空のベッド(5分で読書 応募作品)

南方てるぞう

空のベッド

 ブランコから落ちて、足の骨が折れてしまった。

 最初は痛くて痛くて、たくさん泣いた。

 ブランコの周りで、救急車の中で、大部屋の病室で、たくさん泣いた。

 お母さんは毎日、病室に来てくれて、困ったように時折、頭をなでてくれた。

 そして、僕が泣き止むと、病室にいるもう一人の大人に、「うるさくしてすいません」と謝りにいく。

 「お母さん、誰かいるの?」

 「女の子がいるのよ。」 

 「泣くの我慢して、女の子にかっこいいところ見せよう?」

 お母さんは優しく、教えてくれた。

 その時、初めて僕以外にも体の悪い人がいるんだと気が付いた。

 病室で過ごして、2,3日経つけど、泣くばかりで気がつかなかった。

 女の子がいるだろうベットの方向をチラチラ見ながら、泣き声が聞かれてないかなと不安に思ってしまった。

 女の子のベットはカーテンに包まれていて、なんだか触ってはいけないような、見てはいけないような気持ちになった。


 お母さんたちは夜になると帰って行ってしまう。

 お昼ごろの会話を思い出し、病室が僕だけじゃないと知った。

「泣き声、聞こえてた?」

 女の子のベッドの方を向きながら、少し大きな声で話しかけてみた。

 この声が聞こえてなければ、きっと泣き声はカーテンが邪魔をして、聞こえてない。

 返事が欲しいと思いつつ、返事がないと恥ずかしくないと思った。

「当たり前じゃない。泣き虫」

 少し間をおいて、ちょっとキツイ声が聞こえてきた。

「な、泣き虫じゃないよ。」

「あれだけ、泣いていたら、泣き虫よ。」

「しょうがないじゃないか。足の骨が折れていたいんだから。」

 泣き虫と言われるのは、ちょっと嫌だから、言い返してしまうけど、本当のことだから強く言えない。

「足の骨が折れたぐらいなによ。私の方が、もっと体が悪いし、痛いわ。」

「骨が折れるよりも、痛いの?」

「えぇ。そうよ。」

「すごいね。僕だったら、もっと大きな声で泣いてしまうかも。」

 僕よりも痛いものを耐えている女の子は、素直にすごいと思った。

 しかも、泣かずに耐えているなんて、僕には考えられないことだった。


 それから、少しづつ女の子と夜に話すようになった。

 どこら辺に住んでいるとか、あのアニメが面白いとか、こんな勉強をしているとか、女の子とのお話は、何よりも楽しい時間だった。

「私は九九を全部言えるのよ。」

「すごいや!僕はまだ、5の段までしか言えないんだ。」

「しっかり勉強しないとダメじゃない。勉強のできない男は、大人になったら女に見向きもされなくなるわ。」

「よくわからないよ。」

 たまに女の子は大人びたことを言っていて、僕にはよく理解できなかった。

 でも、女の子はなんでも知っていて、僕にいろんなことを教えてくれた。

「大人はね、将来、結婚するのよ。」

「けっこんって何?」

「好きな人とずっと一緒にいることよ。」

「そうなの?だったら、僕はお母さんと、けっこんするのかな?」

「馬鹿ね。お母さんと結婚はできないわよ。」

「好きなのに?」

「そういう好きじゃないの!馬鹿!」

 よくわからないけど、少し怒らせてしまったみたいだ。

 僕は女の子みたいに、何でも知っているわけではないけど、女の子がめんどくさいってことは、女の子よりも知っているのかもしれないと思った。


「最近、泣かなくなって偉いわね。痛いのに偉いぞ。」

 お母さんが褒めてくれて、頭をなでてくれた。

 最近、泣かないのは、痛いのに慣れたこともあるけど、お母さんが帰ってからも寂しくないからだ。

 お母さんは僕が女の子と夜に話していることを知らない。

 お母さんは僕が女の子と話さないのは、恥ずかしがってるからだと思っている。

