第10話 聖騎士キャメロンの左遷

春になり、人々が冬の凍えをようやく忘れた頃に、キャメロン・ピアスピリテュアル・ルーベルトの元に依頼が舞い込んだ。

彼は創造神ウィゼリオスに使える聖騎士であり、神殿騎士団の第3位にある。

そして神殿の持つ最高戦力の一つである。

その力故に第3位にある。

団長と副団長では迅速な対応が出来ないからだ。

彼は常に最前線に赴き、民を救済しその祈りを神へと捧げて来た。

その神がもはや彼等にほとんどその恩恵を与えなくとも。


彼のする事は簡単だ。

ただ神に仕え、神の意思に沿う。

世界はそれを実行する事に非協力的だが。

だがそれも何か意味のある事なのだろう。

もし意味のない事であるなら創造神が許していない筈だ。


だからキャメロンは彼には非協力的な日常を過ごす。


朝早くから訓練をする。

だが訓練場に備えてある木剣も盾ももう壊れかけていて次の支給はまだ先だ。

だがそれも武器を壊さぬように細心の注意をもって扱う訓練だと思う事で乗り越えた。


皆と祈りを捧げる。

もう春になり寒さに凍える事も少なくなったが、冬は篝火が足りずに身体の芯から冷えた。

子供や老人に良い場所を与える事で、これも訓練だと思う事にした。


外街の外れを警邏する。

数十年前にはまだこれほど荒れてはいなかったらしい。

ベルチア北部の奪い合いにより以前のような物流が維持できなくなった影響で破産した商人や下働きが増えたそうだ。

国として収入が減れば、出す分も減らす事になる。

それを直に受けるのは、頼る者のない下層の人間であり、また、下層の人間だから軽く扱われて捨て置かれる。

彼等の嘆願は聞き入れられず、キャメロンにすら神殿の慈悲を願い出る者が出てきている。

単なる警邏を行うキャメロンにすら、である。


魔物の討伐をする。

これも件数が増えているらしい。

村からなけなしの金銭をかき集めて魔物討伐を依頼する村人がいるのだが、冒険者ギルドに依頼しても誰も依頼を受けずに放置されるような依頼は神殿が引き受ける事になる。

その件数が近年増して来ており、神殿騎士団の負担は増す一方だ。

それは魔物の増加だけで起こっているわけでもない。

都市部と村の貧富の格差が広がってきているようで、今までのように村が支払ってきた金額では依頼を受ける冒険者の数が減っているのだ。

村ではそれほど貨幣の流通がないし、村人もそれほど貨幣をため込む事もない。

昨今の情勢不安による品薄は物価を引き上げ、村の経済を置き去りにした結果、村では依頼を出す事すら出来なくなっている。

足りない分は資産を切り崩して補填するために更に苦しい状態になり、次に何かあればまたそれより多い資産を切り崩す事になる。

結果として出稼ぎや口減らしを行う事になり都市部へと流入するが、当然働き先など簡単にあるはずもない。

外街の治安は荒れ、今では外街の城壁の外にすら、住居が建てられている。

そしてキャメロンは、村に出向く度にさびれていく村の光景と増え続ける都市の貧民を見続ける事になる。



それはある晴れた日の事だった。

巫女シャーロットからの勅命がキャメロンに下された。


「わたしが・・・ですか?」


「そうです。あなたでなければなりません」


キャメロンは思わずシャーロットへ失礼な返答をしてしまっていた。

巫女は神殿の要。

彼女の命に疑問で返すなど聖騎士としてはあってはならない。

まだ代替案がある事を示すならともかく、単に与えられた命令に疑問を抱く事が今回は不味いのだがそれでもキャメロンは聞き返してしまっていた。


シャーロットから下った命令は。


「アーデルハイド子爵家に行き、赤子を守護せよ」


である。今までそのような命令は一度としてなく、その真意を図りかねていた。

同時に、ここ最近の自身の行動を振り返る。



先日のワイバーン討伐では、生け捕りを強要したどこかの貴族の命令を無視した。


村を襲う盗賊の頭に白状させてみれば隣の領の人間の命令だと判明し殴り込んだ。


強引な勧誘を行う他教徒を懲らしめた。


街中でごろつきを叩きのめしたら裏に貴族の陰謀があった。


