第12話 メイド姿のおっさん!?
昨夜のあれはなんだったんだろうか。
俺は赤井と路上を歩きながら考えていた。
どうしてあのとき。
咲良が咲良に見えたんだろうか。
あの月夜に照らされたとき。
俺の呪いは解けたんだろうか。
きっと、そこに何かヒントがあるはすだ。
好きな女の子がおっさんに見えてしまうと言う、この悲劇を終わりにするヒントが。
昨日は満月だった。
それも、真円に近いフルムーン。
そこに何かしらの意味があるんだろうか。
月の光が、この悪夢を破る鍵を握っているんだろうか。
「お、見えてきたぜ」
ぐるぐると考えごとをしていると、赤井が先を指差しながら言った。
「あそこだろ? 氷見がアルバイトしてるって」
「バイトじゃねーって。バイトは学校で禁止されてんだから、お手伝いって言えよ」
「どっちも似たようなもんだろ」
「ちげーよ。咲良の叔父さんがカフェやってるから、手伝いに行くだけなんだから」
「へいへい。ほんとお前は氷見のことになると真面目だな」
赤井は呆れたように肩をすくめ、それから、むふふと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「しかし楽しみだな。氷見のウェイトレス姿。なんでもよ、かなりエチエチらしいじゃねーか」
「そんなの着せるわけないだろ。咲良は女子中学生だぞ」
俺ははあと息を吐いた。
そうは言っても少し心配である。
彩香の話だと、その叔父さんの経営するカフェは、結構きわどい制服を着ているらしかった。
正式なメイド喫茶ではないが、正直、かなりそれっぽいとこらしい。
よもや自分の姪にそんなコスプレをさせるとは思わないが――
俺もまだその店には行ったことがなくて。
咲良のおじさん。
かなりぶっ飛んでる人らしいので、少し緊張している。
もしも今の俺がえちえちメイドの咲良を見たら。
果たしてどう思うのか。
ドキドキしながら、俺は喫茶「キュンキュンカフェ」の入り口を開いた。
「お帰りなさいませー! ご主人様!」
「ごぶぇ!」
俺はいきなり後方にぶっ飛んだ。
店に入るなり。
えちえちメイド服姿のおっさんが出てきて、出迎えたのだ。
禿げかけの頭に大きなリボン。
三段腹がはみ出ているタイトな制服。
ヒラヒラのミニスカートから、毛むくじゃらの足がのぞいている。
汚い。
汚すぎる。
この世の悪意をグツグツと煮込んだような見た目である。
「ご主人様! どうかされましたか!?」
どうやら。
すっかり役になりきっている。
「い、いえ。別に」
俺はよろよろと立ち上がった。
予想の斜め行く破壊力だった。
しかし。
あんまり失礼な態度をとってはいけない。
俺はごほんと咳払いをした。
「えっと、お一人様ですか!?」
人差し指を立て、可愛らしい仕草で小首を傾げる。
「え? いや、二人なんだけど――」
俺は振り返った。
しかし、そこに赤井の姿は無かった。
気を利かせて入って来なかったのか?
それとも――
「じゃ、じゃあ、一人で」
「はい! それじゃあ、中にどうぞ!」
俺は席に案内された。
そして。
そこから、サービスという名の地獄が始まった。
おっさんによる「オムライス美味しくなーれ、萌え萌えキュン」サービス。
おっさんとの「ご主人たまと頬を寄せあって猫耳チェキ」サービス。
まさにこの世の地獄と呼ぶに相応しい時間だった。
「あ、あの」
すべてのサービスを終えると、俺は言った。
「こ、ここは、こういうお店なんですか」
「はいですの!」
「きょ、今日は、他のメイドさんは」
「今日は私しかおりませんですの」
「そ、そう」
「実は一度だけ、私もこういうの、やってみたかったんですの」
「そ、そうなんですか」
俺は言った。
「じゃ、じゃあ、咲良も来てないんですね?」
俺が問うと。
おっさんは急に裏声をやめ、
「あら。なんだ、キミ。咲良ちゃんのお友だちかい?」
と、野太い声を出した。
「は、はあ。今日は咲良が手伝いに来るからって聞いてて」
「なんだ、そうだったのかい! やや、こいつは失敬! 咲良ちゃんはまだ来てないよ!」
おっさんはぺしりと自分のデコを叩いた。
こんなおっさんくさい動き。
咲良はしない。
そもそも見た目も全然ちがう。
そうである。
おっさんはおっさんでも。
このおっさんは"見た目はおっさん中身は咲良"のおっさんではなく、
つまり。
咲良の叔父さんだ。
咲良の叔父さんが、えちえちなメイド服を着ているのである。
つまり。
マジモンの化け物である。
そりゃあ赤井も逃げ出すはずである。
「あははは。しかし、あれだな。咲良ちゃんの友達じゃあ、お金はとれないなあ。今日は無料でいいよ」
おっさんは笑った。
問題はそこじゃねーだろ。
そう思ったが。
俺はなんだか悲しくなって。
何も言わず、ただ、ありがとうございます、とだけ言って。
涙を流して店をあとにしたのだった。
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