第9話 おいエールトヘン

「おいエールトヘン」


俺のマイブームはこれだった。

話相手があいつしかいないのでついあいつを呼んでしまう。

別の何かを受け持っているのだろうか、どこか疲れたあいつには悪いとは思っている。

だが暇なのだ。これが。

そんなこんなであいつを呼び出す、それが俺の日常だ。


「おいエールトヘン。

ミルクばかりで飽きた。

そろそろ何かいいんじゃないか?」


「駄目です。お嬢様。いくらなんでも早過ぎます。

いくらお嬢様が優れていてもそれとこれとは別です」


そんなやり取りを何度か繰り返した後の事。

何度言っても俺の頼み事を聞いてくれないあいつについカッとなってしまった。


いつものように哺乳瓶を用意したメイドの手から哺乳瓶を奪ってあいつの口へとねじ込んでこう言ってやった。


「毎日それ飲んでたんじゃ飽きるんだ。なあ、エールトヘン。別のがいいんだ!」


しかしさすがエールトヘン。動じる事なく一口吸ったら哺乳瓶を外して満面の笑顔で言った。


「美味しいですよ。お嬢様。取り替えますのでどうぞ召し上がってください。私が口を付けたのは問題ありますから」


若干メイドが引いている気がするので、少し罪悪感を感じた俺。

少しやりすぎたと反省だけはした。



「おいエールトヘン。

お前だけずるいだろ。俺にも飲ませろ」


母のお茶会でなぜかエールトヘンまでお呼ばれしている。

まああいつは客人だから一緒に飲んでいてもおかしくはないのだが。


それでも何がむかつくかと言えばあいつ、無視してやがる。

母が優雅にお茶を楽しむのはまだ許せるが、イケメンエルフだからといってお茶を楽しみ歓談するのが似合い過ぎるのが更にむかつく。

なら俺のやる事はひとつ。

そう思った俺はニヤリと笑って行動に出た。


悔しい位にエールトヘンが優雅にティーカップを口元に運んだその時に、そのままティーカップを持った手ごと目まで運んでティーカップを傾けてやった。


安心しろ。すでにぬるい事は確認済みだ。

その突然の奇行に驚く母。さすがにこれには驚いたようだ。

フハッ、俺も笑いがこみ上げてきたら、母もメイドも喜んでくれている。

あいつだけは渋面だがちょっとした遊びとして許してもらおう。



「おいエールトヘン。

そろそろ飛んでもいいか?

なあ?」


俺のおしめを替えているあいつに居ても立ってもいられずに聞いた。

何か分からない能力で外に出ているのだがやはり体も動かしたい。

そんな俺の心情をあいつは汲んでくれない。


「駄目です。お嬢様。まだ体が出来上がってません。せめてあと2ヶ月程は。

頃合は私が確かめます。それまでご自重ください」


その出来た人間(エルフ?)ぽい言動が少し気に障った俺は、体を宙に飛ばしてみた。

膝立ちしているあいつの頭より上まで飛んだ所で捕まえられた。そしてあいつはこう言って笑った。


「お転婆が過ぎますね。お嬢様」


その笑顔がなんともニヤリと言う表現がピッタリで少し悔しかったから、あいつに向かって虹をえがいてやった。



ある日の事。

俺はいつの間にか廊下を歩いていた。

そう、歩いているのだ。

どうせ夢だと思えば気持ちは楽で、それほど考える事もなかった。

廊化を歩いて行くと目の前にはメイドがいて、カートに乗せた籠へとシーツを放りこんでいたが偶然シーツを床へと落としてしまっていた。

それを見た俺は思わず癖でサッと拾いあげ、警戒されないようににこやかに笑って籠へとシーツを入れたのだが、メイドは唖然としていたので気まずくなった俺は焦り、そこで意識が途絶え、目が覚めた。


