ネル 体力テストで張り合う


「……ふぅ~。血気盛んな野郎共に、謀略巡らす悪タレ共。散々筆記テストで頭を使って身体が鈍ってきた事だろう。ここらで一つお待ちかねの、の時間さね」

「「「ウオオオオッ!」」」


 筆記テストの後移動したのは屋外訓練場。そこでマーサの説明を聞き、幹部候補生達はやる気に満ちた雄たけびを上げる。


「うわぁ……ボクこういう体育会系のノリ苦手なんだよなぁ」

「あたしもどっちかっていうとそれ。数人くらいなら良いけど、こう人数が多いと暑苦しさが先に立っちゃうんだよねぇ」


 ピーターがげんなりした顔をするのにあたしもつられて頷く。そこへ、


「オ~ッホッホッホ! ざまあない事を言っておりますわね。我がライバルとその従僕さん。このノリの方々を真っ向から叩き潰すのが華というものではありませんこと?」


 げっ!? また来たよこの花の名前の人。扇みたいな物で口元を隠しながら高笑いしてる。それ隠れてないんじゃない?


「まあ真っ向からってトコは同意見だけどね。え~っと……タマスダレさん? ほおずきさん? もしかしたらランさんだったっけ?」

「ガ・ー・ベ・ラっ! ガーベラですわっ! 何ですのその特定の花の名前で覚えたみたいな感じっ!? ……コホン。良いでしょう。体力テストとなれば、はっきり周囲に実力を見せつけるまたとない機会。アナタとも良い勝負が出来るよう祈っておりますわ」

「良い勝負ねぇ。勝負になれば良いけど。それにかかってくるならぶっ飛ばすだけだし」

「ふふん! それでこそですわ我がライバル。ではまた。オ~ッホッホッホ!」


 花の名前の人は、そう言ってまた高笑いしながら去っていった。何なんだろうあの人? 


「ネルさん。何か楽しそうだね?」

「楽しそう? あたしが?」


 ピーターの言葉に慌てて顔に触れると、何となく口角が上がっている気がする。確かにあんな普通に勝負を吹っ掛けてくる人なんて最近めっきりいなくなったし、そういう意味では……うん。楽しいのかな。


「ハハっ! そうして笑っているとネルさんも普通の女の子っぽく痛っ!? 何すんのっ!?」

「別に。何かピーターの癖に生意気なと思って」

「理不尽っ!?」

「お~い。そこぉ。……ふぅ~。甘酸っぱい雰囲気出してないでさっさと説明聞こうねぇ」


 あっ!? 心なしかマーサが微妙に呆れたような顔してる。はいは~い! 今行くよ~っと。





「さ~てルール説明といこうか。と言っても時々やってる奴とやる事は同じさね。遠投したり反復横跳びの回数を競ったり。それぞれの競技の場所に係員が居るから、好きな順番で回って指示に従い計測。全部終わったらここに戻る事。ただしいつもと違うのは……今回はも有りだ」

「成程。道理でいつもの場所じゃなく屋外で行う訳か」


 今幹部候補生の誰かが言ったように。普段の計測では怪人化しない程度に皆邪因子の活性化を抑えている。それは怪人化すると場合によっては施設が壊れる可能性があるからだ。


「そういう事なら……うおおおっ!」

「なら俺もっ! ガアアアっ!」


 怪人化有りと聞き、何人かが早速邪因子を活性化させて怪人化していく。


「気が早い奴らだねぇ。まあ良いけど途中でバテないように。計測中に邪因子切れになっても再トライは無しだからねまったく。……ふぅ~。じゃあさっそく始めようか。各自好きな競技の場所に移動しな」


 合図と共にそれぞれ移動を開始する。体調がベストな内に得意な競技に向かう人や、並ぶのが嫌で人の居ない競技に向かう人。様々な動きがみられる中、


「う~ん。これは一体どこから周ったもんか……ってネルさん!? 何でボクを引っ張っていくの!?」

「だって先に並ばれてたら待つ間暇なんだもん。下僕二号なんだから話し相手に付き合ってよ」

「え~っ!? ボク一人で静かに周ろうと思っていたのにぃっ!?」


 とりあえずピーターを引っ張り、やって来たのは近くにあった遠投の競技。規定位置から前方のネットに向けて球を投げ、その衝撃やら何やらを計測しておおよその距離を測定する競技だ。


