お祝い

 僕、弓波ゆみなみ大地だいちの幼馴染、花坂はなさか愛莉あいりは、可愛らしい見た目で気が強くて僕をいつも振り回してくるけど料理上手で人を喜ばせるのが好きで勉強が凄く出来てたまにツンデレるけど諸々用意周到で男前な子で、そして僕の彼女なんだ。




 何やかんや愛莉のサポートを受けつつ、エントリーシートを作ったり履歴書を出したりしながら思っていたよりも順調に就職活動は進み、気が付けば例の人気事務機器企業から内定を貰えていた。




「大地、おめでとう!」


「愛莉のお陰だよ。まさかあんな企業から内定貰えるなんて。」


「私が手伝えるのは履歴書作るのと面接の練習相手くらいだよ。内定貰えたのは大地の実力。もっと自信持ちなさいな。」




 まぁその『面接の練習』ってのがスパルタの兵士も逃げ出すんじゃないかってくらいの鬼教官ぶりを発揮してたのもあるけど。




「自信が付いたってことでは間違いないよ。」


「うんうん。大地はいい男なんだから、もっと自分に自信持って何でも挑んでみればいいんだよ。万が一、失敗した時のために私が居るんだから。」




 どこまでも男前なヤツ。




「今日は大地の内定祝いに、腕に依りを掛けて美味しいものでも作りましょうかね。」


「マジで?」




 愛莉の料理の腕はもう言うまでもない。

 その辺のぽっと出の料理屋じゃ敵わないくらいのスキルを持っている。

 いっそおじさんの仕事の手伝いなんかじゃなくて料理屋でもすればいいのにとも思ったり思わなかったり。




「そう言えば今日おばちゃん大地の母帰ってくるって。」


「そうなの?てか何で我が子に連絡せず近所の子にするかな。」


「もう我が子みたいなもんだからじゃない?」


「え?お袋に話してあるの?」


「勿論。おじちゃん大地の父にも。」


「え?親父帰って来てたっけ?」


「LINEで。」




 親父……何女子大生とLINEなんかしちゃってんの。

 愛莉も『何当たり前の事言ってんの?』みたいなノリで言ってるけど、普通こういうものって当事者同士がしっかり話し合ってそれぞれの家に挨拶に行くものじゃないの?

 僕はまだ愛莉の両親に挨拶してないよ?




「じゃあ私買い物に行って来るよ。」


「ん?手伝わなくていいの?」


「今日は大地のお祝いなんだから。メインキャストはごゆっくりお過ごしくださいな。」




 何か怖い。

 いつもと違う愛莉が怖い。

 いつもなら『デート荷物持ち』の流れなのに。

 でも僕の内定を祝ってくれるって言ってるんだから素直に従っておくか。


 ……『従っておく』って、もう完全に躾けられてるじゃん。


 愛莉を送り出した僕は、ベッドに寝転がってのんびり読書タイムを決め込むことにした。




◇◇◇◇◇




 パンッ!


 パパパンッ!




 料理が出来たと呼ばれてリビングへやって来た僕に、僕の両親と愛莉の両親からクラッカーから飛び出る紙吹雪を浴びせ掛けられた。




「おめでとう大地。」


「大地君おめでとう!」


「あ、ありがとう……ってここまでしなくてもいいんじゃ……」




 壁や天井には、それこそ小学生くらいの子供が家でやるお誕生日パーティのような折り紙で作った飾り付けがなされ、正面の壁には入学式とか卒業式の時に舞台の上の方に掛けてあるような横断幕っぽいのがあるし。




 【大地♥愛莉 婚約おめでとう!!】




 婚約パーティになっとる。

 僕の内定祝いどこ行ったんかな?

 あ、【婚約】の下にめっちゃ小さい字で〔内定〕って書かれてる。




「大地君、愛莉のことお願いね。」


「は、はい……」


「俺にもついに息子ができたかぁ……うぅっ……」


「お、おじさん……何も泣かなくたって……」


「大地君!」


「は、はい?」


「そんな他人行儀なのは好きじゃないな。”お義父さん”と呼んでくれ。」


「あらあら。じゃあ私は”お義母さん”って呼んでもらわなきゃ!」




 何この流れ。

 ほんと、僕の内定祝いどこ行ったの?

 愛莉はうちの両親と、文字通り本物の親子のように仲睦まじく話し込んでるし。




「大地?どうしたの?」


「え?いや、どうもしないよ。」




 祝宴が30分を経過すると、両家両親は子供の事なんかほったらかしにして勝手に盛り上がってしまっている。

 その惨状に呆然としつつ、愛莉の手料理を黙々と口に運んでいると愛莉が話し掛けてきた。




「お料理口に合わなかった?」


「そんなわけないだろ。美味しいよ。」


「ならいいんだけど、何か元気無いからさ。」




 元気が無いんじゃなくて呆気に取られっぱなしになってるだけなんだが。




「まぁこれで大地も逃げ場は無いんだから諦めなよ。」


「諦める?最初から逃げるつもりなんか無いよ。」




 そう言って目を合わせた愛莉は、何だかあたふたした感じだった。




「そ、そういうことを親の居るところでさらっと言うもんじゃないわよ……」


「どうせ聞いてない。」


「そそそういう問題じゃないでしょ……」




 珍しく狼狽える愛莉が見られて、それだけで満足の僕だった。

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