第8話 第二回お嬢様対策会議

そこは王都の一画。貴族達の住む場所ではあるがそれほど良い立地にあるわけでもない屋敷。


〜中略〜


その屋敷の一室で、深刻な表情の面々が重い空気を漂わせながらテーブルを囲んでいた。


ある人物は肘を付き、手の甲で額を支えながらテーブルに視線を落としたまま顔を上げず。

ある人物はただハンカチで涙を拭いながら誰かが話し始めるのを待っていた。


全員に飲物とお茶請けが配られた後に一人の男性が話し出す。


「えー、では不肖、このマーカスが進行役を務めさせて頂きます。

それでは第二回お嬢様対策会議を始めたいと思います」


拍手などない。皆どこか真剣な表情で頷いた。



私の名はマーカス。

もうお知りですね。

ええ、第二席の執事です。

最近主席執事の方が家令に昇格してくれないかなぁなんて願望を抱いたりもしますがそれはさておき。

私はお嬢様の周囲の雑事を管理する役割を任され、屋敷の一画を主に中心として活動しています。


今回も内容はお嬢様らしい案件が浮上しております。

私はメイド達を管理し、部屋の内装や飾り付け、掃除が行き届いているかなどを見るだけかと思っていました。

それを簡単だと思えた頃が懐かしいです。

幸か不幸かお嬢様は本当に類稀なる才能の持ち主で、私もお仕え出来る事を誇りに思っています。

ええ。この気持ちに嘘はございません。

勿論ですとも。


ですが才能ある方にお仕えする悩みというのはどの貴族家にもあるようで、私もまた悩む事になったのです。

お嬢様は類稀なる才能をお持ちで、守護霊という存在まで完備なされていたのです。

私にはどうやって備え付けたかまではわかりません。


そんなお嬢様の類稀なる才能が、今日という会議の議題でもあります。


「まずは状況確認を致しましょう。

ある日突然、幽霊・・・守護霊様が見えるようになった。

その第一発見者は新しく来たミーナでしたね」


そう言ってミーナを見ると、ミーナは突然こう言いました。


「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


皆呆然としています。

なぜかシェリーは『私の台詞取られた』というような表情をして泣き止んでいますが。

そして思い出したかのようにもう一度泣き始めています。


的外れな発言をしたミーナに私は話しかけます。


「ミーナさん。それはどういった事で言っているのですか?」


「お嬢様はずるいです。ええ、あんな素敵な男性をもう捕まえていらっしゃるとかお嬢様はずるいです。お嬢様はあの御年で悪女です」


乳児に何ライバル意識を燃やしているのかわかりませんが、ここは私が我慢強く対応すべきなのでしょう。

とりあえず、このままでは話が前に進まないのでミーナの相手はしないでおきましょう。


「えー・・・。その守護霊様なんですが、年の若い男性のお姿で間違いないですね?」


私は目撃した方々を見回して追認を取ります。

皆頷いてくれましたが、ミーナはまた『笑顔が似合う、が抜けてます』などと要らぬ補足をつけています。

何かがミーナの中で綺麗に嵌まったのでしょう。

なぜ男爵家から彼女が来たのか少し分かったような気がします。


「えー。守護霊様ですが、最初の内は被害という被害も無かったと聞いていました。

廊下ですれ違ったり、扉を開けずに中に入って行くなど、多少驚く位でしたでしょうか。

ですが徐々にその行動はエスカレートして来た。

そうですね?皆さん?」


また私が見渡すと、皆頷いて口々に話し始めました。


「守護霊様と聞いて驚くわけにもいかず最初は緊張しましたがすれ違っても会釈や笑顔を向けられるので慣れはしました」


「そうです。私共にも分け隔てなく接する方は珍しいと思いました」


「ですが少しお冗談が過ぎる方のようです」


「よくT字路でお見かけになりますね。最近。皆さんはどうでした?」


「ええ。私も、顔だけ向こうの廊下から出して手を振ったり」


「上半身を出してもありました」


「後、体全体を出しながらも片手だけ廊下の向こうへと隠しておいて、手を振った後に引っ張り込まれる、なんて細かい芸をやってましたね」


「そこからですよね。私達がそれを見て微笑んだのがいけないのでしょうか」


「でもそれは仕方がないのでは?あの方はとても楽しそうでしたし、その笑顔も素敵に見えましたから」


「ええ、そうです!皆さん分かってらっしゃる!」


ミーナは話の腰を折りながらよく分からない合いの手を入れています。もう少しスムーズに話をしたいのですが。


「その後に。私はあの方がT字路からこちらに歩いてこようとして何かにぶつかった素振りをし、そこにまるで壁があるかのように振る舞う姿を見ました」


「わたしは正座しながらこちらににこやかな笑顔を見せて廊下を滑って行くのをみました。T字路なので見えたのは一瞬ですが」


「わたしはあの方が何か綱のようなものを引っ張っている素振りをしているのですが、逆にその引っ張っている綱のようなものごと引き摺られて壁の向こうに消えていくっていうのを見ました」


