第2章.佐々木蔵央の証言(男性 自称80歳 自称魔術師 1925年9月25日16:30)

 最初に宣言しておこう。千家昭三を殺したのは我だ。簡単な話だ。我が修めた呪術を使えば人間一人呪殺する事なぞ容易いことである。もっと正確に言おう。千家昭三は我にかけられた呪術による死の恐怖と苦痛に耐えきれなくて自殺したのである。もっとも後数日で我が呪の完成によって死んでいたのだ。些細な問題である。

我が一族は明治以前より欧州の魔術を研究する一派であった。錬金術に始まり魔女術、数秘術などを研究していた。我も欧州に渡り本場の魔術を身に付けたのだよ。日本帝国は開国以降、欧米の文化が流入し科学万能の時代になったなどと浮かれているが、我に言わせれば科学は世界の真実の一側面を映し出しているに過ぎない。日本にも修験道や陰陽道など古来より伝わる神秘が存在した。今の世はそれを忘れて偏った価値観に引きずられ世界の真実から目を背けている。世界の真実は相対的なものであり、一つの価値観を絶対視しては本質を見誤る。

 我は守護天使の力を源にする白魔術と契約悪魔の力を源にする黒魔術の両方を扱うことができる。我は日本でも屈指の神秘の使い手であると自負しているが蒙昧なる民草に我が魔術を見せることはなかった。2年ほど前になるが安田という探偵が我の元を訪ねてきた。そして我の力の一端を見せてほしいと懇願してきたのだよ。我の魔術は本来ならば見世物などにすることは無いのだが、安田はそれなりの「誠意」を見せたので特別に見せてやった。空中浮遊の術だ。この程度の魔術は見習い魔女でも簡単にこなせるのだが、神秘を知らない蒙昧な輩には特別に見えたのであろう。安田はその後も何度か我の元を訪ね、他の魔術を見せたのだが、科学者と名乗る蒙昧どもや手品師などの詐欺師たちを引き連れてやってくることもあった。その度に我が魔術を奴らの言う「科学的な」見地から見破ろうとしたり、詐欺師どもが使う「トリック」の有無を調べたりしていたのだ。非常に無礼な行いだったが結局は我が神秘の力の偉大さを証明する事しかできなかったようだ。

 安田との付き合いをそろそろ考え直さねばならないと考えるようになったころ、安田は自分のパトロンに会わせたいと言ってきた。もちろん「誠意」を見せたうえだが。安田のパトロンは神秘の存在を探求していたらしく、我のように本物の神秘の使い手を探していたようだ。思うところはあったがこの国ではなかなか神秘というものを理解できる人間が少ないのでとりあえず千家昭三がどんな人間か見てやろうと会ってみることにした。

 浅草の屋敷で会ったのだが、最初はさして関心を持っているようではなかったが、魔術の一端を見せると態度は変わっていった。千家昭三は最初、魔術の存在を疑っていたようだがそれまでの科学者やら詐欺師どもの報告を受けていたらしく、次第に神秘の存在を受け入れるようになっていった。そのうち我にあれこれ指図するようになった。魔術という神秘は偉大な力であるが、万能ではない。それなりに理屈や手順、条件がある。できることとできないことがあるのである。我のような実力者になれば大抵の注文を聞くことができたが、最後に死んだ人間の霊を呼び出すことができるかと言ってきた。交霊の魔術自体はできるので可能だと答えた。魔術にはいろいろと系統があるので一概には言えないが我の交霊術は我の肉体に霊を憑依させるという形式をとっている。イタコに近いな。霊を召喚している間は我の感覚は麻痺し、何を話したかわからなくなるという欠点がある。そのことを話しても、なおやってほしいと懇願してきたのでやって見せた。呼びだしたい霊は「秋口 光」という人物だった。日露戦争で死んだ知り合いらしい。深くは詮索しなかったが召喚には触媒が必要となる。具体的には呼び出したい霊と縁が深い物品が必要になるのだ。千家昭三は論文のような書類と万年筆、写真などを持ち出してきた。写真は二人の若い男と若い女が写っていた。男の片方は若いころの千家昭三だった。20歳くらいに見えたな。「秋口 光」はもう片方の男だった。女については何も言わなかった。

