第2話 だからこのおっさん誰!?
「ったく、あんたね、あんまり変なこと言ってたらさすがの私も縁を切るわよ? ただでさえあんたのお
頭がバグりそうだ。
というか、この現実がバグってんだろ。
目の前の光景はどっかのクソゲーの不具合にしか見えねーんだが。
俺は白目を剥きながらおっさんの口から吐かれる咲良の声を聞いていた。
あの可愛い咲良の声が。
汚いおっさんから吐かれ続けている。
こんな冒涜は許されない。
こんな現実は許されて良いわけがない。
なあ、神様。
あんた、ちゃんとデバッグしたのかよ。
「ちょっとあんた、聞いてんの?」
目の前の咲良――いや、おっさんが腕組みをしながら俺を見る。
「あ、あの、その前に」
俺は恐る恐る聞いた。
「も、もう一度だけ確認させてください。あなたは、氷見(ひみ)咲良(さくら)さん、で、よろしいんですよね?」
おっさんはいよいよ怪訝そうに眉根を寄せた。
よく見ると髭の剃り残しがある。
「……あんた、寝惚けてんの? それとも、ついに脳ミソ溶けちゃったとか?」
「い、いや、分かった。すまん。お前は咲良だよな。分かった」
俺は無理矢理自分を納得させた。
いや、本当なら納得なんか出来るわけない。
普通ならドッキリかなにかだと思う。
でも。
この声はどう考えても咲良だ。
そっくりさんのボイスチェンジャーとかじゃない。
ちゃんと
それに。
もう咲良とは10年以上の付き合いだ。
今さら声を聞き間違えるはずないし、そもそも――
動きとか口調とか、ちょっとした仕草とか。
そういう雰囲気で分かる。
分かりたくもないが、分かってしまう。
ちくしょう。
このおっさん。
中身は確実に咲良だ。
あの可憐で可愛らしかった。
俺の初恋の。
ずっと告白したいと想い続けていた。
あの、咲良なのだ。
「ちょ、ちょっと! あんたなに? 泣いてんの?」
自分でも気付かなかったが。
俺は泣いていた。
すまん、と俺はぐいと服で涙を拭いた。
「咲良。起こしてくれてありがとう」
俺は頭を下げた。
この様子だと、咲良は恐らく、気付いてない。
自分がおっさんに見られていると。
というか、多分、俺以外、咲良をおっさんに見えてない。
俺だけが、彼女をおっさんとして見ているのだ。
何故なら。
もしも俺のカーちゃんが咲良を見ておっさんに見えていたら。
ここに通すわけがないからだ。
つーか。
もしそうなら、もう問答無用で大騒ぎのはずなのだ。
咲良が咲良の両親に見られた時点で警察沙汰になってるはず。
それが無いと言うことは――
どうやら俺だけが、咲良がおっさんとして見えているのに違いないのだ。
ならば。
俺が。
俺だけが我慢していれば。
とりあえず、咲良を傷付けることはないわけである。
それなら――と、俺はぐっと奥歯を噛み締めた。
「うし! じゃ、学校行くか! ちょっと待っててくれよ! 今着替えるからよ!」
俺はいつものように元気に言った。
それから親指を立てて、いつもよりも何倍も爽やかな笑みを浮かべたのだった。
それなら、修正が入るまで、俺はこのバグゲーを楽しむだけだ。
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