藤乃の意見 その一
自宅に戻ると自室には藤乃ちゃんがきていた。藤乃ちゃんは住み込みの使用人の娘で数え年10歳になる女の子だ。私によく懐いており、よく自室に遊びに来る。私にとっては妹のような存在だ。昼は尋常小学校に通っているが、あまり友達はいないようでいつも一人で過ごしている。
「宮姉さま、こんばんは。お仕事ご苦労様です」
「いらっしゃい藤乃ちゃん。学校はどう、楽しい」
「あんまりかな。勉強は嫌いじゃないけど。男の子たちがうるさくて嫌い」
「まあ10歳くらいの男の子なんて、みんな乱暴よね」
藤乃ちゃんは同じ年ごろの子供と比べてかなり大人びている。同級生の男の子など粗暴の塊にしか見えないのだろう。そして私の仕事にも興味を持っている。
「宮姉さまの今度の事件はどんなものなの」
「そうね、記事になるかどうかは判らないけど、ある華族の家の殺人事件よ」
「探偵小説みたいですね。教えてくれますか」
藤乃ちゃんは好奇心が強い。それに私は雑誌記者であり、何かと世間の話題になることを記事にすることが多いので藤乃ちゃんは何かと仕事の事を聞いてくる。私は手帳をもとに事件のあらましと今日訪れた「立花 和江」「佐々木 蔵央」の話をしてみた。
「宮姉さま、佐々木蔵央の話は信じるの。魔法なんて本当に存在するの」
「まあ話半分に聞いてはいるわね。実際に千家昭三の首には佐々木が主張する呪いの痕跡らしき痣があったわけだから」
「そう。この事件はそもそも殺人なのかはわからないですね。宮姉さまは殺人だと思っているのでしょう」
「そうね、今のところ私の勘でしかないけど」
「私はやっぱり自殺だと思う。でも自殺なら、自殺に至る動機というものがあるのでしょう。今のところ、自殺に至る理由がわからないですね」
「そうね。千家昭三の心理状態は判らないけど、世間の印象から考えるとどうしても自殺には思えないのよね。人間の心なんてわからないけど、調べた限りでは自殺するまでに追い込まれる動機が無いのよね。まあ千家昭三の事はまだまだ分からないから、おいおい調査していくけど」
「千家昭三には息子さん以外には家族はいなかったのかな。例えば身内の誰かに相談するとか、そういった事は無かったのかしら」
「今のところ身内らしき存在はいないわね。妹がいたらしいのだけど、かなり昔に病死している。今回の件には関係ないのではないかな。そもそも人に弱みを見せるような人間には思えないわ」
「例えばお妾さんがいたとか。お金持ちだったのでしょう。そういう女の人がいてもおかしくないのではないですか。そういう人が内緒で子供を産んだりする可能性もあるじゃないかな。それで何か問題になったとか。それと千家晃さんとの関係はどうだったのかな。一人息子でしょう。お金持ちなんだもの隠し子がいて、それが問題になったりしているかも。千家晃さんの母親は判っているのでしょうか」
「ええ、聞いた限りでは何とも言えないかな。跡取りは彼しかいないことになっているわ、親子関係は特に悪くなかったようね。大切にはしていたらしいのだけど、商売というか教育に関してはかなり厳しい態度をとっていたみたい。厳しい教育のおかげか、家を継いでも商売は上手くいっているようね。千家晃の母親は芸者らしいわ。すでに病死しているらしいのよ。千家晃は現在38歳で結婚もしているわ。娘が一人いて、どうやら跡取りの婿養子をとるようよ。そういえば婚約発表する催しの話がきていたはずね」
「ふーん、こっそり調べる良い機会になりませんか。忍君ならやってくれそうだけど」
「まあ、忍ならできそうだけど、ただ家の中をこっそり調べるにしても何か目星とか当てが無いと調べようがないからね。そういえば藤乃ちゃんは忍に会ったことあるの」
「直接会ったことは無いですね。宮姉さまの話で良く出てくるから、何でもできる人だと思っているのだけど」
「忍は人が良いけど、藤乃ちゃんが思うような何でもできる頼れる人間じゃないわ」
「そうなのですか。まあ忍さんはともかく、千家昭三と千家男爵家の過去を調べるのが良いと思います」
「そうね、私もそう思うわ。警察の資料から何か出てくるとよいのだけど」
「とにかく千家昭三さんの血筋は重要だと思うな。千家男爵家の血を引いているかは重要な意味があると思います」
「そう。まぁ千家晃以外に千家家の血を引く人間がいたら問題になるかもね」
「他にも意味はありますけど」
「なに、どういう事、それ」
藤乃ちゃんは微笑んでいるだけで結局答えなかった。
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