最終話 さようならおっさん!?
「あなたの呪い、解いてあげる」
ある日。
学校の屋上に呼び出された俺に待っていたのは、神楽の衝撃的な一言だった。
「の、呪いって、なんだよ!?」
「ごめんなさい。実はあなたが氷見さんのことおじさんに見えていたのは、私の"黒魔術"のせいだったの」
「う、嘘だろ!?」
俺は驚いて口をまんまるに開けた。
「本当よ」
神楽は手櫛で自らの髪を櫛ずり、遠くのほうに目をやった。
「南米の主婦が開発した魔術を実践してみたら、本当に出来たの。呪った相手が、好きな女の子のことをおっさんに見えるように」
「な、南米の主婦が開発したの!?」
何故そんな魔術(もの)を創った、南米の主婦さん。
い、いや、それよりも。
なんで。
なんで神楽は――
「なんで神楽は、俺にそんな呪いを」
俺は眉をひそめた。
「ごめんなさい。あなたたちがあまりに妬ましくて」
神楽は目を伏せた。
「見ての通り、わたし、昔から友達を作るのが苦手で。あなたや、氷見さんみたいに、クラスの人気者で、リア充で、毎日毎日ギャルゲーみたいなやりとりしてるあなたたちが」
羨ましかったの。
神楽はごめんなさい、と深く頭を下げた。
「いくら謝っても、謝り切れないよね」
そして、そのままの姿勢で、さらに懺悔を続けた。
「最初はすぐに呪いを解除する予定だったの。ほんのイタズラだったから。でもね、ここで思わぬトラブルが発生して」
「と、トラブル!?」
「そう。私まで呪いにかかっちゃったこと」
神楽は目を上げた。
「そ、そうだったのか」
俺はごくりと喉を鳴らした。
「で、でもよ。お前は呪いの解除のやり方、知ってたんだろ? なら、すぐに解けばよかったじゃねーか」
神楽はうん、と頷いた。
「うん。それはそうなんだけど、ここでもう一つ、トラブルが起きて」
「もう一つのトラブル!?」
「そう。それは」
神楽は俺を見た。
「それは、
「……は?」
言っている意味がよく分からなくて、俺は思わず顎を付き出した。
「ど、どういう意味?」
「わたしは、氷見さんがおじさんに見え始めた。そして、私は――そのおじさんのことが、すごくタイプだったの」
神楽はポッと顔を赤らめた。
「わたし、年上の男の人が好みなの。年上っていうか、もうぶっちゃけ、おっさんが好きなの。だから、おっさんと化した氷見さんのことが、本当に好きで好きで」
呪いを解きたくなくなったの。
神楽はそう言った。
「お、俺だけ解いてくれれば良かったんじゃ」
「それは出来ないの。同じ呪いにかかったら、一気に解かないといけなくて」
ごめんなさい、と神楽はもう一度、謝った。
なんということだ。
すべては神楽の仕業だったのだ。
つか。
あの汚いおっさんが好みだなんて。
世の中にはとんでもない美的感覚の人間がいるものだ。
そう言えば。
咲良は神楽からセクハラされていたけれど。
考えてみれば、おじさんに見えてるはずの咲良に、神楽がセクハラするのは。
今思うと、変な話ではあったのだ。
「それで」
全ての話を聞き終えた俺は言った。
「どうして、急にその呪いを解こうと思ったんだ」
神楽は黙りこんだ。
長い時間、口を閉じていた。
「それは」
しかし。
やがて、口を開いた。
「それは、わたし、新しく好きな人が出来たから。そして、目が覚めたの。このままじゃ、ダメだって」
「ま、マジ!?」
「……うん」
神楽は恥ずかしそうに頷いた。
「この町で喫茶店を開いてるおじさんなんだけどね。確か、『キュンキュンカフェ』って言う名前の。あそこのおじさんに、一目惚れしちゃって」
俺はずっこけた。
見事に腰からこけた。
それって――咲良の変態叔父さんじゃねーか!
「ま、まあ、なんでもいーよ」
俺は苦笑しながら立ち上がった。
「呪いを解いてくれるならなんでもいい」
そうである。
俺にとっては、それが全てだ。
「そのことなんだけど」
神楽は少し言いにくそうに言った。
「あの、実は"呪い"の解除には、一つ、副作用みたいなものがあって」
「副作用!?」
「そう。それは、もしかすると、これまでの氷見さんのこと、全て忘れてしまうかもしれない、というものなの」
「な、なんだって――!?」
「どうする? それでも、呪いを解く?」
神楽は聞いた。
俺は刹那、考えた。
咲良のことを忘れる?
これまで小さな頃から、ずっと一緒だった記憶を――!?
そんなの、嫌だ。
とっさに、そのように考えた。
それに。
最近はおっさんに見える咲良も、ちょっと可愛く見えてきていた。
中身が咲良なら、外見がおっさんでも愛せてたかもしれない。
でも。
――でも!
「考えるまでもねーだろ」
俺はふっと笑った。
やっぱり俺は、中身も外見も。
「頼むよ、神楽。俺の呪いを解いてくれ」
それに。
万が一のことがあっても。
また1から、咲良のことを好きになればいいだけの話である。
どっちに転んでも。
俺と咲良なら。
失うものなど、なにもない。
そして。
数日後――
「こーら! バカ翔平! まーた寝坊して!」
ああ。
うるさいなあ。
俺は布団のなかで、女の子の声で目を覚ました。
「ほら、早く起きなさい!」
ばさりと掛け布団がはぐられる。
「へいへい。分かったよ」
俺はむくりと起き上がり。
目の前の女の子に向かって、言った。
「おはよう、氷見さん。今日も起こしてくれて、ありがとうな」
「な、なによ、あんた。どうしたのよ、かしこまって。それに、なんでそんな呼び方を」
「どうしてもなにも、いつも起こしに来てくれてるんだよね?」
「そ、そうだけど……なに? 熱でもあるの!?」
女の子は俺のおでこに自らのおでこをこつんとつけた。
目の前に、女の子の顔がある。
息が顔にかかってしまう距離に。
美しい顔が。
そして俺は――
「なーんてな! 騙されたな、咲良!」
俺は、彼女に抱きついた。
実は昨日。
俺のほうから告白して。
俺たちは、正式に恋人になっていた。
ある意味で神楽には感謝だ。
あいつは友達を作るのが苦手とか言ってたけど。
今度また、無理矢理にでも誘って。
一緒にどこかに遊びに行こう。
その時は今回の件のおわびとして。
キュンキュンオムライスでも奢ってもらうとするか。
ともかく。
今回のトラブルのおかげで俺たちの仲は急接近した。
だから。
だから俺は、耳元で、こう囁くのだった。
「なあ、咲良。今日は学校サボってさ、一日中――」
イチャイチャしようぜ、と。
イチャラブ予定の幼馴染みがある日いきなりおっさんに見え始めたんだが俺は彼女を愛し抜けるだろうか 山田 マイク @maiku-yamada
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