第30話 森の奥の魔女②

「先手必勝じゃあ! 俺の必殺技を喰らえ!」


 俺はアイマスクを引っ張り外そうとする。


「エポキシ!」


 それと同時に魔女が何かの魔法を唱えた。防御するためにも一刻も早くアイマスクを外さなければならない。

 しかし、アイマスクは目元にひっついて外れない。何でだ? おかしいぞ。  


「私があなたの手の内を読めていないとでも? 魔法でアイマスクを外せないようにしてやったのよ」


「アイマスクを外せないようにするなんてピンポイントな魔法があるのかよ……それにしても、どうして俺の手の内が読めたんだ?」


「そのアイマスクの先から底知れぬパワーを感じたからね、とりあえず封じておいて損は無いでしょ?」


 魔女だからそういうことには敏感なのか。これは弱ったぞ。どうするべきか考えないと……


「くぁwせdrftgyふじこlp、くぁwせdrftgyふじこlp、くぁwせdrftgyふじこlp……フレイム!」


 戦術を考える間もなく魔女は魔法を放ってくる。突然の出来事に対応できず、熱々の炎が俺に命中してしまう。


「うわっ!? あっちぃー!」


「師匠、ポーション飲んで!」


 ジェシカは瓶の蓋を開け、俺の口にポーションを流し込む。咽そうになりながらもポーションを飲み込むと、痛みがみるみるうちに引いていく。ジェシカが壺を割っていなかったらこのまま死んでいた。命拾いしたぜ。


「魔法陣が無いのに魔女さんはどうして魔法が使えるんでしょうか?」


「あら、おチビちゃん。気づいていないの?」


「え?」


「この部屋の絨毯をよ〜く見てみなさい」


「あっ!? もしかして……」


「そうよ。絨毯の模様が魔法陣になっているでしょう? 敵が攻めてきても戦えるようにこの部屋そのものを大きな魔法陣にしてあるの」


 用意周到な女だな。だがそれは俺にとっても好都合だ。この部屋全体が魔法陣ならば、俺も魔法を使えるはず! 爆発スキルが封じられた今、頼れるのは己の魔力だけだ。


「くぁwせdrftgyふじこlp、くぁwせdrftgyふじこlp……」


 俺は急いで呪文の詠唱をする。詠唱短縮スキルのお陰で短時間で魔法発動の準備が整った。


「あなたも魔法を使うの? うふふ、特別に避けないであげる。ほら、来なさい!」


「ファイアーボール!」


 俺が使えるスキルの中で唯一戦闘に役立ちそうなのがファイアーボールだ。頼む、これで倒されてくれ!


「あ〜、あったかい! 最近冷えるから助かるわ〜」


 クソ、全然効いてない! 所詮は下級魔法か。魔法耐性の高い魔女には少しのダメージすら与えられない。

 かくなる上は……


「くぁwせdrftgyふじこlp、くぁwせdrftgyふじこlp……ブリザード!」


「そんな小さな氷で何をするつもり? 雪合戦でもしたいの?」


「美味しいかき氷を作るので許してください!」


「最近冷えてきてるって言ったでしょ? かき氷なんかいらないわよ!」


「じゃあ美味しいパンを焼くので許してください!」


「う〜ん、パンね……良いわよ。作ってみなさい」


「おっす!」


 俺は覚えたばかりの魔法で小麦粉と水を生成し、パンの生地をこねる。絶対に美味しいパンを作るぞ。不味かったら魔女の機嫌を損ねて殺されてしまうかもしれない。俺の命はパンの味にかかっているのだ。


「師匠、頑張って!」


 ジェシカも応援してくれていることだし頑張るぞ。こねて、こねて、こねて……


「あの、オーブンってありますでございますでしょうか?」


 やっべえ。緊張しすぎて変な言葉遣いになっちゃった。

 

「転移魔法でここにワープさせるから、ちょっと待ってて」


 転移魔法とか使えるのか。この魔女さん超ハイスペックじゃん。俺なんかが勝てるわけないわ。報酬金が最高額だったのも納得だ。


「はい、ワープさせたわよ。自由に使ってちょうだい」


「あざーっす」


 オーブンの中に生地を入れてパンを焼く。目が見えないので火力の管理はジェシカにお願いした。数分後、チンという音が鳴り、パンが焼き上がった。

 俺はオーブンからパンを取り出して魔女に差し出す。


「どうぞ、お口に合うかわかりませんが……」


「いただくわね。パクパク……」


 さあ、どうだ? 人生で初めてパンを焼いたけど上手くできたかな。俺達の命がかかってるんだ。美味しくあってくれ……


「ん? これは……」


 渋い反応だな。これは駄目そうだ。ナンマンダブ、ナンマンダブ、ナンマンダブ……


「なかなか美味しいじゃない」


 うわ、良かった〜。何とか一命はとりとめたみたいだ。俺には意外にもパン作りの才能があったみたいだ。もう危険な冒険者なんて引退してパン屋を開こう。魔法で作れば材料費も実質無料だしかなり儲かるだろ。


「あの〜、これで殺さないでくれますかね?」


「別に最初から殺すつもりなんて無いわよ。不法侵入者をちょっと懲らしめてやろうと思っただけ」


「いやでも、あの炎の魔法は完全に殺しにかかってたでしょ……」


「全力の一割しか出してないつもりだったけど、加減をミスって二割にしちゃったみたい。ごめんなさいね」


 死にかけたのにたったの二割? この魔女ヤバ過ぎるだろ。こんなのとまともに戦って勝てるわけがない。


「師匠、魔女さんが優しくて良かったですね! それにしても、こんなに優しい魔女さんがどうして討伐対象になっているのでしょうか?」


「えっ!? 私、討伐対象になってるの?」


「それに関しては俺が説明します。街の子供達が森の洋館に住む魔女に襲われたという被害報告が相次いでいたので、ギルドが討伐指令を出したんすよ。心当たり無いんすか?」


「心当たり……そういえば、ドラゴンに変身して子供達を追いかけ回したりしたわね」

 

「絶対それだ! どうしてそんなことしたんすか?」


「子供達がイタズラするのよ。館の壁に落書きしたり、庭に落とし穴を掘ったり。だから怖い思いをさせて、もうここに近づかせないようにしようと思ったの」


 ここの森はモンスターが弱いから子供でも立ち入れる。だからイタズラにはもってこいだったんだろうな。

 この件に関してはクソガキ共が100%悪いのであって、魔女さんには何の非も無かった。魔女さんに迷惑をかけたお詫びとして、俺に何かできる事はないだろうか。


「師匠!」


「どうした?」


「私達がギルドにこの事を説明して誤解を解きましょう!」


「お前にしては良い事を考えたな。よし、そうしよう!」


「本当? 助かるわ!」


「それじゃあ、さようなら。気が向いたらまた遊びに来るんで」


「あの美味しいパンをまた作ってね!」


「もちろんっす!」


 俺達は魔女の館を後にして、冒険者ギルドを目指した。

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