ネル 筆記テストを受ける
「ようこそ。未来ある幹部候補生の皆様方。ワタシは……ふぅ~。この度幹部昇進試験の監督官を務める事になったマーサってもんさね。どうせ今回限りの付き合いだし覚えなくても良いけど……ふぅ~。まあよろしく」
げっ!? あの女はっ!?
係員に従ってやって来た部屋。なにやら紙が置かれている机に着席を促されてしばらく待つ幹部候補生達の前、一段上がった所に急に現れてこう開口一番述べた煙草臭い奴。
確かオジサンの居る支部の医務室のトップじゃんっ!? 時折オジサンの所にやって来て、私達通じ合っていますよみたいな雰囲気を出してくる奴がなんでまたこんな所にっ!? あとこんな状況で煙草なんか吸わないでよっ!?
「まさか……“煙華”だと!?」
「たった一人でヒーローの支部に潜入し、
「“戦場で煙草の香りがしたら祈れ。次の瞬間煙に巻かれていないように”。教官に以前教わったけど、まさかその張本人に出くわすとは」
なんかマーサを見て幹部候補生の何人かがブツブツ言っている。元幹部っていうのは知ってたけど、色々と今でも武勇伝が残っているみたいだ。
「うわぁ。ボクあの人良く知らないけど、何か凄い人みたいだねネルさん。それに凄く綺麗だし痛っ!? 何するんですか!?」
「べっつに~。何となく」
隣の席でどこか感心している素振りを見せたピーターに、何となくイラっと来たからチョップを一発。そこへ、
「納得いかないっ!」
「そうだよな。監督官は幹部がやるのが恒例って聞いたぜ。マーサだか誰だか知らねえが、そこらの一般職員にデカい顔されたくねえよなぁ」
「おや。妙な声が聞こえたねぇ」
席に着いた人の中からそんな声が上がったのを耳ざとく聞きつけるマーサ。
「文句があるなら……ふぅ~。ここに出てきて直接言うこったね。ああ勿論威勢の良いのは口だけで、身体の方はビビっちゃって動けないって言うんならそれはそれで良いんだけど。相手にするのめんどくさいし」
「言ってくれるじゃんかよっ!」
その言葉と共に自分の席を蹴ってマーサの前に躍り出る影が二人。
片や蹄のように変化した手をカツンカツンと打ち鳴らす牛型の怪人。もう片方は鼻息荒く歯茎をむき出しにする馬型怪人。
二人は明らかに友好的とは言い難い雰囲気でマーサに詰め寄る。
「如何に元幹部であったとしても、今はただの一般職員の筈。つまりは幹部候補生である我らより格下だ。そんな相手に監督官を務めてほしくはない」
「なあ監督官様よ。仮にだよ。もし仮にだ。ここで監督官様をボコボコにでもすれば、また別のちゃんとした幹部なりなんなりと交代になってさ、そんでもって俺達にも何かしらのプラス評価とか付いたりすんのかね? 元とは言え幹部を倒したってさ」
「……はぁ~。まったく。血の気の多い奴はこれだから。まあ態度はともかくとして、もし本当に倒せるんならその分の評価くらいはされるんじゃないかい」
どこか堅苦しい喋り方の牛怪人と、人を煽るような言い方をする馬怪人。マーサはどこか呆れたようにそう返す。
「ど、どうしようネルさん!? なんか凄い事になってきた」
「落ち着いてよピーター」
ピーターは慌てているけど、別にどうという事もない。下の奴がこうして下剋上を決めようとするだなんて組織じゃ日常茶飯事だ。そうこうしている内にいつの間にかヒートアップしていたようで、
「舐めてんじゃねえぞおらぁっ!」
「覚悟っ!」
二人がそれぞれ左右から襲い掛かる。どちらも獣をモチーフにした怪人なだけあって、その拳(蹄)は直撃したらあたしでもちょっとだけ痛そう。でも、
「なっ!?」
「えっ!?」
直撃したと思った瞬間、その拳が空を切って二人共間抜けな顔をする。……いや、そうじゃない。
