雑用係 ■■に会いに行く


 カサカサ。カサカサ。


 俺は自室で今日も元気に仕事(うっかり段ボールに入れていた書類をぶちまけて混ぜてしまった依頼人に代わり書類の仕分け)をしていた。雑用係に休みは基本的にない。


 テーブルの反対側では、マーサが頬杖を突きながら煙草をふかしている。


「ふぅ~。最近、来ないねぇ」

「……何がだ? 仕事ならこうしてお前が見張りに立つくらいにはあるぞ」

「そっちじゃないさ。……分かってるんだろ? あのクソガキちゃんの事さね」


 そこで一瞬俺の手が止まる。あの買い物の日から今日で二週間。これまで数日おきに俺の周りをうろうろしていたクソガキことネルがバッタリと来なくなったのだ。だが、


「はっ! 結構な事じゃねぇか。あのクソガキが居ないから最近仕事が捗って捗って」

「そうかい? その割にはあんまり進んでいないように見えるけど? この調子ならワタシが見張ってなくても良かったかもね……ふぅ~」


 まだ半分近く残っている書類の束を前に、手伝うこともなく煙草を指で挟んでマーサはニヤッと笑う。この調子じゃ次の仕事に取り掛かれそうにない。


「それにそこの棚にある食器。あれってそのクソガキちゃんとの買い物で買った奴だよねぇ?」

「勘違いすんな。俺も好きで置いている訳じゃない。……ただ折角買ったのに、一度も使わないんじゃ勿体ないと思っただけだ」

「でもわざわざ次に来た時の為に用意してあるなんて、気にしてますよって公言しているようなものさ。いい加減素直になりな」


 こいつめ。ああ言えばこう言う。しかし強がってはみたものの、確かに自分でも分かる程度にはどうにも進みが悪い。


 最近はあのクソガキが邪魔する中でやるのが普通になってたからなんかこう……落ち着かない。以前のやり方に戻っただけなんだがな。


 また部屋に静寂が漂い、紙の擦れる音のみが響く。そんな中、


「そう言えば、いよいよ来週らしいじゃないか。幹部昇進試験」


 突然マーサがそんな事を切り出した。俺は何も言わずに手を動かし続ける。


「年二回、二日かけて行われ、幹部に必要な知力、体力、統率力等を総合的に求められる一大試験。特に毎回二日目に行われるアレは何人クリア出来る事やら」

「何だ? 自慢か? 自分がその難しい試験に受かったっていう」

「ハハッ! まあそんなとこ。……ただ、今頃あのクソガキちゃんも、それに向けて忙しくしているんだろうかねぇ」


 マーサはそこで少しだけ感慨深いように遠い目をすると、再び煙草に火を着けて燻らす。


 幹部昇進試験。俺も試験の手伝いで立ち会った事はあるが、実際相当難しい。毎回それなりの数の幹部候補生が挑戦するが、無事幹部になれるのは毎回良くて数名程度だ。場合によってはクリア者が出ない事も有る。


 幹部というのは支部長を任せられる階級。即ちそれだけの能力と責任が求められるのだから当然と言えば当然だが。しかしそう考えると、


『へへ~ん! この次期幹部候補筆頭であるネル様にかかれば、こ~んな試験楽勝だよっ! ……あっ!? ごめ~ん。邪因子最低ランクのオジサンには縁のない話だったよね? まああたしの合格話でも聞いてあたしの凄さを再認識してくれれば嬉しいなっ!』


 とかなんとか言ってそうなクソガキが、あの試験を突破出来るかちょっと……いやかなり不安だ。まだ初日の筆記と体力テストは何とかなるにしても、二日目のアレですぐ脱落するイメージが浮かんでくる。


 実際マーサは俺と初めて会った時から幹部だったので知らんが、あの高スペックの変態ミツバが一発合格出来なかったレベルだ。才能だけでは突破できない。


「これは噂なんだけどね、最近クソガキちゃんの訓練への熱の入れようが半端じゃないんだってさ。それこそ寝る間も惜しんで身を削るみたいにってね」

「……そうか」


 その言葉に、いつの間にか俺の手は止まっていた。あのクソガキ。何やってんだ。


「……はぁ。やめだやめだ。今日はどうにも仕事が進まない。また次回にする」

「おやおや。珍しい事も有ったものさ。アンタが仕事を途中で打ち切るなんてね」

「幸いこの書類整理は急ぎじゃないしな。それに……明日はだ。準備がある」


 俺はさっさとやりかけの書類を片付け始める。


 そう。月に一度、その日だけは俺も第9支部での仕事を休み、リーチャー本部まで行かねばならない。それがだ。


「さあ。マーサも帰った帰った。準備の邪魔だ。明日は朝一から行って夜まで帰れないからな。いつものように緊急の仕事がある時はジン支部長経由で連絡してくれ」

「はいはい。……夜? へぇ? いつもならにはゲートが一本あるのに敢えて遅らせて夜ねぇ? 一体その時間どこで何をする気かなぁ?」

「うるさいっての! 早く帰れっ!」


 ニマニマと笑うマーサを蹴り出すように部屋の外へ追い出し、やっと一息つく。アイツそもそもこの時間医務室勤務だろうに。俺の部屋でサボるんじゃねえよ。


「ったく。……っとこうしちゃいられない」


 俺は明日持っていく道具をいつものようにリストアップし、一つ一つ準備していく。前回は準備不足で厄介な目に遭ったからな。ここを怠ったら後が怖い。そして、


「……まあついでに見に行ってやるか」


 ネルの選んだセットの皿と調理器具もリストに追加した。


 さあ。食材は現地で調達するとして、明日何を作るか考えないとな。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 次の日の朝。


 ケンは第9支部のゲート待合室に来ていた。


 服装こそ普段の青い上下の作業着だが、その傍らには人一人入りそうな程大きいキャリーバッグが置かれている。


 ガランとした待合室には他に誰も居ない。それもその筈、本来この時間に繋がるゲートはない。時刻表にも記載されていない。


 ケンが待っていたのは、限られた者だけが知っている特殊なゲート。月に一度、この日この時間だけ開くある場所への直通便。


 ブオンっ!


 空間が歪み、ゲートが形作られると共にケンはキャリーバッグを片手に入り込んだ。一瞬の浮遊感の後で、ケンは辿り着いた先が間違いなく目当ての場所だと確信する。


 目の前にある豪奢に装飾された扉。そこから洩れる圧倒的なまでの威圧感と邪因子……いや、正確にはを前にすれば、誰も間違いようがない。


 コンコンコン。


「入るが良い」

「……失礼します」


 ノックの後すぐに戻ってくる返事。中に居る人に失礼の無いよう、ケンも軽く身なりを整えて扉を開ける。


 中は邪因子で満ちていた。一呼吸する度に、一歩踏み出す度に、もはや普通に触れるレベルまで達した邪因子がケンに纏わりつく。


 そんな中、この部屋の主はただ一人の為に設えられた玉座に足を組んで腰掛け、妖艶に微笑みながらケンに呼び掛ける。




「一月ぶりか。息災だったか? 雑用係」

「はっ。もお元気そうで何よりです」




 ケンは静かに目の前の女性、自らが仕える組織のトップ、リーチャー首領に一礼した。

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