第11話 社内にて

 ギルドを出発した俺達はたけのこ探しの旅を開始した。


「たけのこってどこにあるかわかるか?」


「竹の赤ちゃんですし、竹林じゃないですかね?」


「この辺に竹林なんてあったか?」


「ちょっと交番で聞いてきますね。待っててください!」


 俺は近くのベンチに腰掛けてジェシカを待つ。

 しかし、一時間以上経ってもいっこうに帰ってこない。あのドジっ子、どこかで事故にでもあったのか? 俺がそんな心配をしていると、後ろからとんとんと肩を叩かれる。


「師匠、帰ってきました!」  


「遅いよ、お前! 交番ってそこまで遠くないだろ!」


「交番の近くにわたあめの屋台があったんですよ。行列だったんですが、どうしても欲しくて並んじゃいました! 師匠の分も買ってきましたよ!」


「お、ありがとう」


 そうか、わたあめなら仕方ないな。だって美味しいもん。

 俺はジェシカからもらったわたあめにかぶりつく。やっぱり甘くて最高だわ。これを考えた奴は天才だね。

 でも大事なことを忘れている気がする。何だったっけな? えっと……そうだ!


「竹林の場所聞いてきたんだよな? どの辺にあるかわかったか?」


「えっとですね、竹林はここからそこそこ遠い場所にあるらしいですよ。馬車に乗って一時間くらいの場所らしいです」


「馬車かあ……お金かかる感じか?」


「一人あたり片道千ゴールドかかりますね」


 二人で往復四千ゴールドか。ジェシカはお小遣いを使いきっちゃったから、俺が持っているお金を全部使ってやっと払える金額だな。きついなあ。でも流石に何か仕事しないとセシリアに怒られるし、仕方ないから馬車使うか……


「馬車の乗り場に連れてってくれるか?」


「了解でーす!」


 俺達はなけなしのお小遣いを握りしめて馬車の乗り場へと向かった。  










「間もなく発車しまーす」


「待ってくださーい!」


 発車直前だったがどうにか滑り込みでセーフだ。ジェシカの息がめちゃめちゃ上がっている。この後クエストだというのに大丈夫かな。

 馬車の中には俺達以外にも数人の気配を感じる。恐らくこの人達も冒険者なのだろう。


「それでは発車します。席をお立ちにならないようお願いします」


 馬車が走り始めた。やはり馬車は速いな。あっという間に街の外に出てしまった。


「師匠、退屈です〜」  


「一時間だけだ。我慢しろ!」


「嫌だ、嫌だ! 退屈〜!」


 お前は子供かよ。いや、子供か……

 他の乗客に迷惑がかかるから、とりあえず黙らせないとな。


「うるさいぞ。俺が暇つぶしにつきあってやるから、静かにしろ」


「じゃあ面白い話してください」


「面白い話?」


「時間を忘れて聴き入っちゃうくらいの超面白い話をお願いします」


 うわ、この弟子めっちゃハードル上げてくるじゃん。師匠としての面子を保つためにここは面白い話をしないとな。


「それじゃあ、人間には自由意志が存在するかどうかって話をしようか」


「じゆーいし?」


「自由意志ってのはな人間には、何からも影響を受けずに、『何かを成そうとする気持ちや考え』を自由に生み出す能力がある、とする仮説だよ」


「へえ、面白そうですね!」


 よし、食いついてきたな。馬車が目的地に着くまで、この話題でどうにか間を持たせよう。


「お前は人間に自由意志が存在すると思うか?」


「当たり前じゃないですか。私達は日頃から色んなことを自分で選択してきているでしょう?」


 予想通りの反応だな。お陰で俺も話を展開させやすいよ。


「果たして本当にそうかな? お前は今日のクエストに持っていく昼飯として塩むすびを買ったな。それはお前が自らの意志で選んだ物か?」


「そうですよ。私が自分の意志で選んで買いました。誰かに命令されたりしてませんよ」


「ふむふむ。ではどうして塩むすびを選んだんだ? 梅干しとかツナマヨとかもっと美味しそうなのが色々あったろ」


「それはお小遣いをほとんど使い切ってしまったからですよ。塩むすびが一番安いんです!」


 それじゃあここで決め台詞を言うか。格好良くビシッと決めてやるぜ。


「つまり『お金が無いという状況』がお前に塩むすびを買わせたんだ。それはお前自身の意志ではない!」


 決まったな。これでジェシカも俺のことを立派な師匠として崇め讃えるだろう。


「う〜ん……」


 あれ? あんまりピンときてない感じか。ならもう一つくらい例え話をしてやるか。


「今日、出かける前にお前はコーヒーを飲んでいたな。それはお前自身の意志による選択か?」


「そうです。多分……」


 ジェシカは自信無さげに言う。だんだんと俺のペースに飲まれているのがわかる。このまま畳みかけるぞ。


「じゃあどうしてコーヒーを飲んだ?」


「眠くて仕方なかったんですよ。クエストに行くのに眠かったら集中できないので眠気覚ましに飲みました」


「つまりそれは『クエストに行く前なのに眠いという状況』がお前にコーヒーを飲ませた訳だ。お前自身の意志による選択ではない」


「おお〜、なんとなくわかりました! 師匠って難しいこと知ってるんですね。尊敬します!」


 仕事してないと時間が有り余ってて暇だからな。人間は暇を極めると最終的には哲学に走るようだ。視覚から余計な情報が入ってこないから、思考することに没頭できたというのもあるな。


「結局、人間の自由意志は存在しないってことで良いんですか?」


「いいや、そうとも言い切れない」


「どういうことですか?」


「哲学ってのはな、そんな簡単に単純に結論を出せる物じゃないんだよ。目的地に着くまでの残り時間、じっくり考えてみるんだな」


「わかりました!」


 正直、俺も少し囓っただけでそこまで哲学に詳しい訳じゃないよ。だが、ジェシカを黙らせることができたのでとりあえず作戦成功だろう。このまま目的地まで静かにしていてくれるといいが。 

 そんなことを考えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。

 


 



 

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