「はい。ここまでさね」
突如二人は真後ろから首元を掴まれ床に叩き伏せられた。
だけどその掴んでいる腕はマーサから伸びる物ではなく、その
二人は何とか起き上がろうとするけど、振り払おうにも腕を掴もうとしたらそこだけその瞬間だけすり抜けるから触れない。ああなったら単純な腕力だけじゃどうしようもない。
あたし? あたしだったらそもそも首を掴まれるなんてヘマしないし、掴まれたとしても邪因子フルに使って周囲ごと吹き飛ばすから平気。
「……ふぅ~。情けないったらありゃしない。アイツだったらこんな簡単に背後を取らせちゃくれないし、触れないなりにやりようはあるとか言って反撃してくるってのに。幹部候補生の質も落ちたかねぇ。さあ。気が済んだらとっとと席に戻んな」
煙の中に浮かぶ煙草を吸い直しながら、マーサはどこか呆れた顔でそう言うと二人を解放する。
「流石元幹部。幹部候補生二人を一瞬で」
「別に。大したことないでしょあんなの。それに……あれくらいできなくて何が幹部よ」
ピーターは感心しているけど、あたしからすればあの程度も出来ないようじゃ幹部になる意味が箔付けでしかなくなる。
「他に何か言いたい事のある奴は? ……居ないね? じゃあこれからの試験について説明するから皆静かに聞くように」
そうしてマーサから今日の試験内容についての説明を受けた後、少ししたら筆記テストに入る。
と言ってもテストの内容は皆これまでの講義で出たものばかり。答えの決まっている問題はそれをただ書けば良いし、長文問題なんかも頭に
(簡単簡単! ……ピーターはっと)
横目でチラッと見れば、ピーターも悩みながらだけどペンは着実に動いていた。あの調子なら大丈夫でしょ。
偶然視界の端に映った……名前何だったっけ? パンジー? コスモス? とにかく花の名前の人も、さっきの騒がしい様子は鳴りを潜めて黙々とペンを走らせている。まああんな啖呵を切ったんだからこんな所で落ちはしないでしょう。
『下手なカンニングだねぇ。減点にでもしてあげようか?』
「バカ言わないで。そんな事しなくてもこれこの通り。ぜ~んぶ終わっちゃったからただ暇潰しに周りを見てただけよ」
あたしは足元に漂う
実は部屋中にほんの少しずつ漂っている煙全てがマーサの感覚器だ。流石に直接見たり聴いたりよりはやや精度が落ちるらしいけど、それでも近くで変な動きをしたり邪因子を不自然に活性化させたりしたらすぐに気づくという。
それに一度だけオジサンの部屋で見たけど、この女は煙の中であれば自在に意識や肉体を移す事が出来るし、小さくて軽い物なら操作することも出来る。さっき何もない煙の中から急に腕を生やしたのもそれだ。
マーサはその能力を活かして、テスト中の全員を監視しているんだ。
『あらそうかい。……おや? 裏面を忘れてるよ』
「えっ!?」
その言葉にテスト用紙をひっくり返すと、一問だけ文章問題が残っていた。何でわざわざ一問だけ裏に? 配置に悪意を感じるんだけど!?
『ふふっ。まあ頑張りな』
「はいはい。さっさと行ってよ」
軽く笑って気配を消すマーサに腹立ちながら、あたしは最後の問題を見る。そこにはただ一言、
問。
とだけ書いてあった。変な問題。欲しい物って意味かな? それとも心理テストの一種とか? だけど流石にこういうのは模範解答なんてない。気楽に書こう。
あたしは少しだけ考えて答えを記入すると、最後にもう一度プリントを隅から隅まで確認。今度こそ他に問題が無い事を確認し、次の体力テストに備えて心を落ち着ける事にした。
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