ある村で秤に不正をして換金した商人を衛兵に引き渡した。


連れていた奴隷を酷く扱った商人がいたので奴隷を解放した。



などなど、確かに目に余る行為なのかも知れない。

ここが王国であり、法と秩序に守られている事を知りつつも、キャメロンとてもう25。

綺麗なだけでは生きていけない事も知っている。

だが彼はそれでも見過ごす事が出来なかった。

故に聖騎士になったとも言える。


普通の騎士なら、例え神殿騎士であっても、多少は目を瞑るものだ。

貴族間の争いに手を出しても良い事もなく、また、大商人の取り巻きを牢屋に放りこんでも良い事はない。

どちらも寄付という形で影響が出てくる。

どうやらそうなったのだろう、とキャメロンは見当をつけた。


神に仕えるものとはいえ、何も食べずに生きていけるはずもない。

神殿の維持費用に加え、助けを求める貧民に施す炊出しなど、金銭はいくらあっても足りない、というのがこの神殿の事情だ。

特に創造神からの恩恵はここ100年はあまりないかのように見受けられ、新興宗教に勢力図を塗り替えられているのが実状だ。

聞こえの良い教義を振りかざすその宗教は、多くの商人や貴族を虜にしている。

彼等が宗教に求めるのは口実。それだけだ。

自分の行いは認められている。

それだけが欲しい、と感じさせる。


多くの愛人。みせびらかすかのような派手な衣服。街中を豪遊し、昼間から酒と博打に耽る。


それでもこの平和は続いている。

それだけが救いかとキャメロンは考える。


そんな貴族や商人達にとってキャメロンが自由に行動できる事こそが邪魔なのだろう、と推測した。

そんなに守りたければ赤子でもお守りしておけ、とでも思った大貴族でもいたのだろう。


キャメロンはシャーロットの命令に答えるべく言葉を紡ぐ。


「巫女シャーロット様直々の命。ありがたくお受けします」


「頼みました。キャメロン。

これは'王家の友人'エールトヘン・ブラザーフッドからの重要な依頼です。

失敗は許されません。

あなた以外の適任者など居ないのです」


その言葉にキャメロンは疑問を抱く。

左遷だと思っていたこの命令にはあり得ない名を聞いたからだ。


'王家の友人'エールトヘン・ブラザーフッド。

長きに渡り王家を助けて来たドルイドであり、王の信任厚き人物である。

その依頼であるなら左遷ともいいがたいが、同時になぜ赤子の護衛などという依頼が自分の元に来るのかという疑問を抱く。

彼の役割は主に魔物討伐と公正なる審判なのだから。


疑問はあるが巫女の命に逆らう事など考える事もない。

キャメロンは立上り、シャーロットの御前を退いた。


その依頼の重要度がどうであれ、この依頼は

つまりはそういう事だ。

神殿が新たに命を、そしてその最高権力たるシャーロットが別命を下すまでは覆らない。



キャメロンが退室した後、シャーロットは溜息をつく。

憂いを帯びたその視線は虚空を漂い窓の外を見る。


(出来すぎています)


シャーロットはそう思った。

ここ最近の事件の発生とキャメロンの遭遇頻度がどうにも意図的であったようにしか思えない。

誰の思惑か、それが問題でもあった。

キャメロンを神殿から遠ざけて得をする人物を思い浮かべるもここまであからさまに行う危険を侵すだろうか、と疑問を更に抱く。

しかしキャメロンは実質、神殿から遠ざけられた。

これでシャーロットは一つ、神殿の為に動く駒を失った事になる。



シャーロットには神託に従うという使命があるにも関わらず。



シャーロットは神託の手がかりを得る事もなく無為に時を過ごす事に苛立ちを感じていた。

大司祭達は信用が出来ない。

その情報を利用して信徒を集めるだけに終わるのは目に見えている。

結果、創造神の御心は満たされずに私達は更に距離を置かれる事になる。



別の疑問もある。

そもそもがあのエールトヘン・ブラザーフッドが直接巫女であるシャーロットに依頼を行うという異例の事態はどう捉えるべきか。


(まさか。これこそが神の御意思に沿ったものなのでしょうか)


