誤爆送信 Y軸
「よし、宿題おわりっと」
15時39分。昨日は徹夜だったので、そろそろ疲労と眠気が限界だ。集中力も切れてきた。『七瀬桃音』と氏名欄に書かれた数学の教科書をぱたりと閉じ、大きく伸びをする。
来月はいよいよテストだ。国語と社会は得意だけど、数学と理科は苦手だから配られた演習プリントを最低3回は解き直す。成績首位の座を誰かに明け渡すつもりはない。
ピローン、とスマホがLINEの着信を告げた。同じ塾に通う知人からだ。第一印象は、メガネを掛けたおとなしい雰囲気の子。連絡先は以前に交換していたが、やり取りするのは初めてだった。彼女とは学校は違えど良きライバルである。模試の成績を競い合える唯一無二の存在。私はそう思っているけど、向こうはどうか知らない。
彼女は最初に連絡先を交換したときと変わらず設定なしのアイコンを使っている。洒落っ気がないのは私にとって好印象だ。興味のない相手の趣味をだらだら聞かされるのは苦痛だから。
メッセージを開いてみると、『七瀬さん、こんにちは。笹井です。先週先生から説明のあったマルチワークチャレンジですけど、私と組んでもらえませんか? もし嫌でしたら全然断ってもらって大丈夫です』
「忘れてたー」静かな部屋で1人呟く。あまりひどいと母親に注意される。妹は私が幽霊と会話していると思っているらしいが。
マルチワークチャレンジとは、2人以上のチームを結成し同じ塾の他校の生徒たちと、チーム同士の平均点を競い合うイベントだ。大手学習塾なのでチーム数は少なくない。ベスト8に入れば図書券などの豪華特典も付いてくる。欲しい参考書だって買える。
私と笹井さんが組めば充分上位を狙えるだろう。悪い提案ではない。
『おっけー、一緒に組もう!』
『ありがとうございます!』
しばらく画面を見つめていると、「おねえちゃん」と背後から声がした。振り向くと小学3年生用の算数ドリルを抱えた妹がじっと私を見つめている。
「かれし?」きょとんと首を傾げる。
「違う! 塾友!」
「ともだちいたんだー」
「失礼なやつめ!」妹のほっぺをお餅のように引き延ばす。
ふえええーとモゴモゴ、口を動かす妹。
かれし、という単語に少々心を乱してしまったことは、どうやら上手く隠せたらしい。彼氏はいないけど、ちょっと気になる男子はいる。クラスメイトの宮藤景吾くん。私が熱中症で気分が悪くなって早退した翌日、彼は直筆の授業ノートを私の席に置いてくれていた。一刻も早く登校して誰かにノートを見せてもらいたい私を見透かしたように。とても綺麗な字だった。
だが彼の成績は中の中。私の見立てが正しければ、彼はポテンシャルを秘めた計算高い策士タイプ。勉強嫌いだから成績はイマイチなのだろう。数字では表せない地頭の良さを備えているのかもしれない。だとしたら興味がある。彼を本気にさせてトップ争いをしてみたい。そう、私はライバルが欲しい。
ピローン。また着信が鳴った。
眠い、眠い、眠い。とりあえずベッドに横たわる。目をこすり、朦朧とする意識を何とか現世につなぎとめる。設定なしのアイコンを開くと、
『七瀬さんのことがずっと気になってました。もしよかったら、友だちになってくれると嬉しいです』
共にマルチワークチャレンジをする仲だ。認めた時点でもう私たちは友だちだ。そのくらい人間関係が不器用な私でもわかる。
『ありがとう! いいよ!』
メッセージを打ち込むと同時に、私の意識はぷつりと途切れた。
逆誤爆送信 やすんでこ @chiron_veyron
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