第7話 メイドは見た 〜続・幽霊屋敷の怪〜
私はミーナ。
今度ある子爵家で働く事になったんです。
今はある男爵家に勤めているんですが、伝手を頼って人手を集めているらしいんです。
何でも私がここに働く様になる前に、この家のお嬢様がその子爵家に嫁がれたそうで、その縁もあり頼られたそうです。
さすがに年季の入ったオバ・・・、ゴホン、熟・・・ゴホン、先輩方を送り出す事は出来ないそうです。
既にこの家に慣れていますし先輩方も既婚者の方が多いです。
そんな先輩方より私の方がフットワークが軽いと思われたようです。
ええ、どうせ・・・、いえ、ここは新天地で期待する事にします。
その子爵家であるアーデルハイド子爵家ですが、色々と噂があり、その一つに'珍しもの好きのアーデルハイド'などという噂があります。
その資産と家格から望めば強引にでも伯爵家から妻を迎え入れる事も可能であるのにそういった話は聞きません。
また、貴族では当り前の政略結婚と呼べるだけのものをする事もないそうです。
かといって恋愛結婚かと言えばそうでもなく、嫁がれたお嬢様との結婚もそうでした。
お嬢様は数代前の血が色濃く出て、その髪は銀髪、瞳は紅かったそうです。
その容姿に惹かれたのか、お嬢様には失礼ですが、特にこれといった政略的な利点もない男爵令嬢であるお嬢様をアーデルハイド子爵がお選びになられた時は『またアーデルハイドの悪い癖が出た』などと噂が流れたそうです。
そんな子爵家に最近また新しい噂が立っています。
'新人のメイドがすぐに止めた'、'幽霊が出る'、'物がひとりでに動く'、'本が宙を飛んだ'など様々です。
人の口には戸板は立てられぬ、などと言われるように多少の口止めではその噂の元になった話は止まらなかったんだと思います。
その中で信憑性が高いのは'お嬢様がお生まれになった'というものです。
なるほど。それならこの家から嫁がれた方の御子様なのですから、この家に口利きが来てもおかしくありません。
なら私に出来る事は、新天地で伴侶となる男性を得る事でしょう。
ええ、仕事は手を抜くなんて選択肢はありませんとも。
なるべくなら、白い肌で笑顔の似合う男性なんているとありがたいです。
ええ、勿論仕事はしますとも。
そしてアーデルハイド子爵家で働く日々が始まりました。
さすがにすぐに慣れる事は出来ず、また、ある一画には立ち入らせては貰えませんでした。
どうやらそこに奥様とお嬢様がいらっしゃるようです。
これでも奥様の実家から来たのですから少しは信用されても良いと思うのですが、ある先輩に
「勿論信用はしているけど、まだ貴方が事実を受け入れられるかいまいち信じられないから」
などと言われてしまいました。
どうやら私が知らない何かがあるようです。
それは一体何なのでしょう。もしかすると'新人のメイドがすぐに止めた'などという噂に関係がある?
ほんのわずかな不安を元に私は働きました。
そう、この屋敷で働き初めてから仕事仲間のシェリーとはすぐに仲良くなりました。
シェリーは私より少し前にこの屋敷に来た新人で、一応は先輩なのですが、メイドとして働いた年数は私の方が上という事もあり、お互いに良い友達として話をするようになりました。
ある日私はシェリーに何気なく質問をしました。
「ねぇ。ここに来る前に色々と噂を聞いたんだけど、あれって本当?」
「噂って何?」
少し頬を引き攣らせながらシェリーは答えてくれました。シェリーは隠し事が上手くなく、表情に出易いのが少々問題ですが友達としては安心できます。
何かありそうな不安が更に増したんですが、だからこそ聞いてみました。
「『幽霊が出る』とか『物がひとりでに動く』とか『本が宙に飛んだ』とか聞いたんだけどそんな事ってあるの?魔法を使ったわけじゃないのよね?噂になる位だから」
するとシェリーは黙りこんで少しした後にこう言いました。
「ごめん。すぐに返答できない。考えさせて」
なぜか私の言葉を否定しないシェリーに私の不安は更に増します。
もしかして本当に?でもそんな事ってあるの?
