雑用係 クソガキと買い物に行く
さて。この第9支部は支部全体から見れば相当辺境の地にある。なら職員が金を貰っても使い道がないんじゃ? と思われるかもしれないが、実際は決してそんな事は無い。
「いらっしゃいいらっしゃいっ! 今日は新作入荷したよ!」
「本部職員御用達。これが最近の流行だよっ! さあ買ったっ!」
ここは第9支部の一画。こまごまとした日用品から本部払い下げの武装。書籍や映像機器などの娯楽や酒や煙草なんかの嗜好品まで、様々な物を取り扱う店の集合地。
誰が呼んだか通称“商店街”。その場所に俺とネルは足を踏み入れていた。
「うわぁ……こういうトコあんまり来た事ないけど、賑やかだね! オジサン!」
「今日は給料日だから特に人が多いな。ほらっ! 最初はこっちだ。離れんなよクソガキ」
人間金が入ると豪遊したくなるもの。そういう意味ではちょっと今日はマズかったかもしれん。そんな事を思いながら、興味深そうに周りを見るネルとはぐれないように軽く手を取って目的の店に向かう。まずは、
「……本屋?」
「そんなに意外か? 俺だって本ぐらい読む」
時々仕事の合間に数分くらい暇な時が出来る。そんな時に軽く本を読むのが趣味の一つだ。以前からトムに本を借りていたのだが、最近は自分で気に入った本を買ったりもしている。
「まず俺が本を買うから、それをよ~く見て覚えろよ。その後でお前には自分で本を選んで買ってもらうからな?」
「え~っ!? 別にそんな事しなくても、欲しい物をそのまま持っていけば良いだけでしょ? 簡単だよ!」
そう自信満々に宣うクソガキ。いかん。この調子じゃ目も当てられん。まずその全ては自分の物って考えを分からせる必要があるな。
「だからタダで
「いらっしゃい! そろそろ来る頃だと思ってました。新刊なら取り置いてありますよ」
顔なじみの店員に一声かけると、早速俺の読んでいるシリーズの新刊を取り出してくる。この辺りはもう慣れたものだ。
「こちら800カムとなります。お支払いはいつものようにカードで?」
「ああいや。今回は現金だ。これで頼む」
「はい。毎度ありがとうございます」
いつもはカードで支払うのだが、今回はネルの買い物の練習も兼ねているからな。俺はリーチャー内で流通している通貨カム(日本円と大体レートは同じ)で支払う。
「さあて。今の見たなクソガキ。じゃあ早速実践だ。これをやるから、この店の好きな本を一冊選んで買ってみな。……まさか通貨の額も分からんとかないよな?」
「それくらいは知ってるよ。ちょっと待ってて」
ネルは受け取った1000カム紙幣を片手に棚を覗き込んでいく。
実は1000カムというのは微妙なラインだ。本によってはそれより高い品も多いし、ちゃんと値段を見ないと金が足らなくなる。と言ってもまずは買い物を成功させるという体験をさせるのが第一だが。
「ケンさん。今回の仕事は子守りか何かですか?」
「まあそんな所だ。生意気な上世間知らずのクソガキで困ってる。だからまずは大人としてその辺りをしっかり分からせてやろうと思ってな」
「成程。だからこうして買い物の練習に。了解です!」
そうして俺が店員と雑談をしながら待つこと数分。
「決めた! オジサンっ! あたしこれにする」
「決まったか。どれを選んだ?」
一応ネルがどんなジャンルを選ぶか少し気になってはいたんだ。確認の為に選んだ本を見せてもらう。……んっ!? やけに肌色が多い表紙だな。
「え~と何々? 『メスガキは大人なんかに負けたりしない』……ってなんじゃこりゃぁっ!?」
「ふふ~ん! 本屋って初めて来たけど、まさかこれがこんな所にあったなんてね! あたしも持ってるけど最後の方が破れちゃってて気になっていたの! あたしこれにする!」
ネルが持ってきたのはどう見てもR18の成人向け漫画だった。しまったっ!? この支部基本大人しか居ないからR18コーナーが区切られてねえっ!?
「あ~……これは無しだ」
「え~っ!? 何でっ!? この店の好きな本を選べって言ったじゃんっ!」
「これはガキにはまだ早いっ! 悔しかったら早く大人になるんだな!」
素早く本を没収してどうにかネルを宥めすかし、他の本(俺は見せてもらえなかったが、店員が言うには一応健全な漫画らしい)を選択。
さて購入という所でネルが「600カム? タダにして!」とか、「へぇ~。タダにしてくれないんだ? こんな可愛らしい女の子が頼んでるのに……
それからしばらく、俺達は日用品を買いながら商店街をのんびり回った。と言っても色々あったが。
新しい食器を買おうとしたらネルがやたらファンシーな奴(しかもペアの奴)を勧めてきたり、2000カムで練習がてら昼飯を買ってこさせたら俺の分は300カム分しかないミニサイズだったり(残りは全部自分の分だった)。他にも色々だ。
しかし一応ネルも、金で買い物をする最低限のやり方は分かってきたようだった。というかそんな事すら教わっていなかったという事が驚きだ。
「ふんふふ~ん! オジサン! 買い物って楽しいね!」
「まあ基礎が出来てきたようで何よりだ。付き合った甲斐があった」
買い物帰りの帰り道。片手に自分で買った物を入れた袋をぶら下げて、もう片方の手を繋いだ状態で上機嫌に歩くネル。
こういう時にちゃんと言っておかないとな。俺はネルの横を歩きながら語り掛ける。
「良いか? 今回の事で分かったと思うが、金があれば色んな物が買える。色んな事が出来る。だから大人は皆頑張って働いて金を稼ぐ訳だ」
悪の組織だろうとも、その基本原則は変わらない。ネルは静かにこちらに耳を傾けている。
「つまりお前がこれまでただ欲しいって言うだけで手に入ってきた物は、そうした
「へへ~ん! お説教なんか聞かないよ~だ!」
ネルは手を離すと、そのまま軽く前方にトントンっと走ってこちらに振り向く。
「クスクス。おバカなオジサン。自分が買い物に付き合った? 違うよ。
なんて口では言っているが、その口元はイタズラ気味にニンマリと弧を描いていた。
そう。コイツにとってはただのイタズラだ。しかもすぐバレる類の。
大人を舐めるクソガキには真面目に付き合わずに受け流すのが鉄則だが、ただのガキのイタズラをいちいち突っついて指摘するのも大人げないというもの。
仕方ない。ここは大人として乗ってやろうじゃないか。
「何っ!? このクソガキめっ! 今まで俺が散々手伝ってやったのに騙しやがったな! もう勘弁ならん。そこに直れっ! 徹底的に説教して分からせてやるっ!」
「や~だよ! ほ~らこっち! ここまでおいでっ!」
そう言って笑いながら買い物袋を持って駆け出すネルの姿は、その時間違いなく年相応の普通の少女に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます