第11話 おっさんとイチャラブ!?
男と女の間に。
言葉はいらない。
誰が言ってた言葉か知らないけれど。
それは本当なんだなと、そのときに思った。
初夏の夜。
暗がりに二人。
ついさっきまでそんな脈絡も前フリもなかったはずなのに。
普通に話をしてただけなのに。
俺たちの間では、色んな意思疎通が成されていた。
これからどうしようか。
抱き合うの?
触れあうの?
キスするの?
そこまで行ったら多分もう止まらないけれど。
単なる幼馴染みを越えちゃうけれど。
それでもいいの?
もう、2度と友達には戻れなくなるけど。
それでも、いい?
俺たちは無言のままに。
そんな言葉を交わしていた気がする。
そしてそれと同時に。
俺は、俺自身とも会話をしていた。
さて、これはどうするべきか。
俺は咲良が大好きだ。
どうしようもないくらいに。
気が触れてしまうくらいに。
好きだ。
けど。
今、目の前にいるのは、おっさんだ。
おっさんではないけれど。
おっさんに見えている。
俺のファーストキスを。
いや、もしかしたらそれ以上のことを。
おっさんとしても良いのだろうか。
それは咲良にとって良いことなんだろうか。
そんな風に、同時に考えていた。
しかし。
そのとき。
ふいに、咲良の身体が鈍く輝き始めた。
月光の粒子が。
彼女の身体に纏わりついているみたいにして。
咲良は光り輝き始めた。
そして――奇跡が起きた。
咲良が。
咲良に見えたのだ。
美しい黒髪。
ぱっちりと大きくて、完璧なシンメトリーの瞳。
可愛らしい唇。
すべすべの白い肌。
この世の何よりも美しい。
咲良が、そこにいた。
「……泣いてるの?」
咲良が言った。
俺は自分でも気付かない内に。
涙を流していた。
ああ、良かった。
これまでのことは、単なる夢だったんだ。
あのおっさんは、ただの悪夢だったんだ。
「嬉しいんだ」
と、俺は言った。
「咲良。今、目の前のお前が綺麗で、とても美しくて、そのことが、すげー嬉しいんだ」
俺は咲良を見つめながら言った。
「な、なに言ってんのよ」
咲良は照れたようにはにかんだ。
俺は咲良の両肩を掴んだ。
咲良は少しだけ、驚いていた。
けど。
やがて、静かに目をつむった。
俺たちに。
もう、言葉は不要だった。
俺はゆっくりと。
咲良の唇に、吸い寄せられていった――
バチンっ!
と、そのとき。
いきなり、部屋の明かりが点いた。
「ごめんねー。ブレイカー、元に戻したんだけど、大丈夫だったー?」
カーちゃんの声がした。
俺たちは、思わず、パッと離れた。
ドキドキしていた。
よく分からなかったけど。
多分、唇は触れてない。
キスは未遂に終わったわけだ。
すごく残念だったけど。
俺に後悔はなかった。
別にいいんだ。
キスなんて、これからいくらでも出来るはず。
もう悪い夢は終わったんだ。
俺と咲良のラブストーリーは。
これから始まるんだ。
そのように思いながら。
俺は咲良を見た。
そして次の瞬間。
足元から崩れ落ちた。
膝に来た。
なんで――なんで。
どうして、こんなことに。
終わったはずだろ。
さっき、目の前には天使がいたじゃないか。
俺は目をごしごしとこすって、もう一度、しっかりと目を向けた。
目の前には。
きょとんとした表情で。
小首を傾げるおっさんがいた。
「また、泣いてるの?」
咲良は言った。
俺は号泣しながら「うん。哭(な)いてる」と頷いた。
どうやら。
悪夢はまだまだ終わらないらしい。
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