第8話 弟子ができました

 必死に走り続け、どうにか街まで逃げ……じゃなくて、戦略的撤退に成功した。


「ぜぇぜぇぜぇ……危うく死ぬところだったわ」


「一生分の体力を使いきりました。私もう動けません……」


 バタっと、ジェシカが地面に倒れ込む音が聞こえる。俺は彼女の体を揺すり、必死に呼びかけるも応答が無い。

 爆破ダメージに加えてここまでのダッシュで体に限界がきたか。このままだと死んでしまう。それだけはどうにか避けなくては。俺のせいで女の子が死んだりしたら、めちゃめちゃ後味が悪いし。


「誰か! この中に回復魔法を使える方はいらっしゃいませんか?」


 周囲の通行人に向けて必死に叫ぶ。頼む誰か来てくれ。この子を死なせないでくれ。頼む頼む頼む頼む……


「どないしました?」


 来たぁーー! 祈りが通じたぞ!


「見ての通りこの子、今にも死にそうなんです。回復してやってくれませんか?」


「回復ならお安い御用ですわ。何しろ僧侶やからなあ。せやけど、タダという訳にはいきまへんで」


 けちな野郎だなあ。僧侶なんだから無料で回復くらいしてくれよ。だが相手の機嫌を損ねる訳にはいかないな。ここは下手に出ないと。


「お幾らくらいですか?」  


「特別価格で一万ゴールドや!」


 たっか! ぼったくりにも程があるだろうよ。でも他の僧侶を探す時間も無いし……こいつに頼むしかないか。


「これが俺の全財産です。どうかこれで回復してやってくれませんか?」


「七千ゴールドか……仕方ない、今回だけおまけしてやるで!」


「本当ですか? ありがとうございます!」


 最悪だ。今月分のお小遣いが全部消えたよ。後でセシリアに追加のお小遣いを要求してみよ。


「じゃあ準備するんで、待っとってくださいや」


 僧侶のおっさんが地面にチョークを走らせる音が聞こえてくる。恐らく魔法陣を描いているのだろう。魔法を使うには魔法陣を描いたり、呪文を詠唱したりと色々複雑な手順があるのだ。メラとかギラとか叫ぶだけで炎が出る程、世の中は甘くない。


「準備は整いましたわ。ほな、行くで〜!」


 おっさんは大きく息を吸い込んだ。こいつすげえ口臭いな。ちゃんと歯磨きしてる?


「ヒール!」


 何だよこの親父。俺から全財産奪っておいて最下級の回復魔法しか使えないのかよ。これでジェシカが完全に回復してくれると良いんだが。


「ん〜、おはようございます」


「ジェシカ! 体調はどうだ?」


「何ともないです。超元気です!」


「良かった〜」


 心の底から安堵した俺は、全身の力が抜けて地面に座り込んでしまった。


「ちゃんと回復したみたいやな。ほな、私はここで失礼しますでー」


 あのおっさん、胡散臭いけどちゃんと仕事はしてくれたな。一応感謝しとこ。


「元気になったみたいで良かったよ。俺のせいで、本当にごめんな」


「いえいえ気にしてないです!」


「そっか。それじゃあ、さようなら! いつかまたどこかで会ったら、その時はよろしく頼むな!」


 さて、いったんギルドに戻らないとな。一つしか無いが、スライムのコアを換金しよう。


「待ってください!」


「ん?」


「お別れなんですか?」


「そりゃそうだろう。もうクエストは終わったんだから、俺達の関係もここまでだ」


「これからもずっと、パーティを組みましょうよ! 一緒に冒険しましょうよ!」


「いやぁ、それはその……」


 正直、こんな雑魚勇者連れてったところで足手まといなんだよな。俺一人で白杖振り回してた方がまだ強い。


「お願いです、捨てないでください! 家族と死別して頼れる人は誰もいないし、家賃を払えなくて住む場所も無いんです!」

 

「そりゃ気の毒だが、俺にはどうにもできんよ」


 俺だって居候の身だからな。この子を養ってやれる程の余裕は無い。


「住む場所と食べ物さえ与えてくれればタダ働きします! 何でもします!」


「今何でもするって言ったよね?」


「はい!」


「でも無理だわ。他を当たってくれ」


「そんな……ううっ……」


 ヤバいヤバい。泣きだしちゃったよ。周りの人達がヒソヒソ声で俺の悪口を言ってるのがよーく聞こえる。冷たい視線もグッサリだ。


「わかったよ。正式にパーティを組もう!」


「本当ですか!? やったあ!」


 さっきまで泣いていたとは思えない程、明るい声だな。きっと守りたくなるような笑顔してるんだろうな。後でセシリアに、居候を一人増やしてもらえるように交渉しよう。


「正式な仲間として、これからもよろしくお願いしますね!」


「おう!」


 俺達は固い握手を交わした。目の見えない賢者と全体的にポンコツな勇者、不安しか無いパーティメンバーだが俺達ならどこへでも行ける気がしてきた。何の根拠も無いがな。


「そういえばお前の顔って可愛い?」


「へ?」


「お前の顔は可愛いかって聞いてるんだ。顔の可愛さは異性とパーティを組むうえで最重要項目だ」


「自分ではよくわかりませんが、友達には可愛いってよく言われてましたよ。でもダンテさん、さっき爆撃した時に私の顔見てませんでした?」


「遠くからチラッと見ただけだから確信が持てなかったんだよ」


「じゃあじっくりと見てみますか?」


「そりゃ駄目だ。お前の顔がふっ飛んで、首無し勇者になるぞ」


「首無し勇者は嫌ですね……」


「だろ?」


「じゃあ私、ダンテさんに顔を見られても大丈夫なようにトレーニングしますね! 爆撃にも耐えられる肉体を手に入れてみせます!」


 こんな弱い子が爆撃に耐えられる程の肉体って無理だろうよ。でも健気で可愛いな。


「よし、俺がお前のことを鍛えてやる! 今日から俺のことを師匠と呼べ!」


「はい! 師匠!」


 師匠……良い響きだな。遂に俺にも弟子ができたって訳だ。

 

「お前を鍛えると同時に俺自身も強くならないといけないな。俺は心眼を手に入れて、お前の顔をじっくりと見てやるよ」


「私が肉体を強化する方が先です!」


「なら競争するか!」


「師匠には負けませんよ〜!」


 俺は心眼を手に入れるため、ジェシカは強靭な肉体を手に入れるため、お互いに鍛錬を積むことを誓いあった。





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