第4話 おっさんが踊ってるんだけど!?


 ぼよんぼよん。


 ぼよんぼよん。


 おっさんが踊っている。


 ピチめの体操着を着て。


 腹を弾ませて。


 音楽に合わせて跳ねている。


 昼休憩前の最後の授業。


 体育の時間。


 今日はダンスの日だ。


 女子たちが順番にダンスを披露している。


 俺たち男子はバレーボールなんだけど。


 今は先生が用事でいないので、サボって女子のダンスをみんなで盗み見している。


 俺たち男子にはたまらなく楽しい時間である。


 本来なら。


 そう、本来なら、だ。


 俺は男子に紛れて。


 もう一度、女子たちのほうに目をやった。


 今は――咲良が踊っている。


 踊り狂っている。


「おい、やっぱ氷見はたまんねぇな」


 横にいた友達の白田しろた大司たいしが言った。


「見ろよ、翔平。あの太もも。あのおっぱい。マジで俺たちと同い年とは思えないんだけど」


 俺はそうだなと言って俯いた。


 あの三段腹。


 薄い頭髪。


 確かに中学生には見えない。


 つーか、中年にしか見えない。


「んだよ、そのリアクション」


 逆側にいたもう一人の友人、赤井あかい洋次ようじも口を開く。


「ったくよ、そんな機嫌悪くするなって。確かに氷見咲良はお前の幼馴染みだろうけどよ、俺たちにだって彼女を愛でる権利はあるんだぜ? あの子はお前だけのもんじゃない。俺たちだってクラスメートなんだから」


 そうそう、と白田。


「体育の時間に見るくらい良いだろう? ほんと、お前はガチで幸せもんだよ。あーあ。俺もあんな美少女の幼馴染みほしいよ」


 ほんとほんと、と赤白コンビは同時にため息を吐いた。


「あー、マジでお前が羨ましいよ」


 二人は声をハモらせて言い、咲良を見ながら身悶えた。


 いや。


 今はお前らのが羨ましいから。


 俺だって、咲良の、本物の咲良のダンスを見たかったのに。


 なんで――なんで。


 あんな小太りのおっさんの機敏な躍りを見なくてはならないのか――


 ん?


 ちょっと待てよ?


 このダンス、なんか――


 と、そのとき。


 俺ははたと気付いた。


 さすが中身は咲良だけのことはある。


 なんか――あのおっさん。


 ダンス姿は、結構イケてる。


 つか、ちょっとカッコいいんだけど。


 おっさん咲良は華麗にジャンプし、しなやかにターンを決め、そして完璧なポージングでフィニッシュ。


 曲が終わると、拍手喝采が起きた。


 それほど見事だった。


 気付くと俺も小さくパチパチと手を打っていた。


 ……なんだ、この気持ちは。


 これまでどう見ても気持ち悪かったのに。


 あの見た目で咲良をやってるのが許せなかったのに。


 なんか――ちょっとサマになってる。


 女子体操着を着た汗だくのおっさんが。


 華麗に。


 いや。


 ともすれば、可憐にさえ見えた。


 ほんの少し。


 本当に本当に、ほんの少しだけなんだけど。


 キュンと来た。


 俺はブンブンと首を振った。


 やべえ。


 俺の頭、いよいよバグって来たのか。


 それとも。


 あのおっさんが。


 本当にちょっと可愛いのか――?


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