ネル その手を繋ぎ、そして離す

! 丁度次の仕事までの間に幾つか日用品を買う予定があったんだ」

「えっ!? ちょ!? ちょっとオジサン!?」


 あたしはオジサンに手を引かれて歩いていた。どうしてこんな事になったんだっけ? ちょっと今までの経緯を振り返る。


 確か今日は珍しく昼前から時間が空いて、丁度良いからオジサンに昼食を食べさせてもらおうと部屋に行ったら誰もいなくて、たまたま通りがかった人にオジサンの場所を聞いてここまで来たんだっけ。


 それで今日は給料日だって言うから話をしてたら、両親と買い物に行った事がないのかって話題になったんだ。


 お父様はお忙しいから買い物なんて連れて行ってもらった事ないし、


 だから行った事ないとちょっぴり強めに言ったら、何故かオジサンに買い物に付き合わされた。……う~ん。思い返してみたけどよく分からないね。


 オジサンに連れられたのは、通称商店街と呼ばれる支部の一画。物を売り買いする所なんてあんまり行った事ないから少し新鮮だ。だから周りを見回していると、


「今日は給料日だから特に人が多いな。ほらっ! 最初はこっちだ。離れんなよクソガキ」


 オジサンはまたあたしの手を取って歩き出す。その手はどこか温かくて、あたしに合わせて歩調を落としているのに気づく。


 オジサンのくせに生意気なっ! ちょっとだけイラっとして……それと同時にどこか胸の辺りが温かくなっているのが少し心地よかった。





 最初に着いたのが本屋だったのはちょっと意外だった。オジサンが本を読むのは部屋に本があったから分かるけど、何と言うか……ゆっくり読んでいるってイメージが湧かなかったから。


 オジサンは店員と軽くやり取りをして本を一冊買い、あたしに1000カム紙幣を手渡して好きな本を買ってみろと言った。心配しなくても買い物のやり方くらい知っている。わざわざ金を出して買った事がないだけだもの。


 あたしは紙幣を握りしめながら棚を覗いていく。だけど本か。あたしの読んだことある本と言ってもあまり種類が無いからどれを選べば……これはっ!?


 それは棚の隅っこに、まるで隠されるように置かれていた。だけど見覚えのある表紙に、あたしはゆっくりとそれを手に取る。……間違いない。『メスガキは大人なんかに負けたりしない』。あたしが前偶然拾った本と同じ物だ! 結末が気になっていたし丁度良い。


「決めた! オジサンっ! あたしこれにする」

「決まったか。どれを選んだ?」


 そうして選んだのだけど、何故かオジサンは微妙に渋い顔をしてダメだって言う。ガキにはまだ早いって言うけど、あたしもう最後以外読んじゃったんだけどなぁ。


 だけど良いもんね。の別の漫画が近くに置いてあったもの。『メスガキは大人を分からせたい』って本。


 そっちは店員に見せたら「さっきの物のリメイク版ですね。……R15だけど、まあ悪の組織だしギリギリ良いでしょう」とか言ってOKを出してくれた。シリーズ物らしいから面白かったらまた買おう。





