短編:眼帯を付けた馬

桂枝芽路(かつらしめじ)

眼帯を付けた馬

 西部開拓時代のとある駅。

「この馬を見たか?」

 強面で背の高い男が開いた紙には、右側に眼帯を付けた馬の顔のスケッチが描かれていた。

 尋ねられた老人は首を横に振った。

「いいや、知らないね」

「そうか」

「その馬がどうかしたのかね?」

 紙を巻いて立ち去ろうとした強面の長身漢は老人に振り返った。

「戦友でね。だが奪われちまった」

「賭けに負けて?」

「いいや。イカサマだ。だから取り返す」

「どこかも分からないのに?」

「この町だと聞いた」

 老人は首を傾げた。

「それなら町中で噂になっとる筈なんじゃがの…第一それだと目立つし」

「フン、お前は仲間外れか」

 そう言うと、強面の長身漢は今度こそ立ち去ろうとした。


 しかし再び老人は呼び止めた。

「若いの、名前は?」

「ドイル」

「何か分かったら知らせるよ」

「だといいんだがな」


 と、その時。

 町の方から銃声が複数回聞こえて来た。

「あれは?」

「またか。ダグラスの連中とロドリゲスの連中がやり合っとるんじゃ。昨日は子供が1人流れ弾で死んだ」

「見に行って来る」

「若いの。1人じゃ危険じゃ」

「なら加勢してくれるのか?」

 言い淀んだ老人を尻目に、ドイルは腰に巻き付けたガンベルトのホルスターに収まっているコルトに触れながら未だ聞こえる銃声の方角へと歩いて行った。



 町の住人は、銃撃戦の発生で建物の中に身を潜めていた。

 ミゲルの言う通り日常茶飯事らしく、窓から見物している者もいる。

 そんな町の様子を観察しながら歩いていくと、バーの建物の陰から銃撃戦の様子を窺っているらしい若い女性を見つけた。

「おい」

 と声を掛けると、若い女性がビクッとして振り返った。

「あんたは?」

「ドイル。君は?」

「スーザン」

「そこのバーで働いているのか?」

「ええ。偶々外で用事してたら始まったよ」

 スーザンはほとほとうんざりしたように肩をすくめた。

「なら止めて来る」

「は?」

 目を丸くしたスーザンの横を通り抜けて、ドイルは通りに出た。

 見ると、どう見ても保安官でない者同士が数人ずつ対峙してピストルやライフル、ショットガンで撃ち合っている。

 ドイルはピストルを引き抜くと、等しく1人ずつ…どっちがダグラス一派かロドリゲス一派か分からないが…のライフルを撃ち飛ばした。

「うわ!」

「なんだ!?」

 その驚きで銃撃戦が止み、双方が1人立っているドイルを見つけた。

 ドイルから見て右側の一派の1人が、スペイン語で悪態を吐いた。どうやらこっちがロドリゲス一派らしい。

「てめえ、邪魔したからにゃ命はねえぞ!」

 そいつが何も考えずにショットガンの銃口を向けようとしたが、あっという間にドイルにショットガンを撃ち飛ばされた。


 ロドリゲス一派はそれで動けなくなったが、もう片方、ダグラス一派は冷静だった。

「おいあんちゃん、雇ってやるからあいつらを消してくれないか?言い値で構わんぞ」

 と、ダグラス一派のチームリーダーがロドリゲス一派に腕を振った。

 ロドリゲス一派が身構えたが、ドイルはピストルをホルスターに収めた。

「それには興味無い。探し物をしていてね。君達なら知ってるんじゃないかと思ってね」

「ほう、何だ、探し物って?」

 と、ダグラス一派のチームリーダーが歩み出た。

 部下達はまだ油断なくロドリゲス一派に銃を向けて警戒している。

「この馬を探している」

 例の眼帯馬のスケッチをダグラス一派と、まだ向こうにいるロドリゲス一派に示した。

 ダグラス一派のチームリーダーはすぐに合点がいったというように頷いた。

「ああ、その馬なら今朝この町から出て行ったよ」

 が、ロドリゲス一派の方から反論があった。

「嘘つけ!お前らが持ってたじゃねえかよ!」

「…どっちが本当なんだ?」

「信用しないのか?」

 と、ダグラス一派のチームリーダーが声を低めた。

「証拠が無い」

「ならどうする?」

「嘘ついていた方を殲滅する」

「そうか。じゃああいつらが嘘ついているって事になるな」

 またロドリゲス一派の方からスペイン語で悪態が喚かれた。

「嘘つきはてめえらだろうが!この前の賭けでもイカサマしやがって!」

 その言葉にドイルは反応した。

「聞かせてくれ」

 ダグラス一派のチームリーダーが眼を剥いた。

「おい貴様。さっきどっちが本当の事言っているのか分からんって言ったばかりだろうが!」

「馬が盗られた時と共通点がある。イカサマという点で」

「おいセニョール!どんなイカサマだった?」

 不精髭の男が言った。

「ポーカーの手札が読まれていた。何から何までな。偶然にしては変だった」

 その時、先程まで柱に隠れて見えなかったがこちらに顔を覗かせて様子を窺っていた男と目が合った。

 その男はドイルと目が合うと、慌てて目を逸らした。

「あいつだ!俺にイカサマした奴は…!」

