第7話 おっさんのこと教えてくれよ!?


「ど、どうしてそんな風に思うんだよ!?」


 俺は床に尻餅をついたまま。


 神楽に向かって言った。


「どうしても何も」


 神楽は肩をすくめて、俺を見下ろした。


「だって、だもの」


 俺はフリーズした。


 マジかと思った。


 ビックリしすぎて口をパクパクさせた。


 言葉が出てこなかった。


「お、おま、それ、マジで言ってんの!?」


「うん。多分、柳原くんと同じ。わたしも、彼女――氷見咲良さんのこと、女の子に見えてない」


「ど、どんな風に見えてんの?」


「冴えないおじさん。小太りで。ちょっと頭髪が薄くて」


 同じだ。


 俺とまったく同じ。


「だからすぐに気付いたわ。柳原くん、氷見さんが氷見さんに見えてないって」


「い、いつから?」


 俺はごくりと喉を鳴らした。


「神楽は、いつから咲良がおっさんに見えてるんだ」


「さて。いつからだったかしら。もう1ヶ月くらい経つかな」


「そ、そんなに前から」


 まったく気がつかなかった。


 神楽のやつ。


 ずっと咲良をおっさんと見ながら。


 普通に接していたのか。


「神楽、誰かにそのこと、話した?」


「話すわけないじゃない」


 神楽はふっと笑った。


「そんなの、周りに頭がおかしいと思われるだけだし。それに、きっと咲良さんも傷ついちゃうし」


「そ、そうだよな」


 俺は一人でうんうんと頷いた。


 ホッとしていた。


 どうやら神楽は少し変わってはいるものの。


 心根は優しい子のようだ。


「しかし、どうしてこんなことになったんだろう」


 俺は呟いた。


「なあ、神楽。なにか思い当たることはないか。俺たちだけ、どうして咲良がおっさんに見えるのか」


「さあ。皆目検討もつかないけど」


 そりゃそうだ。


 自分で聞いといてなんだけど。


 こんな珍現象に心当たりなんてあるわけがない。


 漫画でも見たことのないシチュエーションだ。


 俺たちの間に沈黙が落ちた。


 静かになると、外から部活動に勤しむ生徒たちの声が聞こえてきた。


「……ただ」


 やがて、神楽が口を開いた。


「わたしと柳原くんには、一つ、共通点がある気がする」


「共通点?」


「うん。厳密に言うと違うんだけど、でも、なんとなく似てるところが」


「ど、どこ? 俺と神楽に共通するとこって」


 俺は考えを巡らせた。


 しかし、すぐに何も思い付かないと悟った。


 何しろ俺は神楽のことは何も知らない。


 生まれも育ちも。


 交遊関係すら知らない。


 それはきっと向こうもそのはずだ。


 それでも、神楽は俺のことが分かるんだろうか。


 神楽はそこで黙り込んだ。


 今度は長く、重い静寂が流れた。


「ど、どこなんだよ。俺と、神楽の共通点って」


 俺はもう一度聞いた。


 神楽は俺を見た。


 その視線は、鋭かった。


 明確に、敵意があった。


 そうなのだ。


 彼女は最初から、どういうわけか俺に対する反発を感じるのだ。


 どうして、神楽は俺を嫌うのか。


 理由がまったく分からない。


 俺も神楽も、同じ被害者ではないのか。


 クラスメートがおっさんに見えてしまうという、悲しい被害者ではないのか。


 それとも。


 他にまだ、何かあるのだろうか。


 ぐるぐると思考が回った。


 そして、次の瞬間。


「……氷見さんのことを」


 神楽は、ようやく答えた。


「わたしと柳原くんの共通点。それは、氷見さんのことを"好き"だと想ってるところ」


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