第62話
「初めまして、ソリック社の葵ハジメと申します。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます」
カフェで好青年が頭を深く下げて名刺を渡してくる。
いつもと勝手が違うのはここが現実世界ということ。
ソリック社はゲーム関連の情報を発信する雑誌の出版やサイトの運営を手掛ける会社だ。
動画の登録者数と再生回数が伸びているおかげでいくつかの企業から話を貰っているが、実際に会って話をするのはここがはじめてになる。
というよりもここ以外は断っている。
ルミナスオンラインはここ最近、知名度を上げてきているが、まだリリースして一年も経っていないゲームということもあって様子見の企業が多く、契約内容もこちらの足元をみている。
特に今からプレイヤーを募る企業なんかはそれが顕著である。
結局のところ、うまくいかなければいつでも切れる程度の関係に留めておきたいというのが各社の意向なのだ。
参入している大手のプロゲームチームならすでにプレイヤーは囲っている。
新規参入の企業は流行に乗るための下地を作りたいだけで、ぱっとでのプレイヤーを使い捨てにしようという魂胆が透けて見える。
実際に前世でもそうだった。
動画投稿で少し名が売れたプレイヤーに声をかけて、あとは飼い殺しにして格安で宣伝活動だけさせるような手法。
そんな中、ソリック社だけは少し勝手が違った。
残念ながら前世ではいい結果を残すことはなかったが、プレイヤーと企業側の関係は良好で真摯な姿勢が印象に残っていた。
「…………こちらがお話しした内容についてまとめたものになります。お持ち帰りいただき考えていただければ幸いです」
プレゼンを終えたハジメの表情は暗く俯き気味であった。
自分で説明しながら契約条件の悪さに呆れているのだ。
しかし、いち会社員であるハジメには勝手なことは許されておらず、できる限り上司を説得してのこれであった。
「受けますよ」
「やはりダメですか……!? ……えっ!? 今なんと?」
半ば諦めかけていたところ、マサヨシの言葉に困惑してしまう。
「そちらの提示する内容を理解したうえでお受けいたします」
「いっ、いいんですか!? もう少し考えた方がいいのでは?」
「大丈夫です。満足する内容でした」
「どっ、どうしてですか?」
「理由ですか? たしかに給与面では他社の方がよかったですし、福利厚生もそうです。ですが、熱意が伝わったのとチームリーダーとしてメンバーの任命に口が出せるのが気に入りました」
プロリーグは団体戦もあれば個人戦もある。
個人戦をメインにしていこうと思っているマサヨシに他のメンバーなんて関係なさそうに見えるがこれは大きな間違いである。
情報の共有は必須だし、アイテムの譲り合いなんかもある。
なにより、練習相手が三流では試合で勝つことなどできない。
個人戦だとしてもチームメイトは重要なのである。
「あっ、ありがとうございます!! 正直なところ諦めてました。給与面も福利厚生も向上させていきたいと思っていますので、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
これで前世の夢だった舞台に立つことはできそうだ。
マサヨシは前世の自分を思い返して気合を入れ直す。
夢の舞台に立って負けてもいいですとは思わない。
勝利のために最善を尽くす。
心にそう誓った。
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