 最後まで言い切らないうちにダグラス一派が声にならない叫び声を上げ、一斉に銃を上げた。


 ドイルは素早くピストルを抜いてダグラス一派のチームリーダーをまず撃ち抜き、撃鉄を左手で素早く押し下げながら連射してその他のダグラス一派も撃ち倒した。

 が、柱に隠れたイカサマ男は生き延び、ロドリゲス一派の銃撃を交わしながら建物の角を曲がって姿を消した。

「逃がすか!」

 ドイルは走り出そうとしたが、別の方角から放たれた銃弾に左足を撃たれて転倒した。

 傷を抑えながら銃弾が飛んで来た方向を見ると、あの老人がライフルを構えていた。

 老人はダグラス一派だったのだ。

 ドイルに止めを刺そうとライフルをコッキングして次弾装填したが、ロドリゲス一派の銃撃に怯んで逃げて行った。

 老人を撃退すると、ロドリゲス一派はドイルをスーザンの働くバーの中に担ぎ込んだ。


「包帯と薬を頼む、スーザン」

 ロドリゲス一派の一人に言われて、スーザンはカウンターの下に屈みこんで医療道具が入った箱を出した。

「間一髪だったな」

 不精髭の男が言った。「俺はロドリゲス」

「ドイルだ。礼を言うよ」

「お互い様だ」

「ところであんたらとダグラス一派ってどんな関係だ?」

「まあそうだな」

 ロドリゲスが包帯をきつく締めたので、ドイルは顔をしかめた。

「あいつらはこの町を取り仕切っていてな。まあ俺達も奴らと一緒だが、あいつらのやり方は汚ねえ」

「で、撃ち合いやってるってわけ」

 スーザンが言った。「もうちょっとマシな解決法を考えてほしいものだわ」

「一人残らず追い出さねえと解決しねえんだ、あのような連中は」


 ロドリゲスがそう言った直後、外で見張っていた手下が叫んだ。

「奴らが戻って来たぞ!」

 ロドリゲスが一度外に出て手下の指差す方向を見た後、まだ戻って来た。

「おいドイル。あいつら、おめえの馬を連れて来てるぜ」


 足を引きずりながら外に出ると、ダグラス一派が通りに並んでいた。

 中央には眼帯を付けた馬が立っており、あの裏切り老人がその馬の頭にライフルを突きつけている。

「俺がダグラスだ」

 眼帯馬の傍に立つ、狐のような目つきをした男が名乗った。「よくも部下をやってくれたな」

「お前らの責任だ」

「報復にお前の愛馬を殺す。アラン、やれ」

 アランとはあの裏切り老人の事だった。


 瞬間、アランはライフルを馬からダグラスに向けたが、どうやらその動きを予測していたらしく、ダグラスは袖に隠していたデリンジャーでアランを撃ち抜いた。

 アランは大の字に引っ繰り返った。

「ふん、くそ野郎が」

 アランに唾を吐くと、ダグラスはまたドイルやロドリゲス達に顔を向けた。

「じゃあ、続きといくか」

 そう言うとダグラスは手を振って合図した。

 1人がライフルを馬に向けようとして…


 ドイルが口笛を吹くと、眼帯馬が突如暴れ出した。

 後ろ足のキックを四方八方に繰り返したので、何人かが蹴り飛ばされて悶絶する。

「何をやってる!」

 ダグラスが自分で馬を撃ち殺そうとピストルを抜いたが、ドイルが彼の背中を撃ち抜いた。

 また、馬に蹴られずに済んだダグラスの手下達は、悉くドイルかロドリゲス一派の銃弾の餌食になった。


 ダグラス一派が全滅してから、ドイルは例の口笛を吹いた。

 すると馬は、さっきとは打って変わってまたおとなしくなった。


 決着はついたが、ロドリゲスはまだ驚いていた。

「…なんだその口笛は?」

「一発芸だが、盗られた時は睡眠薬を盛られていてね」

「それもあいつらのやり口だぜ」

 愛馬を撫でてやった後、まだ息のあるアランの傍で膝を突いた。

「どうして奴らを裏切った?」

「…脅されていたんじゃ。孫を人質に」

「どうして?」

「わしの牧場をカジノにする為じゃ。渡すまいとしたが、孫を人質に取られて奴らの言いなりになった。助けを求めたら、孫が殺される…」

「それで俺を撃ったと」

「だから償おうとした…でもまあ、見ての通りじゃ」

「お前のお孫さんは、俺達が連れ出してやるからな」

 アランはロドリゲスに弱弱しく微笑んだ。

「有難うよ。それにしても良い馬じゃな」

「言ったろ。戦友だって」

 ドイルが手を伸ばすと、眼帯馬は嬉しそうに顔を擦りつけた。

「そうじゃったな…」

 そこでアランは息を引き取った。


 アランの孫の立ち会いの元で埋葬が済むと、ロドリゲスは眼帯馬に乗ったドイルに尋ねた。

「ここにとどまらないか?」

「それもいいが、旅に出るよ」

「いつでも歓迎するぜ」

「機会があったら、立ち寄るよ」

「そうしてくれ」


 ロドリゲスやスーザン、アランの孫に見送られ、ドイルと眼帯馬は荒野に旅立って行った。




 <完>

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短編:眼帯を付けた馬 桂枝芽路(かつらしめじ) @katsura-shimezi

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