第2話 Collection 『収集』

 駿太にとって、死は、一際苦しいものだった。彼を撥ねた車にダンプカーほどの威力が無く、即死とならなかったからである。だが、十七日のうちに死亡できたため、なんとか「合格」することができた。

 彼は、コレクション・サービスの佐藤を睨み付けた。

「九十八回目から、なんかおかしい」

 それ以前の彼は、食事会に誘ってくれる杏奈に背を向けたまま、粛々と死に臨んでいた。彼女には嫌なモノを見せてしまう。けれど、駿太が、「百回の死」という試練を耐え抜いたなら、彼女は、もう見なくてすむはずだから。いや、より正確には、その後もう一度駿太が過去へと跳び、彼女を通り魔から救う必要があるのだが。

 しかし、九十八回目、杏奈は、学校を休んで姿を現さなかった。そして——

「俺は、連行される宇宙人かってんだよ」

 九十九回目に至っては、杏奈は、桃子まで巻き込んだ。杏奈だけでなく桃子もなかなかの長身であるため、チビの駿太は、いつか雑誌で見た、インチキの白黒写真を思い出した。

 彼女たちは、少なくとも杏奈は、駿太が自ら死を選ぶことを知っていて妨害しているかのようだった。

 駿太は、疑惑の眼差しを佐藤に突き立てる。

「細かいことを気にするより、試練の総仕上げに集中したほうが良いのでは?」

 佐藤は、涼しい笑顔で応じた。

 それはそうかもしれない。駿太は、あともう一度だけ死ななければならないのだ。十七日の下校時にこの大通りで交通事故に遭い、日付が変わるまでに絶命しなければ、十五日の朝に戻ることはできないのだから。


 あの日、十五日の朝——

 駿太は、路面を睨み付けながら登校していた。どうしたら身長を伸ばせるのだろうと考えていた。

 ふいに、女子の悲鳴が耳に刺さった。見れば、十メートルほど前方で、桃子が立ち尽くしており、その傍らには、真っ黒い背広を纏った、見知らぬ男の姿があった。そして、男は、朝陽のような輝きを放つ不思議な炎を、掌で掬い上げたのだ。

「なんだおまえは!」

「おやおや、私の姿が見えるようですね」

 それが、駿太と佐藤の邂逅だった。


 次の瞬間、佐藤の魔法に攫われて、駿太は、上空から、状況を把握した。

 実は、桃子の隣を歩いていた杏奈が、通り魔に刺されて倒れたのだ。彼女は既に事切れたため、その魂は、美しい朝陽のごとく輝くその魂は、コレクション・サービスの佐藤の手に渡ったというわけだ。

「私は、掟に縛られています。私の姿を見ることができる稀有な人間には、『百回の死』の試練に挑むチャンスを与えねばなりません。一人の人間の死は、それなりに重たい事実ですが、代理人がその試練を成し遂げたなら、百回に及ぶ死の苦痛に耐え抜いたなら、人一人の死という事実を覆すことが可能なのです。

 ああ、無理はしなくていいんですよ?」

「無理なんてしねえ」

 それが駿太の答えだった。

 彼にとって、杏奈復活のために死力を尽くすのは、ごく当たり前のことだった。


 駿太は、佐藤の魔法によって、通り魔事件の前夜に送り届けられた。

 翌、十五日の朝、駿太は、通学路で杏奈のすぐ後ろにつけた。

 いざ通り魔が出現するや、駿太は、サッカーで鍛えたフットワークと、詰物をしたランドセルをフル活用して、通り魔の手から刃物を奪うことに専念した。

 結果、杏奈は、怪我一つ負わなかった。

 しかし、大変なのはその後だった。駿太が経験せねばならない死には、場所や日時の指定が存在した。例えば、駿太が杏奈の身代わりとなって刺殺されるのもNGだった。そのうえ佐藤は、「辛いのなら、いつでもギブアップして構いませんよ。ただ単に杏奈さんの死が確定するだけで、あなた自身には、何らペナルティは課されませんから」などとしつこく囁き掛けるのだ。

 駿太にとって、杏奈が死んでしまう以上のペナルティなんて存在しないというのに……


 駿太は、黙々と試練を乗り越えつつあった。佐藤は、徐々に不機嫌となっていった。

 ついに佐藤は、駿太には内緒で杏奈に干渉した。彼女のような、彼に魂を握られた、仮初の生者を唆すことは、佐藤の裁量の範囲内なのである。


 やがて、駿太は、百回目の死を迎えるべく、大通りの前に立った。

 今日はまた、杏奈は学校を休んでいたが、むしろ好都合だった。

 青信号に変わる数秒前、駿太は、狙ったダンプカー目掛けて駆け出した。


 私だって、バスケットボールを頑張ってるんだから!


 次の刹那、駿太は見た。杏奈が、彼の真ん前に、両手を広げて立ちはだかったのを。

 彼女の長身と穏やかな微笑みは、なんて綺麗なんだろうと、駿太は見惚れた。

 ダンプカーは、杏奈の背後から、二人を撥ね飛ばしたのだった。


 やがて、駿太は目を覚ました。そこは、陽光の射し込む明るい……見知らぬ部屋だった。

 そして、窓の外には、佐藤が笑顔で浮かんでいた。

「えらくお寝坊でしたね。既に二十七日ですが、あなたは存命です。よって、試練の百回目の死は失敗です。

 杏奈さんは、晴れて死亡しました。この美しい魂は、今度こそ、私が頂戴しましょう」

 佐藤は、特製のランタンに封じ込めた、朝陽のように輝き炎のように揺らめく魂を見せ付けた。

 彼とて掟に縛られている。極上の宝石のごときその魂も、いずれは上司に上納せねばならない。しかし、それまでほんの数百年ばかり、彼自身のコレクションに加えておいても問題無いだろう。

「フッ、人間よ、試練とはこうしたものです。ご利用は、あくまで衝動的に。悪魔だけに」

 佐藤という名の悪魔はおどけた。


 駿太は、窓に駆け寄ろうとした。しかし、彼は両足を失っていた。

 せめて、佐藤を罵倒したかった。しかし、顎の骨が砕けていて、言葉を発することもできなかった。

 ところが、病室の窓は開け放たれたのだ。

「貴様、何奴じゃ」

 それは、駿太に付き添っていた、彼の祖父だった。

 武道でも嗜んでいるのか、眼光鋭く威圧的な老人だった。

「は……お祖父様……あなたにも私が見えるのですか?」

 佐藤たち悪魔は、掟に縛られている。悪魔の姿を見ることができる稀有な人間には、「百回の死」の試練に挑むチャンスを与えねばならない。駿太を現状へと至らしめた経緯も語らざるを得まい。

 佐藤の脳裏では、既に、謎の老人VS 通り魔の対決のゴングが鳴り響いていた。

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ご利用は、衝動的に。 如月姫蝶 @k-kiss

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