〇〇

 ――ショコラくん、私はあなたに何が出来たのかな?


 あなたへの手紙を書こうとしましたが、思い出はあふれるのに、

 なかなか筆が進みません。


 あなたがいた日々が当たり前で、台所に伏せたままのお皿を見て、

 ショコラがいないことを、初めて実感しました。


 ちっちゃな身体に似合わず食いしん坊でしたね。

 お父さんが太ったあなたを抱っこして、

 口癖みたいに言ってたことを昨日のように思い出します。


「ショコラは一リットルのペットボトルみたいだな、

 見た目は軽そうに見えても、持ち上げるとずっしり重い、

 だからペットボトルけんだ」


 そう言って、みんなで笑い合いました、あなたはそれを見て

 言葉が分かるみたいに、しっぽをピコピコ振りました。


 あなたが居なくなったリビングは、何だかとても広く感じます。

 いつもの場所に置かれた、丸い座布団がお気に入りでした、

 昼間はいつもそこがお昼寝の定位置。


 ぴょんと飛び乗ってそのまま熟睡じゅくすい、その寝顔はまるで天使みたいでした。

 歳をとり、足腰の弱ったあなたは、座布団の端を前足で引っ掻いていて、

 私が抱えてあげると、真っ白な瞳でこちらをじっと見てくれました、

 そのころは白内障はくないしょうで、ほとんど目は見えていないはずなのに。


 ――ショコラくん、私と初めて会った日のこと、おぼえてますか?


『……お母さん、私この子がいいな』


 あなたに初めて会ったのは、ペットショップでした。

 中央にあるワンちゃんやネコちゃんが、入れられたウインドウの中ではなく、

 入り口近くのケージに、ぽつんと入れられていましたね。


 あなたは元気がなさそうに見えた、店中にいる他のワンちゃんは

 愛嬌を振りまきながら、せわしなく動き回っていたのに。


 だけど私が抱っこして、あなたのしっぽに触れた途端

 すごく元気になってくれて、とっても嬉しかったんだ……。


『ショコラくんは、今日から家族なんだから!!』


 その日からあなたは我が家の一員になった。


 そうだ、お隣の赤星拓也あかぼしたくやくんに言われたんだ。


『真奈美とショコラは本当の兄妹みたいだな……』って。


 その通りだね、ショコラは私にとって弟でもあり、お兄さんでもあり、

 お父さんでもあり、おじいちゃんでもあったんだ。


 あなたのほうが、私より流れる時間が何倍も早いから、

 中学三年生の私をあっという間に追い越しました。

 すっかり足腰が弱くなり、おじいちゃんなショコラだけど、

 イケメンのあなたは、人間に例えるとイケおじなルックスでしたよ。


 変わらないのは黒々とした毛並みの色と、しっぽの手触りでした。

 同じトイプードルの飼い主さんが、驚くほどでした、

 散歩で出会う度にショコラくんは、いつみても黒々として色落ちしないね、と。


 お友達の名前はレオンくんでしたね、笑えたのが両方ともオスなのに、

 あなたはレオンくんに好かれていて、まるでワンちゃんのBL状態。

 素っ気ないあなたは、いつもツンデレな王子様みたい!

 飼い主さんと良く笑いあいました。


 ――ショコラくん、私はあなたに何か与えられたのかな?


 いつも触らせてもらっただけじゃなく、

 あなたには幸せのギフトを、いっぱい貰いました……。


 あなたがいなくなって、初めて気付くなんて遅すぎですよね。

 家族の中心にあなたがいたこと、お父さんが会社から帰ってきて真っ先に聞くのは

 あなたのこと、わたしが学校から帰ってきて最初にすることはあなたの水やり、

 ご飯係のお母さんは、あなたも一目置く存在でした。

 私とお父さんがこんなに可愛がるのに、ご飯を貰えるからリビングでは、

 いつもお母さんの後ろを、金魚のフンみたいについてまわって。


 ふふっ、筆が進まないなんて嘘です、あなたとの思い出には限りがありません。

 だけど悲しみにふたをしなければ、苦しくて悲しくて……。


 映画を見たり小説を読んで、感動のあまり泣くことは今までもありました、

 でも、それは嘘だと今回のことではっきりと分かりました。

 底が抜けたような悲しみに直面すると、すぐに涙が出ません、

 辛い気持ちを遮断してしまうように……。

 そうでないと、潰されてしまうような強烈な悲しみが襲ってくるからです。

 あなたが天国に召されて数日後、自分の部屋でお気に入りだった

 毛布を手に取ったとき、懐かしい匂いを偶然、嗅ぎました。


 その瞬間、私はこらえていたものが溢れ、声を上げて泣きました、

 身体のどこに、そんな水分があったのか驚くほど泣き続けました。


 やっと手紙を書けるくらい、落ち着いて来ましたけど、

 まだ本調子には戻りません、部屋から見かける散歩中のワンちゃんや、

 あなたに笑われるかもしれないけど、トイプードルの絵を見ただけで、

 涙が出そうになります。駄目ですよね、こんな弱い私。

 でも決めたんです、天国のあなたに安心して貰えるように、

 今日限りで涙はやめます……。


 だけど安心してください、ショコラの代わりなんていないけど、

 私のことを親身に考えてくれる男の子がいます。

 私もショコラを愛したのと同じくらい、その人のことを大切に想ってます、

 まだ彼と、顔を合わす勇気は出ないけど……。


 ――ショコラくん、私はあなたと出会えて本当によかった。


 ずっと先になるかもしれないけど、私が天国に行ったとき、

 また一緒にお散歩してください、

 そしてあなたのをぎゅっ、と握れたら嬉しいな。


 私の家族でいてくれてありがとね、ショコラ……。


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