 その後もあたしはオジサンと一緒にあちこちを回った。


 例えば日用品を扱う店。


「おいクソガキ。何だコレは?」

「何ってお皿だよ。オジサンが新しい食器が要るってブツブツ言ってたから、あたしがこうして見つけておいてあげたの! えへっ! 褒め称えてくれてもいいよ!」

「いやこれ、かなりファンシーな花柄プリントがされてんだけど。おまけに男女でペアの奴だし」

「だってそれセットだと安くなるって書いてあったし、絵柄はよく分かんないけどどうせあたしがちょくちょく行くから多い方が良いと思って。……ダメだった?」

「……まあ良いけどよ。お前用の予備にするからな」

「え~っ!? 一緒に使おうよ!」


 あたしの選んだ皿にオジサンは困った顔をしてたけど、なんだかんだそれに決めてくれたんだから嫌って訳じゃなさそうだった。





 例えば食堂とはまた違う、持ち帰り用の食べ物や菓子を扱う店。


「オジサ~ン! 昼ご飯買って来たよ!」

「待ってたぞ。しかし……ちょっと多くないか? まさか渡した分全部使ったな?」

「うん! ぴったし2000カム分だよ! デザートもある」

「お釣りの勉強をさせる為に多くしたんだがまあ良い。じゃあ俺の分を……っておい!? 俺の分これだけか!? というかお前そんなに食うのか!?」

「錠剤は飲んだけど、折角だし色々食べてみようと思って。……あっ!? オジサ~ン。はいっ! 美少女の食べかけをあげるっ! 嬉しくて感涙しても良いよ!」

「食べかけかよっ!? せめて口をつけてない奴で頼む」


 そう嘆くオジサンを尻目に、あたしは次々に食べ物を頬張る。……うん。やっぱりオジサンの料理の方が美味しいと思う。





 そして、


「ふんふふ~ん! オジサン! 買い物って楽しいね!」

「まあ基礎が出来てきたようで何よりだ。付き合った甲斐があった」


 買い物を終えた帰り道、あたしはオジサンと手を繋いで歩いていた。


 決してあたしから手を繋いでほしいと言ったんじゃないよ。丁度片手が空いていて、たまたまオジサンも片手が手持無沙汰だったから手をだけ。


「良いか? 今回の事で分かったと思うが、金があれば色んな物が買える。色んな事が出来る。だから大人は皆頑張って働いて金を稼ぐ訳だ」


 あ~。オジサンのいつもの説教が始まった。


 最初は何言ってんのこの人って感じだったけど。ちょっと……いやかなり長くて内容がよく分からない時もあるけど。……最近は、あまり嫌じゃない。


 だけど、折角のお買い物の帰りにそんな事を言うのはよろしくないよね。


「へへ~ん! お説教なんか聞かないよ~だ!」


 あたしは自分から手を離して軽くトントンっと距離を取る。


 手を離した瞬間から消えていく温かみ。でも大丈夫。その手はまた繋げられるから。この人は人だから。


「クスクス。おバカなオジサン。自分が買い物に付き合った? 違うよ。付き合ってあげたの。これもぜ~んぶ作戦通り。や~いロリコンヘンタイオジサ~ン!」


 あたしがイタズラ気味に揶揄うと、オジサンは怒って追いかけてくる。


 だけど、オジサンも本気で怒っている訳じゃない。それくらいは分かるようになってきた。……今でも良く分からないお父様とは違って。


「ほ~らこっち! ここまでおいでっ!」

「待てぃっ! 逃がすかっ!」


 あたしは買い物袋をぶら下げて、アハハと笑いながら駆ける。


 ああ。今日はとても良い日だ!








 その日の夜。


 いつものようにお父様への定期報告を行い、いつものように事務的な連絡事項が告げられる。だけど、今回の最後は普段とは少し違った。


「幹部昇進試験ですか?」

『ああ。その日取りが三週間後に決まった。試験の内容は後日幹部候補生全員に通達されるだろう。その日に備えて準備を整えておけ。……


 その言葉を最後に通信は切れ、後に残るは真っ暗な画面のみ。でも、あたしの心はとても昂っていた。


「お父様が……あたしに、期待しているって」


 ああ。やっとだ。やっと! 口元に笑みが浮かぶのを抑えられない。


 あたしは期待されているっ! なら、その期待に応えないと。訓練の時間を増やさなきゃ。三週間なんてすぐなんだもの。あたしはそう考えて、


「……あっ」


 買い物袋が目に留まった。


 今の時点でも訓練や講義を短縮する事で何とか時間を作っている。ゲートの時間が限定されている事も考えると、訓練を増やせば第9支部に行く事は難しくなるだろう。


 しばらくオジサンには会えそうにない。そう考えると何故だろう? 胸が少しだけ苦しくなって、


「……いや。訓練しなくちゃ。お父様の期待に応えないと」


 あたしは胸の痛みを振り切るようにキャンディーを口に咥えた。


 ああ。今日は……とても良い日だ。

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