勿論私だって魔法を使う方が手に触れずに物を動かすだとか、そういった事が出来たりする事を聞いた事がありますが、それも仕掛けがあっての事です。
そういった事もないのに勝手に物が動くだとか、誰も仕込んでいないのに本が宙を浮くだとか信じられません。
ですがシェリーは肯定も否定もしてくれません。
そんな不安を抱えて数日を過ごした後、とうとう見てしまったのです。
そもそも以前から不思議な事がありました。
置いた物がいつの間にか別の場所に動いていたり、不自然にティーカップが廊下に転がっていたり。
そして今、そのティーカップが浮いているのです。
その光景に呆然としながらも、『ああ、シェリーはこれを隠したかったんだ』と分かりました。
見たものをまだ受け入れられず一言も話さずに、動揺したままシェリーを探して話をしました。
「シェ、シェリー。ティー・・・ティーカップが浮いていたの!あなたあれが何だか知っているんでしょう?」
「ミーナ。見てしまったのね?でもね。知ったら戻れないわ。それでもいい?」
「ええ。教えて。私はあれが何なのか知っておかないと夜も眠れないわ」
そうしたら彼女は話してくれました。
なんでもすでにメイド長には相談して私が問い詰めたら答えて良いと返事を貰っていたそうです。
或は時期を見てメイド長から話がある予定だったそうです。
そうして事情を話した後にシェリーはこう付け足しました。
「ミーナが度胸あるのはわかったけど。言ったでしょ?知ったら戻れないって」
なぜだがその言葉を言いたかったようなシェリーのいい笑顔とどこか場違いな言葉が印象的でした。
それはさておき、どうやらお嬢様のお力で、物が飛んだりするようでそれほど驚く事でもない、とシェリーは平然としていました。
それで怪我する事もない、と言ってくれました。割れたティーカップの破片などで切ってしまう事はあるそうですが。
そして、あの日がやってきました。
あの日、私はシーツを替えるために部屋から部屋へと移動していました。
慣れてきたせいかそんな私の油断からシーツを一枚床へと落としてしまいました。
それを拾おうとした時。
ああ、私はなぜあの時あんな一言を言ってしまったのだろう、と後悔しました。
白い肌で笑顔の似合う男性なんているとありがたい。
そうです。そこには全身真っ白の男性が笑っていたのです!
肌が白いなんてもんじゃない。全身真っ白なんです。
透き通る様な肌?ええ、もう半透明ですよ!
そう。初めて私は幽霊というものを見たのです。
折角の出会いなんだから
照れた笑いが良く似合うその幽霊に思わず自分の願望をぶつけそうになりました。
その幽霊は私が落としたシーツを拾いあげ、籠へと入れてくれました。
そしてにこやかに笑うと消えていったのです。
私は呆然としながらも心のどこかでいい男を逃した事を若干後悔しつつ、なぜ体が無かったのかなどと考えながら、『ティーカップが浮くのだから幽霊くらいいても不思議じゃないのか』なんて思い、作業を続けました。
そしてたまたま見つけたシェリーに話しました。
「シェリー。あなた、ちゃんと全部話してよ。驚かそうとして」
「え?何の事?ティーカップが浮くとかおしめが飛ぶとか話したじゃない」
そう言ってまだ誤魔化そうとするシェリーに私はすこし拗ねた口調で言いました。
「もう。何あの幽霊?突然見たからびっくりしたじゃない。先に言っておいてよ。まあティーカップが飛んだりするならいても不思議じゃ・・・ない・・・ん・・・で・・・」
私の言葉を聞いている途中からみるみる顔が蒼褪めていくシェリーに私の言葉も尻すぼみです。
シェリーは怯えながらはっきり言いました。
「私、そんなの見てない!聞いてもない!何?それどういう事?ねぇ、ミーナ教えてよ!」
シェリーのその様子にどうやら嘘をついていないと分かった私も途端に恐怖を覚えました。
そして2人でアンジェラ様の所に駆け込み事情を話しました。
するとアンジェラ様は毅然とした態度で部屋を飛び出していかれました。
ああ、男前です。本当に男性ならよかったのに。
事件の真相はこうでした。
何でもお嬢様は生まれながらに才能がありすぎて、守護霊様まで完備しているそうです。
お嬢様が少し成長なされたから守護霊様の行動も活発化したとか何とか。
そうエールトヘン様がおっしゃっていたそうです。
そう言ったエールトヘン様は『お嬢様に聞いて来る!』などと意味不明な事をおっしゃったそうですが。
生後まだ2ヶ月の御子様ですよ?話せるはずがないです。
そうして私は今日も、シェリーですら既に果たした出会いのないままこの屋敷で働くのです。チクショー。
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