産婦人科
僕、
世の中の就活生諸君。
企業選びは周りの評判も参考にしていいけど、中に入らないと分からないことの方が遥かに多いので他人の評判だけを頼りにしていると失敗するぞ。
僕は今の企業に何度も訪問させてもらい、本当かどうかは別にして採用担当が「他の学生さんには見せないんだけどね」と言うようなことまで見せてもらった。
仕事のこと、会社の雰囲気、若手社員との面談……ネットに書かれていた評判とは違った、自分自身で感じたその企業の評価を信じて選んだ。
入社してそろそろ半年になるが、その判断は今でも間違っていなかったと思う。
「何ブツブツ言ってんの?」
「あ、いや、何でもないよ。」
愛莉が不思議そうな表情をして僕の顔を覗き込んでいた。
思えば、愛莉の指導が無ければそこまでしなかっただろうし、この会社にも就職出来ていなかっただろう。
ホント、愛莉には感謝しかない。
「ほら、早く準備しないと置いて行くよ?」
もうお気付きとは思うけど、今日、愛莉と出掛ける約束はしていない。
置いて行かれるような筋合いも無いのだけど、それを言うと面倒な事になりそうなので反論は厳禁だ。
そう声を掛けてきた愛莉はすたすたと歩いて行ってしまう。
遅れたら遅れたでまた面倒なので、僕もその後を着いて行くことにする。
「で、今日は何処行くの?」
「病院。」
「え?どこか具合悪い?」
「病院は具合悪くなってから行くだけじゃないのよ。」
そりゃ、健康診断とか予防接種なんかで訪れることはあるけど、基本的に何の前触れも無く病院に行くと言われれば体調崩したのかと思うじゃん。
体調崩してるようには見えないけど。
「じゃあ検診か何か?」
「ええ。」
そう言っただけで愛莉はどんどんと歩いて行く。
僕の方が身長高いのに着いて行くので必死。
「え?」
そして着いた所は近所でも割と評判の良い『○○産婦人科』。
「産婦人科?」
「そうよ。」
「え?もしかして……」
「気が早い。ママが診てもらって来いって言うから来ただけよ。」
まだ愛莉とは婚約者という関係であって正式に籍を入れているわけでは無い。
それでも世間の平均的な恋人並みに婚前交渉はあるのだが、一応のケジメとして必ず避妊はしている。
ただ1回を除いて……
◇◇◇◇◇
あれは高校の同窓会があった晩。
あまり酒の強くない僕は程々に、ザルの愛莉は結構呑んで帰宅。
至極当然といった感じで僕の家でシャワーを浴び、何の迷いも無く同じ布団に入ってきた愛莉は、いつも以上に僕にべったり引っ付いていた。
「随分呑んだね。大丈夫?」
「
全然大丈夫じゃない愛莉がコアラの子供のように僕に抱き付いていたので、(可愛いなぁ)と思いながら頭を撫でてやっていたのだが、何があったのか、突然覚醒したように起き上がった愛莉に、文字通り避妊具を装着する間もなく『ヤラレて』しまった。
翌日、愛莉にはしっかり記憶があったことだけは幸いだった。
◇◇◇◇◇
「おめでとうございます。」
先に愛莉が診察室に入り、暫く待たされた後呼ばれた僕は、白衣を着た医師の前に愛莉と並んで座ると同時にそう言われた。
『一発必中』とはこのことか。
「ますます頑張らないとねっ!」
7ヶ月後に僕はパパになるらしい。
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