「おいエールトヘン。

ちょっと暇なんだが何か話してくれよ」


俺はいつものようにエールトヘンを呼んだのだがあいつは居なかった。

昼は大抵近くにいるはずなんだが今日は何か別件があるようだ。

俺以上に優先されるものがあるなんて、あいつとしてはどうなんだ、と若干腹も立てそうになったが普段のあいつの頑張りを思いだし、あいつも色々あるんだろうと思い、戻って来るのを待った。


するとどうだ。

廊下を走る音の後に扉が勢い良く開いてエールトヘンが飛び込んで来た。

何時にもないその態度に少し驚いた俺だが、エールトヘンはそんな俺を凝視している。

そんなあいつに疑問を抱いた俺は、何があったのかと思い話しかけた。


「おいエールトヘン。

どうした?

そんなに急いで」


「お嬢様。何か隠してませんか」


その言葉に俺はギクリとしてしまう。

何だ?なぜか意識だけで部屋の外を出歩く事が出来ているのがばれたのか?

とりあえず俺はエールトヘンに探りを入れる事にした。


「何かあったのか?」


とぼけた俺の言葉に何か感じ取ったのかあいつは凝視したまま答える。


「ええ。今度は物が飛ぶだけではなく、幽霊まで出ました。

それもその幽霊は親切に落としたシーツを拾ったそうです。

もしかして能力が強くなっていませんか?

いままで見えていなかった物が見えるくらいに?」


「・・・」


言葉に詰まる俺を見て『やっぱり』と言った表情のあいつ。

しかし、俺にとって重要なのはそこではない。

幽霊になって出歩いた、という事実だ。


これはもしかして、また別の何かが目覚めたかも知れない。

今までは高さは自由で視点だけが飛んでいる感覚だったのだ。

カメラの画像を見ているような感覚だ。

なのに、今回は身体があるかのように動いていた。

これがかなり重要だ。


今までと違う能力。

幽体離脱なんだろうか。

とりあえず、以前とは違う能力だという事だけは分かる。

それだけはあいつに伝えておくべきなんだろう。

自分でもまだ良く分からないが。


「えーと、何か幽体離脱できるみたい・・・」


「幽体離脱ですか・・・。それで何故男性の姿に?」


そう。ここで俺は自分の失言に気づいた。

幽霊の姿がどのようなものかもあいつに確認もせずに話してしまった。

今更誤魔化しようもない俺は今まであいつに話していない事まで話す事になった。

契約以外で。


自分が転生者である事。

以前は男である事。

どうやら死んで、この身体に入っている事。


この辺りを話してみた。

するとあいつはこう言った。


「そうですか。まだ色々と聞きたい事がありますがまずは幽霊の件ですね。

とりあえず危害を加える恐れはない、という事が分かりましたのでそれを皆に伝えます。

ああ、折角護り名をつけたんです。守護霊という事にしておきます。

事情は追々聞かせて頂きます。今は健やかに安らぎください」


なんともエールトヘンらしい言葉だ。

俺の言う事を一つも疑っていない。


しかしだ。

今俺の一番の関心事は。



部屋に勢い良く飛び込んで来て俺を凝視し続けるあいつを見るメイドの目つきだ!



確かにそうかも知れない。

いきなり飛び込んで来て赤子を何も喋らずに凝視するあいつはどこから見ても立派な不審人物。

俺もフォローしようがない。まあ、あいつ以外に話せないからしようもないのだが。


あいつはそんな周囲の事などお構い無しに来た時と同じく無言で部屋を出ていった。



しばらくして'守護霊様'の存在が広まるのだが、俺もそれに合わせて'守護霊様'として行動出来るようになった。

初めはとにかく悩んだ。

カメラモードなのか幽体離脱なのか選ぶ事が出来なかったのだが、それは訓練を繰り返す事で少し使い分ける事が出来るようになった。

そうやって色々とやらかしてエールトヘンに怒られたのだが、そんな俺の行動のためか、新たなイケメンがやってきた。

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