成功するかどうかは怪しかったが術を掛けてみた。術は成功した。成功したが、どうやら千家昭三の期待に応えるものではなかったようだ。術を終え、意識を取り戻した私が最初に聞いた言葉は罵声だった。千家昭三は愚かにも我を詐欺師呼ばわりし、罵倒したのだった。そして魔術を否定し、屋敷から追い出された。

無知蒙昧な輩を相手にしてきたことは多々あったがさすがに頭にきたので、奴に黒魔術で呪いをかけてやることにした。体が徐々に壊死していく呪いだ。安田を通じて謝罪と誠意を見せないと殺すぞと警告してやった。だが以降、安田から連絡はなくなった。どうやら命がいらない様であったので呪いはそのまま放置した。千家昭三に黒い星型の痣があっただろう。それが呪いの発現した証だ。そこから徐々に壊死していくのである。あの男が頭を下げれば解除してやるつもりであったが、奴は受け入れなかったのだろうな。結局は死んだわけだ。我と千家昭三の関りはそれだけだ。やはり付き合いというものは慎重にやらないといけない。愚か者に付き合うのは時間の無駄だった。

 7月31日の夜、どこにいたかだと。いやこの家にいて瞑想にふけっていた。一日中だ。訪問客もいなかったから集中できた。修行の手を抜くと術の精度が下がるのでな。最初に行ったが千家昭三を殺したのは我だ。そこは認めよう。だが誰も我を拘束することはできない。事件の事で警察の連中もやってきたが「丁重に」お帰り頂いた。


「なかなか個性的な人間でしたね。よくあんな人に面会の約束取り付けられましたね」

「鷹司家の人脈を甘く見ない事ね。本人の話でも合ったけど、彼の処にも警察はいっているわね。まあ報告書では問題無しの一点張りになっていたみたいだけど。ちゃんと調査されていたかは怪しいわね。あの人物の情報は警察もたぶん把握していないと思う。魔術云々はともかく、ここに来た甲斐はあったわ。新しい人物が出てきた。『秋口 光』ね、20歳前後くらいということは千家昭三が大学生だったころね」

「あぁ大学卒業していたんですね」

「そう、東京帝国大学、医学部だったらしいわ」

「ぜんぜん商売と関係ないじゃないですが。もっと経済学とか法律とかだと思っていました。よくそんな進学が認められましたね」

「大学進学はあくまで箔をつけるための手段だったと思うけど。若き日の千家昭三が何を考えていたかはわからないわ。若い頃から付き合いがある人間がほとんどいないのよ。卒業すると暫く国立の医療研究機関に勤務していたみたいだけど、数年で家業を継ぐ道に進んだ……らしいわ」

「なんだ、結構わからないことは多いようですね」

「震災の影響ね。千家男爵本家は全焼こそしなかったけど、やはり火災に見舞われていたらしく、屋敷の何割かは焼失しているの。焼失した中には昭三の部屋や物置も含まれていて彼の経歴に関する情報もなくなっているのよ」

「佐々木と千家昭三の会合は数か月前と仮定すると浅草の屋敷に写真が残っているかもしれませんね。写真の人物、ええと秋口光は同級生か大学内の知り合いじゃないんですかね。女性の方はわかりませんが、それなりに親しい人物であったということですよね。日露戦争で亡くなったそうですが、名前だけで調べられるでしょうか」

「できると思う……、また鷹司家の威光を使うことになるけど」

「本家の影響力はすごいですね。そういえば千家昭三の遺体には星型の痣の様なものがありましたね。やっぱり呪殺云々の下りは本当なのでしょうか」

「断言できないわね。遺体の情報は公にされていないから、佐々木がその情報を知っている可能性は低いと思う。もっとも調査に来た警察が漏らしてしまった可能性もあるわね」

「そういえば、また安田何某氏も出てきましたね。探偵だったのか。こちらも調べるべきでしょうね。千家昭三に関する重要な情報を持っているはずです。警察は調べていないんですかね」

「そう思って警察にある捜査情報を見せるように手配したわ」

「え、本当ですか」

「ええ、だから次の調査は警察資料をあたることになるわね」

「警察の資料って僕たち見ることできるんですか。流石、鷹司家ですね」

「担当刑事には話がついているから、明日行ってみましょう」

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