風呂の途中
僕、
『大地ぃ~!大地ぃ~!』
窓の外から僕を呼ぶ声が聞こえる。
聞き間違える筈もない。
愛莉の声だ。
でも僕は今、入浴中なんだよね。
湯船に浸かって至福の時間を過ごしてるんだよね。
『大地ぃ~!ちょっと来て手伝ってぇ~!』
夜8時回ってるのに何を手伝わせるつもりだろう?
それにしても僕が風呂に入ってるの知ってて呼んでるよね。
だって風呂場の少し開けた窓の外から鮮明に聞こえてくるもん。
人はそれを『確信犯』って言うんだよ。
「僕今お風呂入ってるんだけどぉ~!」
『40秒だけ待ってやる!』
体拭くだけでそれ以上掛かるよ。
けど逆らったら何言われるか分かったもんじゃないので出来るだけ急ぐよ。
僕はバスタオルをはたき付けるように体を拭いて寝る時のスウェット上下に着替えると、一旦玄関から外に出て隣の愛莉の家の方を見た。
僕の家と愛莉の家は境目が植木で区切られているだけの繋がった土地で、今でも植木の間を通ってお互いの庭へ行き来することが出来る。
玄関を出た僕は愛莉の家側の植木沿いに裏庭へ回る。
愛莉の家の裏庭は照明が点いていて何やらゴトゴトと音が聞こえている。
「お待たせ。何やってんの?」
「やっと来た。それ運んで。」
割と急いで来れたと思ったんだけど『やっと』とか言われちゃった。
しかも愛莉が顎で『それ』と示した所には、木で出来た如何にも手作りと思しき箱が置かれてある。
「何これ?」
「本棚。」
「本棚?」
「だいぶ傷んできてたから昨日塗り直したの。ニス乾いたから部屋に運んでおいて。」
お風呂入ったばっかりなのにまた汗かいちゃうよ。
でも僕に拒否権は無いんだろうね。
一応、意思表示だけはしてみるけど。
「あの、僕今さっきお風呂入ったばっかなんだけど。」
「それが何か?」
やっぱり拒否は受け付けてない模様。
愛莉の表情と口調で分かるよ。
僕は愛莉の家の縁側から入らせてもらおうと、置かれてある本棚を両手でそっと持ち上げて足を運んだ。
「何処に持って行くつもりよ?」
「え?愛莉の部屋だけど……」
「それ、大地の部屋の本棚だよ。私の部屋に運んでどうすんの。」
「え?」
両手に持った本棚を正しい方向に向けて持ち直してまじまじと見る。
大きさ的には確かに勉強机の横の本棚と同じくらいだけど……そう言えば昨日から自分の部屋に何か違和感あったのは、本棚が無くなってたから?
僕的には本が置ければいいくらいの感覚だったので傷んでるとか思ってもいなかったけど。
時々僕の部屋に突撃してきて台風みたいにすぐ帰って行くくらいなのにそんな事まで気が付いていたなんて凄い。
「何ニヨニヨしてんのよ。さっさと持って帰ってよ。」
「あ、はい。ありがとう。」
「はいはい。おやすみ。」
愛莉は僕に軽く笑顔を見せてそのまま縁側から家の中に入って行った。
あぁ、何て可愛いんだ。
この本棚は一生使おう。
僕は本棚を両手でしっかり持つと、足元に気を付けながらゆっくり自分の部屋へと運んだ。
運びながら改めて僕は愛莉の事が好きなんだなぁと実感していた。
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