シャーロットを置き去りにして流れる運命に、せめてこれが運命ならばキャメロンにその使命を託すしか手がない自分に憤りすら感じてしまう。

彼女は巫女であり、神殿から離れられない身。

ただひたすらに、この地で手の者からの情報を待つ事しか出来ない。キャメロンを失ってすら。




キャメロンは護衛の任につくために内街へと出向いた。

不便という場所でもないが便利と言えるような場所でもない、そんな立地に屋敷はあった。

愛想の良い門番はキャメロンの挨拶に気軽に答え、訪問の理由を告げるとしばらくして奥へと通された。



通された部屋には一人のエルフが居て、キャメロンを穏やかな笑みで迎えてくれた。

'王家の友人'エールトヘン・ブラザーフッド。

彼こそは王国の生き字引と言われ、代々教育係として王家に仕えて来た人物である。

失礼ながらもなぜこのような場所にいるのかとキャメロンは思慮に耽るがあまり詮索すべき事でもないと判断した。

キャメロンのすべき事は巫女の命を忠実に実行する事であり、他人のプライバシーを侵害する事ではない。


挨拶の後、対面に座るエールトヘンが話を切り出した。


「まさかあなたのような有名な騎士が来てくれるとは思いませんでした。

これ程心強い事はありません。

内容はどこまでお聞きでしょうか」


そう問われたキャメロンは偽りなく答える。


「シャーロット様より下された命は『アーデルハイド子爵家に行き、赤子を守護せよ』です。

それ以上は何も」


それを聞いたエールトヘンはしばらく考え込んでから再度話し出す。


「なるほど。あの方らしい。

必要な事以外は伝えないという事ですね。

それだけ信用も出来ると捉えるべきなのでしょう」


それからキャメロンとエールトヘンは依頼の内容を話し合った。

キャメロンにとっては奇異に見える依頼であり、赤子の護衛、それは良い。

だが、退魔用結界を部屋に張るという異常さに眉をひそめた。


それ程までの敵がいるのか、と聞けばエールトヘンは言葉を濁すだけ。

ただ『しばらくすれば慣れる。見た方が早い』とだけ教えてくれた。



そうしてキャメロンはアーデルハイド子爵家での護衛を始める事になった。

子爵夫妻との面会も済ませた後に訪れた部屋は特にこれといった特徴のない部屋だった。

今までのキャメロン自身にあまり関係のない場所ではある為に何を基準にしていいのかもあまりわからなかったが。


部屋には天蓋付きの子供用ベッドとテーブルくらいしか家具らしいものがなく、殺風景な部屋だとキャメロンは感じた。

それが異常である事には、キャメロン自体がほとんど育児の為の部屋に入った事がない事から気づく事が出来なかった。


案内してくれたエールトヘンに誘われキャメロンがベッドに近付くと、ベッドには赤子が眠っていた。

生まれてまだ数ヶ月の赤子という事しかキャメロンには分からないが、どうやらこの子が護衛対象なのだと判断出来た。


キャメロンにとっては、なぜこんな小さな子を護衛する事になるのか分からなかったが、もしそれが何かの陰謀であるなら赤子が可哀想に思える。

貴族間の陰謀には疎いキャメロンには分からない事だらけだが、せめてこの赤子だけは守り通すと新たに思う。

それ以上の事はかのエールトヘンに任せておけば良いのだと独り思う。



キャメロンがひたすら眠る赤子を眺めていると、背後に気配がした。

今までそこには誰も居なかったはずだが、それは唐突に現れた感覚があった。


これほどまでの手練れがいるのかと思いながらも振り向き様に切りかかる為に剣に手を添えたキャメロンをエールトヘンが止めた。

キャメロンは視線をエールトヘンへと向けるとエールトヘンがこう言った。


「ああ、こちらはキャメロン。お嬢様の護衛です。キャメロン、こちらは守護霊様です。これから彼がお嬢様の護衛隊長になります」


キャメロンが振り向いたそこには真っ白な姿の幽霊が居た。

彼も数度は見た事あるがここまではっきり見える幽霊には出会った事はなく、ほとんどは祓ってしまう悪霊だったがたまにこういった霊もいるので驚くのも少しで済んだ。

エールトヘンが守護霊様と言っているので敵ではないのだろうし、いきなり気配がしたのは、そこに出現したからだそうだ。

エールトヘンは守護霊様と話す事が出来るらしく、通訳をしてくれた。


エールトヘンが言うにはどうにもこの守護霊様は遊びが過ぎるらしい。

あちこち遊び歩いてメイド達の雑務が滞り、それを防ぐためにこの部屋に結界が必要なのだそうだ。


なんとも歯切れの悪い理由により結界を張る事になったキャメロンは、結界を張った事で守護霊様に嫌味を言われながらも護衛につき、その話し相手をする事になった。

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