「わたしはあれです。ムーンウォークです・・・。卑怯ですよね。あの方多分飛べますから。あれ技術要りませんよ」


そこで皆頷き合っています。問題の把握の為とはいえどこか芸の披露会について話している気分になります。

話を聞いているだけだったエールトヘン様が意外そうな顔で言います。


「皆、あれを見て怖いとは思わなかったのか?どう考えても異常現象に見えるんだが。こっちはパニックになったらどうしようかと思っていた」


「むしろエールトヘン様のような'高貴な'と言える容貌ではなく、どこか手の届きそうですが整った顔立ちなので親しみがもてます」


軽くディスられるエールトヘン様が少しヘコんでいるのは無視して、私は皆に確認を取ります。


「では皆は、現状で不安を抱えてはいない、と言う事でよろしいのでしょうか?」


「ええ。別段特に」


「あれです。じゃれてくる人なつっこい犬のようなものに見えて来ました」


「私はむしろこちらの気を惹こうとして色々と仕掛けて来るあたり、なぜ守護霊様は体をどこかに忘れて来たんでしょう、って思ってしまう事があります」


とミーナは一歩踏み込んだ発言をしています。

そんなミーナや他のメイド達の発言を聞いていましたが、そろそろシェリーが泣き真・・・、ゴホン、泣く事に疲れて来たようなので話を振りましょう。


「それで、シェリー。あなたに起こった事を話して良いですか?」


「お嬢様は私に何か恨みでもあるんですか!」


ああ、やっと言えたって顔をしています。

いいですね。活き活きしています。会議に参加する意欲があってとても喜ばしいです。


「確かあれですね。シェリーがエントランスホールで掃除をしていた。そしてエントランスホールには甲冑の置物が二体ある。その掃除をしていた。そうですね?」


シェリーは無言で頷きます。

私は会話を続けます。


「そしてその掃除をしている際中に、甲冑が動き始め面覆いを外したらそこに守護霊様の顔があってにこやかな笑顔をお向けになられた」


「はい。そこで思わず私が驚いてビクッとしたのが悪かったんでしょう。あの方はそれで更なる行動に出ようとしたんです」


「ええ。確か甲冑を着て動こうとしたが下半身は固定されているので動けず上半身だけが落ちた、ですね」


「はい。それに驚いて後ずさったんですが・・・。あの方、なぜかニヤリと笑ってそのまま近付いて来たんです。腕で這いながら。そして私が更に下がるとまた前に出て、私が後を向いて走り出すと、そのまま追いかけて来たんですよ!全力で!あんな早いハイハイ見た事ないです!」


どれだけ凝った事を守護霊様がなされたのかは想像できますが何があの方にそこまでさせたのでしょうか。


「間が刺した」


またもやあの方です。エールトヘン様です。

事件の鍵はいつもエールトヘン様の手の中にあるようです。

初めから開けておいてくれませんかねぇ。


今回は皆、エールトヘン様に変な目を向ける事はないようです。それよりも説明を求めるその視線に気づいたエールトヘン様の何と気まずそうな表情でしょう。

ですがやはり私達の頼れるエールトヘン様は臆する事なく話してくださいました。


「間が刺した、とあの方はおっしゃられていた」


驚愕の事実です。やはり御年1000歳を超え、お迎えが近いと霊とも話せるようになるのでしょうか。


いや、これは失礼でしたね。エールトヘン様の精神感応テレパシーが通じたのでしょう。恐らく。

エールトヘン様は話を続けます。


「暇なんだそうだ。お嬢様は健やかに成長なされており、その影響もあって自身も活性化しているらしい。

そんな中、おの方はシェリーさんが新しいメイドにもかかわらず、早く状況に慣れたどころかもう驚く事もなくなった姿を見て悪戯したくなったそうです。

でもあそこまでやるつもりはなかったと反省しておりました」


「前回と同じ理由じゃないですか!

