第12話 メイドは見た 〜続続・幽霊屋敷の怪〜
私はダリア。
これでも男爵令嬢なんです。庶子ですが。
そんな私はある子爵家でメイドとして働いています。
父の過保護もあって、一度は社交界デビューまでしたんですが、所詮はしがない男爵家の娘で庶子。
親の贔屓目や御世辞で綺麗だと言われた事はあっても私の容姿はあんな場所では目立つ筈もなく、家の格と庶子と言う事もあって次男や三男など跡継ぎですらない男性からも相手にされず、箸にも棒にも引っかからない私は早々に社交界から遠のきました。
今ではこうやって分相応な出会いを求めてメイドとして働いています。
トッツェルン男爵家は家の関係上、マナー教育としてこのアーデルハイド子爵家に赴く事が多いそうです。
子爵家とはいえ裕福なこの家には商人や客人も良く訪れ、貴族は難しいですが安定した暮らしを望む子女には人気なんだそうです。
そんな家と関係を持ってくれていた父に感謝をしつつ、恐らく父の目的もこっちだったのだろうなと思っています。
社交界は観光気分で見せてくれたんだと思います。そんな世界もあるんだよって。
だって『いい男捕まえてこい』なんて一言も言わなかったんですから。
そんな私でも一度知ってしまった煌びやかな世界。
もう一度くらい綺麗なドレスが華麗なダンスを踊っている所を見たい、と思いました。
この家は本当に過ごしやすく、同僚のいがみ合いも少ない。
奥様が温厚な方で争いを好まないので皆そのような姿を見せないようにしている事もあるのでしょう。
若干、お気に入りの商人が訪れた時にあれこれありますが。
メイド長のアンジェラ様がよく愚痴をこぼしていらっしゃいます。
「どうしてこの家のメイドは長続きしないのでしょう」
当然です。皆、良縁で貰われていく事が多いですから。
アンジェラ様の教育が少し厳しいという評判もありますが。
こういった事は上手く噂が回り始めると勝手に皆が集まってくるそうです。
子女も希望してこの家に来るのでどこか問題のある者は弾かれ易く、商人の方々も分かっているので護衛や弟子も良い方を伴って来る。
商人同士のつながりは更につながりを生み、その安定感が増々人を引き寄せる。
そんな私も良縁に恵まれ、彼が独り立ちした時にはこの屋敷を離れる事になっています。
そんなお屋敷ですが、最近は慌ただしい日々を送っています。
お嬢様がお生まれになったからです。
誕生祝いを持ってくる知人や商人とその機会を逃さないようにする同僚、そしてお嬢様周辺に起こる雑事、新たに雇われる方々。
私も色々と良い経験をさせて貰いました。
中々得難い経験でした。
おしめひとつにあれ程てこずるとは。
ティーカップを落とさないようにする事がこれ程に難しいとは。
フォークやナイフの扱いには細心の注意が必要だと再認識させられるとは。
もういつ彼の元に嫁いでも余程の事がない限り驚かないでしょう。
そんな日常にもようやく慣れ、居間の掃除をしていた時です。
御用聞きの商人と共に、弟子である彼が立ち去った後の部屋を片付けていました。
私の悪い癖なんですが、彼とダンスを踊っている将来を夢見て、こういった時に昔習ったステップを踏んで一人で踊ってしまうのです。
多少の気の緩みもあったのでしょう。
私の背後でいきなり扉が開かれました。
聞き逃したのか足音一つ聞こえずに開かれた扉。
私は叱責を受けるのではと身を固くして後を振り返りました。
ああ、私はなぜあの時あんな一言を言ってしまったのだろう、と後悔しました。
もう一度くらい綺麗なドレスが華麗なダンスを踊っている所を見たい
そう、部屋に飛び込んで来たのはタキシードとドレスだったんです!
綺麗なドレス?当然です。奥様が旦那様を射止めた時の夜会用のドレスです、それは!
華麗なダンス?中身が入っていないので人間にはあり得ない回転をしていたり華麗かどうかも分かりません!
ひとしきり踊ったタキシードとドレスは何事もなかったかのように部屋を出ていってしまいました。
あれは私が入念に手入れしてクローゼットにしまったのですが、どうやらもう一度手入れが必要なようです。
呆然としたままの私はハッと我に返り、部屋の片付けをし終わった後に急いでエールトヘン様の所へと向かいました。
そしてはっきりとこう言いました。
「エールトヘン様。お嬢様にお伝え下さい。ステップを踏まないダンスなんてあり得ません!」
そうです。あのタキシードとドレスは靴を履いていなかったのです。
私はエールトヘン様に直訴しました。
あれではとてもダンスとは言えなかったからです。
事の真相はこうでした。
何でもお嬢様はどこかから私の事を聞きつけ、応援したかったそうです。
そして私に似合う衣装を探したら奥様のクローゼットに丁度私に似合いそうなドレスを見付けたらしいです。
そんな恐れ多い事に若干怯えた私ですが、話を聞いた奥様が何と私達の為に一着仕立てて下さる事になりました。
奥様の優しさに涙が止まりませんでした。
そんな奥様に報いるために私はエールトヘン様にこう言いました。
「お嬢様にはステップを覚えて頂きたいのですが、私では不足でしょうか」
そうして私は今日も、お嬢様のダンスの指導に熱を入れるのでした。
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