受験勉強
僕、
光陰矢の如し。
気が付けばもう高校3年生の夏。
早朝から蝉が大合唱する中、志望大学の模試判定がC判定の僕にとっては試練の夏休みだ。
「大地ぃ!出掛けるよぉ!」
試練の中には『必死で勉強する』ってのと、『愛莉の誘惑に耐える』ってのがある。
そりゃ愛莉は頭もいいから今のレベルをキープすれば受験なんか大した事じゃないだろうけど、僕にとっては人生の掛かった大変な一年なんだよ。
分かってるって。
愛莉の誘いを断れない事くらい。
愛莉にとっては僕の都合なんか関係無いんだから。
「何処行くの?」
「場所によっては行かないって言いたいの?」
「そうじゃなくて、単純に何処行くのかなと思っただけだよ。」
「じゃあ黙って着いて来なさいな。」
「あ、はい。」
まぁこうなるよね。
別に嫌じゃないからいいんだけど、僕には机に向かう以外の時間が勿体無いと思ってる事を分か……るわけないか。
僕は大きなトートバッグを肩から下げた愛莉の後ろに着いて行った。
ホント、毎度ながら何でこんなに身長差あるのに愛莉の方が歩くの速いんだろ。
◇◇◇◇◇
やって来たのは市役所に隣接する土地に建つ煉瓦調の壁が特徴的な建物。
「図書館?」
「ここなら電気代気にせず涼しい中で勉強に集中出来るわ。」
「え?」
「この前の模試、C判定だったんでしょ?」
「何で知ってる。」
「今のままじゃ私と同じ大学に入れないわよ?」
「え?」
何で僕が愛莉と同じ大学=地元の国立大学を目指してる事知ってるんだ?
確かに付き合ってはいるけど、そんな話したことないのに。
「え?私と同じ大学行かないの?」
あ、同じ大学行くのが当然って考えだったんだ。
「あ、いや、行くつもりだけど結構厳しいと思う。」
「自分で分かってるなら大丈夫。今から受験まで私がみっちり教えてあげる。」
「え?マジで?」
「勿論。残り半年しっかり勉強して、大学も一緒に行くわよ。」
愛莉は図書館の中というのもあって、いつも以上に顔を近付けて小声で話すものだから結構ドキドキしてしまった。
それはいいとして、愛莉の申し出は僕としても凄く有難い。
愛莉に教えてもらえるなら、成績的には何の問題もないだろうし、何より今まで以上に愛莉と一緒に居られる時間が増えるのは一石二鳥だから。
そして後者の思惑が吹き飛ばされるには、図書館で椅子に座って3分も要らなかった。
「何……これ……?」
「何ってプリント。」
「いやそれは見れば分かるけど……」
愛莉がトートバッグから取り出して僕の目の前に置いたのは、厚みで言えば3cm以上あるプリントの束。
「300枚あるから一日30枚ペースでやれば10日で終わるわ。」
「え……」
「裏もあるからね。」
「え……」
それは、如何にも手作り感満載のプリントで、どれも明らかに愛莉の手書きの文字が並んでいる。
「これ……愛莉が作ったの?」
「そうよ。参考書の間にある小テストみたいなのって何かヤル気出なくない?だからそこだけ抜き出して雰囲気だけでもテスト本番みたいな感じにしたの。」
それだけの為にここまでする?
問題が全部手書きのテストなんて小学生の頃以来見た記憶無いぞ。
それにこの量……手書きするって凄いな。
「私は私で勉強するから、大地はそのプリントを片付けるのよ。」
そう言って愛莉はバッグから参考書とノートを取り出して自分の世界に没頭してしまった。
僕はプリントを自分の方に引き寄せて、愛莉に聞こえないように小さく溜息を吐いて1枚目を目の前に置いた。
始めるしかないよな。
僕は、夏休みに入って毎日、愛莉に
◇◇◇◇◇
「出来た……」
7月最終日。
図書館の閉館時間間際だ。
愛莉手作りのプリントは全て終わった。
毎日たっぷり8時間は勉強したと思う。
右手中指に出来たペンだこがその証だ。
最後のプリントを愛莉に渡すと、愛莉は赤ペンを持って採点しはじめる。
「うんうん。合格。まさか10日間でやり切るとは思わなかったわ。」
「だって愛莉がそうしろって……」
「私は”一日30枚やれば10日で終わる”って言っただけよ。”10日でやれ”なんて一言も言ってないわ。」
「マジか……」
「でも終わったんだから結果オーライじゃん。」
どこまでもポジティブなんだよな。
実際、一区切り出来たから気持ち的にはだいぶ落ち着けたし、自分でも分かるくらい学力は上がってると思う。
この調子で勉強すれば愛莉と同じ大学に行けそうだ。
「あまり詰め込み過ぎるのも良く無いから、暫く小休止ね。」
「そうだな。2、3日はゆっくりしたい。」
「夏休みの終わりの方で模試があるからそれまで遊ぼう。」
僕は『2、3日』って言ったんだけど。
夏休みの終わりの方の模試って今から3週間くらいあるんだけど。
さすがにそれだけ休んだら不安になるんだけど。
「今、”不安だぁ”って思ったでしょ?」
「何で分かった?」
「私も不安だもん……大地とずっと一緒に居られるのかなぁ……って。」
何があっても離すもんかって思ったね。
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