工夫がなさ過ぎます!エールトヘン様!」


私はどこに目を付けているのかと疑いました。

シェリーはそのまままくしたてます。


「そもそも新しいメイドだって言うならミーナもいます!なぜわたしなんですか!」


それにはエールトヘン様も返答に困ったようですが、きちんと返答してくださいました。


「ミーナはその・・・。大抵の事はその場で驚く事なく許してくれると言っていた。それも逆にとても喜んで、握れもしない手を握ろうとまでしてくるから悪戯すると心が痛いと・・・」


「私ならいいんですか!?」


「シェリーは図太いから少しくらいならいいか、などと言っていた」


「私だけ扱い酷くないですか!?」


「でもあれだ。シェリー。これはあの方に聞いたんだが、あなたは確かあの方が廊下で床から首だけ出して驚かそうとした時にわざわざ真上で止まって『これはこれは守護霊様。そこに居られましたか。お気付きになりませんで失礼しました』なんて事を言ったりしたそうだね」


「ええ、最近悪戯が過ぎているんじゃないかと思ってしたんです。そしたらあの方照れた様子で床に消えていきました」


その話を聞いていたミーナが悔しそうな顔をしていましたが、私達は無視を決め込みました。

エールトヘン様がおっしゃられました。


「ほら。それだ。どうにも仕返しがしたかったんだと思う。あの方は驚かす以外には実質無害なのだからあまりからかわないように」


するとシェリーは頬に両手をあてて恥じらいながら答えました。


「ええ、わかってます。その事をダンに話したら『俺以外に見せるな』なんて言われて。ちょっとうれしかった」


・・・件の下着の件の守衛とはもうそこまで進展しているのですか。


とりあえず、甘ったるい話とそれを妬む誰かの視線が怖いので話を進める事にしました。


「粗方、起きた出来事が出揃ったのでその対策を論じましょう。

まあ、主にはエールトヘン様にお願いする事になるのですが。

それでエールトヘン様。どうにかなりそうでしょうか」


今回はエールトヘン様もそれほど気まずそうにしておられません。

なぜならあの守護霊様はエールトヘン様が寝ている時や休憩されている時を狙って出てきているようにも思えるからです。

もはやエールトヘン様はお嬢様の対応で手一杯。

私共もエールトヘン様に責任を押しつけるわけにもいきません。

ですがそこはエールトヘン様。しっかりと考えてくださっていました。


「御当主様にお話をして既に神殿に話を通してある。もうしばらくすれば神殿から悪魔ばらいエクソシストが来てくれる・・・」


「なんですって!」


メイド達が一斉にエールトヘン様を非難し始めました。


「守護霊様を消し去るつもりなのですか!」


「あの方は悪戯が失敗した時のションボリした顔が可愛いのに」


「悪戯が成功した時の笑顔も可愛いです」


「なぜそのような方をお呼びになるのです」


収拾がつきません。その抗議に対してエールトヘン様は『違う、違うんだ』と懸命に言い返していらっしゃいます。

ああ、既視感デジャヴです。

エールトヘン様はあれですね。どうやっても苦労する方なのでしょう。

そんなエールトヘン様に少しだけ助勢しました。


「皆、そんなに一斉に話してもエールトヘン様がお困りになられます。お言葉を待ちましょう」


ようやく静まる面々。

そしてエールトヘン様からの説明が始まりました。


悪魔ばらいエクソシストと言っても守護霊様を退治するのではなく、その方法が一部有効であるからだ。

あの方が出歩く度に皆の仕事が滞るだろう?

だからお嬢様の部屋に結界を張って守護霊様にはあまり出歩かないようにしてもらう事にした。

無論、アンジェラと協議して一定の時間帯は出歩かれるようになるかもしれない。

だから安心して欲しい。守護霊様には危害を加えないし、皆の仕事にも支障を出さない」


ああ、エールトヘン様はいつもお優しい。

多少ディスられた位ではお気にもなさらず皆の事を考えてくれています。

その言葉に皆納得したのかようやく落ち着きました。

ですが気づいていらっしゃらないようです。

お嬢様の部屋に留まって頂くという事はその部屋の誰かがあの方の相手をするという事です!


今回もこれ以上の議題もないので私は会議を終わらせる事にしました。


「では今回の議題も片付きましたので終了とさせて頂きます。

アンジェラは書き留めた内容を整理して提出するように。では解散」


皆がそれぞれの持ち場に移動する中、私はエールトヘン様が立ち去る後ろ姿を眺めておりました。

ああ、あれほどお嬢様の側に控えているのに問題事は減るばかりか増える所はあの方らしいと言えるのでしょうか。

しかも睡眠時間を削るかの如く発生するあれこれがあの方の足取りを不確かなものにしているようです。

分かっていらっしゃいますか?エールトヘン様。

奥様よりも乳母よりも、誰よりもお嬢様の事に御執心なのは貴方様なのです・・・

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