる願望が見せた幻だったのか、乖離していた現実が追いつく。

 螺旋突きは発動しておらず、槍を握っていた右腕が肩口から斬り落とされている。

 その事実を直視して目線を戻したときには男は漆黒の刀を振り終え鞘に戻すところだった。


「グレン、やられちゃったね」

「えぇ、行っちゃダメよ。これ以上は介入するな、特に鴉には近づくなとのオーダーがでたから」

 アストリア所属プレイヤーは今回の一件での立ち位置を後方支援にとどめることを決定した。

 アマチュア相手に二人も落とされ、これ以上の失墜は許されないというスポンサーの顔色を窺った結果だった。

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