 当然邪因子持ち用に投げる球も通常より数段重くなっている。一般人じゃ普通に持つのも大変だろう。そんな所に、



「あらっ!? 奇遇ですわね! 我がライバル!」

「げっ!? 花のオバサン……じゃあ別の場所に」

「誰がオバサンですのっ!? これでも見た目とほぼ大差ない齢ですのよワタクシ! まあそう言わずに。何なら私は寛大ですから、順番を先に譲ってもよろしくてよ」



 先に居た花の名前の人を見て踵を返そうとしたら、先手を取られて肩を掴まれた。……へぇ。反応して追いつくなんてやるじゃん。


 振り払うのは簡単だけど、そこまですると逃げたみたいになるから渋々この競技にする。丁度今居るのはあたし達三人と係員だけ。並ばなくて良いのは悪くない。……ただ、


「……ピーター。先やって」

「えっ!? 譲ってもらったのはネルさんじゃ」

「この人に譲られてってのが何か腹立つ。かと言って先にやられても嫌だし。だからピーターやって」

「え~っと……と言ってますけど良いんですかガーベラさん?」

「構いませんわよ。その程度で目くじらを立てる程狭量な女じゃありませんもの私」


 ピーターは尚も渋ろうとするけど、係員の無言の早くやれオーラにさっさと規定位置につく。


「じゃあ……行きますよっ!」


 掛け声と共に、ピーターの変化する。それまでのやや細めの腕から、表面をザラザラとした無数のウロコが覆うゴツゴツしたものへと。


 ピーターの怪人のモチーフはトカゲ。本人曰くちょっと身体が頑丈になってウロコが生えるくらいの地味な変身だと言うけれど、割と見た目も悪くないと思う。時々癖でペロッて舌を伸ばしちゃうのも可愛いし。……ちょっと引っ張りたくなるけど。


「ほほう! ですか。意外と出来る人が少ないんですよ」

「そうなんですか? 邪因子を部分的に制御する訓練をしてたらなんか出来るようになってたんですけど。先は長そうだし消耗が抑えられるかなって。全身変身じゃないとダメですか?」


 その状態でもOKだと係員に言われると、ピーターは計測用の球を一つ掴んで手に馴染ませる。そして、


「やあああっ!」


 普通のフォームとは違うけど、大きく振りかぶって投げた球は勢いよくネットにぶち当たった。


「……出ました。推定記録36m50。邪因子有りの平均記録よりやや上ぐらいですね」

「何やってんのピーター! もっとド~ンと凄い記録出しなさいよっ!」

「いやキツイですって!? 元々ボク体力テストは平均ギリギリとか大分低めくらいだったんですよ!? それがここまで伸びただけでも快挙ですって!」


 微妙に嬉しそうな顔をしているピーター。平均より上なだけで喜ぶなんて情けない。見てなさいよ。あたしがもっとスッゴイの見せてあげるんだから。


 今度はあたしの番だとピーターと入れ替わりで位置につき、球を適当に取ってポンポンと放る。


「あら? のですか?」

「うん。

「……言ってくれますわね。流石“変わらずの姫”」


 舐めてる……というより事実を言うと、花の名前の人は少し気に障ったのか扇を音を立てて閉じる。


「では、お手並み拝見と参りましょうか」

「言われなくても」


 あたしは一瞬だけ全身の邪因子を活性化させ、そこから右腕に向けて集中させていく。


「なっ!?」

「うわっ!? これキッツっ!?」


 係員が目を剥き、ピーターが何かとんでもない物を見たように一歩後退る。


 花の名前の人は……むっ!? 生意気にも平然と……いや、ちょっとだけ冷や汗かいてる。そうそう! 今さらあたしの凄さにビビってももう遅いのよ!


 球が握り潰れないようにそっと、だけど腕全体はより深く、より強く、吹き出そうとする邪因子を限界まで圧縮していくイメージで。


 あとは、それを一気に解き放つだけ。


「いっけえぇぇっ!」


 あたしが思いっきり投げた球は、ぎゅるぎゅると回転してネットにめり込みしばらくしてやっと止まる。そして出た計測結果は、


「……ひゃ、101m23っ!? これは凄いっ! 100m越えは歴代幹部候補生でも数名しか出した事ないんですよ! それを怪人化も無しに」

「ふふ~ん! まっ! ざっとこんなもんよ!」


 普段より邪因子の調子が良すぎて、力み過ぎた感があるけどまあこんな所でしょう。


 あたしがドヤ顔を決めて見せると、花の名前の人は少し考え込むようにその場に立つ。


「な~に? 今さら怖気づいちゃったの? もうちょっと加減した方が良かった?」


 軽く煽ってやると、花の名前の人は静かに規定位置に進み出る。そして、


「ねぇ係員さん。一つお聞きしますけど、使どう投げても良いんですのよね?」

「はい。あくまで自分の身体を用いるのであればどのようにでも」

「それを聞いて安心致しましたわ。では我がライバルネルさん。それと従僕のピーターさん。先ほどは良きモノを見せて頂きましたわ。ささやかなお礼に、私も一つお目に掛けましょう」


 その瞬間、その人のくるりと巻かれた、球を絡めとって持ち上げる。え~っ!? 何アレ?


「これ……髪に邪因子を流して操ってる!? それも一本一本ほぼ均一に!? どれだけ制御が上手いんだこの人っ!?」

「オ~ッホッホッホ! 賞賛の言葉はまだお早くてよ。さあさあ皆様方。少々頂けますかしら? 頭上注意ですので」


 そんな事を言うと、なんとこの人は球が絡みついたままの髪を大きく回転させ始めた。そうしてかがむあたし達の上をグルグルとしばらく振り回し、


「せ~の……とりゃああっ!」


 遠心力を利用して、球を勢いよくネットに放った。そしてその記録は、


「……98m83。惜しいっ! 本当に惜しいですよ今のは」

「あら残念。もう少しだけ届きませんでしたか。ですが……」


 花の名前の人……いや、はこちらを見ながら扇を開いてニヤニヤ笑う。


「あまり加減ばかりなされていると、次は追い抜いてしまいますわよ?」

「やれるもんならね。ガーベラ」




 うん。明日の為の良い準備運動になりそうだね。

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