第10話 二匹のニート

 ジェシカと一緒に暮らすようになってから一ヶ月が経った。彼女とは寝食を共にするうちにけっこう仲良くなれた。今は一緒に異世界から伝わったボードゲームをやって遊んでる。目が見えなくても駒をどう動かすか宣言すれば、ボードゲームで遊ぶことは可能なのだ。


「う〜ん、3三桂で。王手だぜ!」


「え〜、そういうことしちゃいます? 2六玉で」


「そんじゃ2五金打」


「参りました……」

 

「よっしゃ勝ったー!」 


 ギリギリの戦いだったが何とか勝てた。ジェシカと俺は同じくらいの強さだから勝負していて面白い。ここまでの戦績は三勝三敗、マジの接戦だ。


「それじゃあ次の一戦で決着をつけようか」


「負けませんよー!」


「あなた達、ゲームはそこまでです!」


 セシリアが突然、テーブルに置かれたボードゲームを没収した。そういえば今日は仕事休みなんだっけか?


「おい、返せよ!」


「返しません! あなた達、あの時スライム討伐に行った時以来、一度もクエストに行ってませんよね」


 まーた始まったよ。セシリアのブチ切れタイム。退屈過ぎてジェシカもあくびしちゃってるぞ。


「いつも言ってるだろ? この前のクエストで俺達は死にかけたの。だから今はクエストに行くよりも、強いモンスターに勝てるように修行する時期なんだよ」


「じゃあさっさと修行してくださいよ! 二人とも、この一ヶ月ずっと遊んでばかりじゃないですか!」


「遊んでいる訳じゃないぞ。将棋っていうのは頭を鍛えるには最適の方法なんだよ。戦闘において大切なのはパワーじゃなくて頭脳だぞ」


「それっぽいこと言って誤魔化そうとしたって無駄ですよ!」


 延々と続くセシリアの説教を聞いていると、ジェシカが俺の袖を引っ張ってきた。


「どうした?」


「師匠、寝室に戻りましょう。そろそろ睡眠して英気を養う修行の時間です」


「もうそんな時間か。そういうことだから、じゃあなセシリア!」


 流石は我が愛弟子! 完璧なタイミングで俺を説教から救いだしてくれた。さて、寝るか。


「まだお昼ですよね!」


「英気を養うのに昼も夜もないんだよ」


「屁理屈こねてないでさっさと働いてくれませんか? 手取り二十五万でニートを二人養うってすごいきついんですよ!」


 セシリアの手取りは二十五万だったのか。二十代前半でそれはけっこう高いな。流石は公務員。


「しゃーない。そろそろ働いてきたるわ」


「本当ですか?」


「おう。俺はやる時はやる男だぜ!」


「かっこいい……」


 セシリアのやつ、俺に惚れ惚れしてるな。ここは好感度稼ぎのためにも、サクッとクエストに行ってきますかね。


「え〜、師匠。私、働きたくないです〜」


 ジェシカは真面目な働き者だったはずだが、俺と暮らしているうちにだんだんと俺そっくりになってきた。弟子は師匠の背中を見て順調に育ってるな。


「今月のお小遣い無くなっちゃったんだろ? そろそろ稼ぎにいこうぜ」


「うぃ〜」


「行ってらっしゃーい!」


 ダルそうにするジェシカを引きずりながら俺はギルドに向かった。











「師匠、やっぱり帰りませんか?」


「何言ってるんだ。もうギルド着いたぞ」


 ここ最近はジェシカに手を引いてもらいながら、頻繁に街を散歩していた。お陰でセシリアの自宅周辺は何も見ないでも移動できるようになった。自分の視覚以外の感覚がどんどん鍛えられている気がする。


「モンスターと戦っても、またどうせボコボコにされますってー」


「今回はどんな雑魚でもできそうな簡単そうなクエストを探そうぜ」


 俺はジェシカを引き連れてギルドの扉を開く。中に入りそのままカウンターに向かう。


「超簡単なクエストを探してるんですが」


「この辺のクエストが低難易度でおすすめですよ」


「ありがとうございます」


 受付嬢からクエスト内容が書いてある紙の束を受け取る。当然読めないので、ジェシカに渡して読んでもらう。


「モンスターとは戦いたくないので採取クエストなんてどうですか?」


「雑魚モンスターは爆破で倒してもコアが消えちゃうし、採取で稼ぐのが一番か。どんなのがある?」


「きのこ狩りなんてどうでしょう? 手に入れたきのこのうちの一つは報酬としてもらえるらしいですよ」


「えー、きのこよりたけのこだろ」


「たけのこ狩りのクエストもありますね。でも絶対きのこです!」


 きのこたけのこ論争が始まってしまったか。政治、宗教、そしてきのこたけのこ論争は一度始まるとどんどん泥沼の戦いになっていく。こんなところで時間を無駄にする訳にはいかない。


「ここは腕相撲で決着をつけようぜ!」


「嫌ですよ! 私、絶対に負けますもん」


 ちぇっ。自分に有利な勝負で勝とうと思ったが、こいつもそこまで馬鹿じゃないか。


「じゃあコイントスでどうだ。表が出たらきのこ、裏が出たらたけのこな」


「わかりました。それならOKです」


「受付嬢さん、不正が無いようにあんたがコイントスしてくれるか?」


「かしこまりました」


 受付嬢は俺からコインを受け取ると、指で弾いてコイントスをする。チャリンと地面に着地した音が聞こえてくる。


「裏ですね」  


「よっしゃー!」


「負けちゃいました……」


「正々堂々戦って決まったことだ。文句は無いな?」


「はい……たけのこ狩りに行きましょう」


 こうして俺達の初めての採取クエストはたけのこ狩りに決まった。裏が出る確率が八割のコインを使っていたのはジェシカには内緒だ。



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