わんこに嫌われてるのは?

 *



「兄ちゃーん。なんか変だと思わない? なんで今日はコロコロコロッケ、吠えなかったのかな?」


 その夜。自宅で晩食。今日のおかずはコロッケなり。コロッケと唐揚げね。猛は肉がないとさわぐから。


「えっ? 知らないよ。犬なんだから、気分だろ?」

「そうかなぁ? 犬って気に入らない人に吠えるんだよね? だったら、その日だけ無視なんてことあるかな?」

「ないだろうな。動物は一回嫌いになった人間のことは、ずっと嫌いだから」

「うーん。じゃあ、なんでだろう?」


 猛は唐揚げをひと口で頬ばり、むしゃむしゃと咀嚼そしゃくしながら思案する。それにしても、デッカい口だ。口デカイ系外国人タイプのイケメン。


「もしかして、かーくん」

「うん?」

「その犬、おまえに吠えてたんじゃないのかも?」

「えっ? でも、いつも僕の顔見てたよ?」

「ほんとにそうだったか?」

「そう言われると、自信が……」


 うーん。どうだったかな?

 でも、僕じゃないとしたら、いったい誰に?

 この場合、当然ながら、飼いぬしのおじいさんは除外される。だって、ふつうにつれて歩いてたし。


「ああっ、わかったー! 僕じゃないなら、猛だよ。前に吠えたときは、兄ちゃんがいっしょだった」

「おれ? でも、兄ちゃんはいっつもいっしょなわけじゃないだろ? 今日もだけど、昨日もいなかった」

「あっ、そうか」


 たしかに、そう言われるとそうだ。昨日もコロッケは吠えたもんな。ということは、猛でもない。


 猛はまた一つ唐揚げをパクつく。飲み物じゃないんだからね。もっと味わって食べてよ。


「兄ちゃん。コロッケも食いなよね」

「コロッケは女の食い物だ」

「ぎゃー! 今どき、そういうのセクハラだから!」

「えっ? セクハラじゃないだろ? コロッケだぞ?」

「コロッケ差別反対!」


 あっ、失礼。わが家の食卓はいつもこのくらい、にぎやかなんで。


「状況をくわしく話してみ」と、とつぜん、わが兄は真顔になった。


「うん」


 言われたとおり、僕はここ数日の公園での状況を思いだして語る。


「えーと、だから、猛に荷物持たせて。トイレの前にコロッケがいて。僕を見て吠えて。それで、おじいさんが出てきて、コロッケを叱って去っていった」


 すると、猛は断言した。


「いや、違うね」

「えっ?」

「かーくん。おまえは大事なことを忘れてるよ」

「そうかな?」

「もう一人いたじゃないか」

「もう一人?」


 誰? オバケ?


「タクシーの運転手だよ」

「ああー!」


 そうだった。いたね。いつも僕よりちょっと前に来てて、入れかわりで出ていく運転手さん。


「そうか。コロッケはあの人にむかって吠えてたのか」


 よかった。僕じゃなくて。

 謎は解けた。

 公園わんこ事件解決!

 と思ってたら、猛が唐揚げ三個、立て続けにバクバクしながら考えこむ。


「問題は、なんで吠えられるのか、だよ」

「そうかな? 単に以前、からかったとか、イタズラしたとか、犬嫌いとかじゃないの?」


「違うね。あの運転手、コロッケの前を通るとき、怖がってる感じじゃなかった。それに、この前なんか、ふつうに頭なでてたぞ」


「えっ? いつ?」

「かーくんは見てなかったかもな。兄ちゃんにカバン渡してたときだ」


「ふうん。じゃあ、逆にコロッケに好かれてて、運転手さんにもっとかまってほしかった」

「それにしては鼻を近づけて、やけに匂いを気にしてたんだよな」


「まあ、いいよ。僕に吠えてるんじゃないってわかったからさ」

「いや。これは大事件だ。人命にかかわるかもしれない」


 猛はやけに神妙な顔だ。ポイッと唐揚げ、デッカい口にほうりこみながらね。

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