第8話 おっさんどころじゃなくなってきた!?
「好き?」
俺は思わず眉を寄せた。
「す、好きってどういう意味だよ」
「好きは好きよ。他に意味なんてあるの?」
「い、いや、だから、好きにもいろいろとあるじゃんか」
「だから柳原くんと同じだってば。ラブだし、愛。わたしは彼女に惚れているの」
俺はあんぐりと口をあけた。
多分、馬鹿みたいな顔をしてたと思う。
そのくらい驚いた。
神楽は人差し指を立て、それをくるんと回した。
「要するに、わたしと柳原くんはライバルなわけ」
彼女は一転、悪戯げな表情を浮かべて、クスクスと笑った。
「ら、ライバルって、そんなこと言ってる場合かよ」
俺はそこでようやく立ち上がった。
「なあ、神楽。俺たちはお互いに好きな女が中年のおじさんに見えてるという不幸に見舞われてるんだ。ここでいがみ合ってる場合じゃない。一緒にこの困難を乗り越えるべきじゃないのか」
俺は真面目に言った。
真面目に、真摯に、切実に。
心を込めて語った。
しかし――神楽はくつくつと嗤った。
「ふふふ。彼女に惚れてることは否定しないのね」
う、と俺は一瞬、動きを止めた。
は、恥ずかしい。
が、もうここまで来たら仕方ない。
俺はそうだよと開き直るように言い、神楽に近づいた。
「俺は咲良が好きだ。世界中の誰よりも、な。だからこそ、この困難を乗り越えたい。そしてその上で、神楽、お前と勝負したい」
「は。勝負?」
神楽は呆れたように言った。
「おめでたいわね。いい? 恋愛ってのは、そんな青春スポーツ根性ものみたいな爽やかなもんじゃないの」
「ど、どういう意味だよ」
「泥仕合なのよ。大抵はね」
神楽は目を細めた。
「互いに醜いところを出し合って、取り合って、奪い合うものなの。ズルくて。汚くて。ダサくて。どうしようもないものなのよ。だからライバルと手を組むなんて――」
あり得ない、と神楽は言った。
「じゃ、じゃあ、お前はどうするつもりなんだ」
「どうもしないわ。わたしは氷見さんが好きだから。あなたは諦めるかもしれないけれど、わたしは彼女をあきらめないから」
「お、俺だって諦めるねーよ!」
「どうかしら? あなた、今日一日で、もうあたふたしてたじゃない。もう揺らいでたじゃない」
「そ、それは――」
「わたしが腹立たしいのはそこなのよ」
神楽は目線を強めた。
「氷見さんはきっと、柳原くんのことを好いてる。まだ恋愛感情はないかもしれないけれど、その種は萌芽してる。あの子の心は、柳原翔平に傾いてる。それなのに――それなのに! あなたはこんなことくらいで揺らいでた!」
神楽はヒステリックに言った。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
こいつは――ガチだ。
わたしなら我慢するわ、と神楽は言った、
「だから、わたしはあなたとは組まない。ううん、それ以上。わたしはあなたに勝つわ。氷見さんを、あなたから奪ってみせる」
神楽は宣言するように言った。
なるほど。
そういうことか。
俺はここに至り、ようやく得心が入った、
何故、彼女が俺に話しかけてきたのか。
何故、彼女が俺に敵意を剥き出しにしてきたのか。
これは宣戦布告なのだ。
俺との恋愛バトルに挑むための。
彼女の決意表明なのだ。
「分かったよ」
と、俺は言った。
「そういうことなら受けて立つ。神楽。お前にはどう見えているか知らねーけどよ。俺だって、死んでも咲良は諦めねーぞ」
あらそう、と神楽は不敵に笑った。
「楽しみだわ。それじゃあ、これからよろしくね」
神楽はそう言うと。
踵を返して、教室を出て行った。
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