 本当は女の子と話すことをお母さんに知られたくないだけだ。

 大人が知らないってだけで、秘密な感じがして、ワクワクする。

 女の子も同じなのだろうか、女の子のお母さんに話している雰囲気はない。


 お母さんが帰ると女の子が話しかけてきた。

「ねぇ。ブランコって楽しいの?」

「うん。とっても楽しいよ!なんか、こう、風を感じることができて、空を飛んだ気持ちになるんだ!」

「それで、本当に空を飛んで骨を折っちゃったんだ。」

 女の子は、少し笑いながら言った。

 僕は少し恥ずかしくなって「ブランコに乗ったことないの?」と聞いていた。

「ないわ。乗ってみたい。私も空を飛んでみたい。」

「退院したら一緒に乗りに行こうよ!」

「うまく乗れるかな。」

 女の子にもできないことがあるって知って少しうれしくなった。

「僕が支えるから大丈夫だよ!」

「本当に大丈夫?」

「本当に大丈夫!」

「なら、約束よ。」

 女の子の声は嬉しそうだったけど、少し震えていたような気がした。


 今日は女の子の周りに白い服を着た人がたくさんいた。

 お母さんが帰った後にも、白い服を着た人達が出入りしていたから、話す時間はいつもより、ずっと遅かった。

「大丈夫?」

 女の子と話す時間が短くなって、少し寂しかった。

「いつものことだもの、このぐらい大丈夫よ。」

「すごく痛そうだった。」

「慣れれば、問題ないわ。」

 そういう女の子の声は、いつもより低く感じられた。

「ねぇ。」

「どうしたの?」

「結婚の話って覚えてる?」

「好きな人がずっと一緒にいるって言っていたこと?」

「そう。それ。」

「それがどうしたの?」

「私、明日、遠くに行ってしまうかもしれないの。」

「え、どうして?話せなくなってしまうのは、嫌だよ。」

 女の子と話せなくなってしまうことを想像したら、すごく夜が怖くなってきた。

「もう、泣くのやめなさいよ。」

「でも、寂しくなっちゃって。」

「遠くに行くって決まったわけじゃないわ。」

「ほんとうに?」

「本当よ。」

 女の子が遠くに行かなくていいなら、嬉しい。

 まだ、たくさん話せるし、一緒にいることができる。

「だから、私が遠くに行かないように、約束してほしいの。」

「何を約束すればいいの?」

「私と大人になったら結婚してほしいの。」

「でも、けっこんって好きな人同士じゃないとダメじゃないの?」

「なに?君は私のこと嫌いなの?」

 少し不機嫌そうな声に思わず答えてしまった。

「嫌いじゃないよ。好きかな。」

「なら、いいじゃない。」

 女の子の声はいつもより少し小さかった。

「約束したら、遠くに行かない?」

「わからない。だけど、約束しなかったら、必ず、遠くに行くわ。」

「そうなんだ。いいよ。大人になったら、結婚しよう。」

「本当にいいの?」

「うん。一緒に話すの楽しいし。」

「約束よ?約束破ったら、許さないからね。」

 その日は、それ以上、お話はしなかった。

 僕の顔は赤かったと思う。いつもより、夜が暗いと思わなかった。


 次の日の朝に女の子が、どこかに行くのを感じた。

 白い服を着た人と「しゅじゅつ」って言うことを話していたのは、カーテンの隙間から聞こえてきた。

 お母さんが、その日も来てくれた。

「ねぇ、お母さん。しゅじゅつって何?」

「悪いところをなくしちゃうことよ。どうしたの?」

「今日、白い服を着た人が言っていたのが聞こえてきたんだ。」

「そうか、今日だったかしら。」

 お母さんが独り言のようにつぶやいた。

「仲いいの?」

「なんで?」

「ううん。なんとなく。」

 秘密の関係がわかちゃったかなと、少しドキッとしたけど、お母さんは、そのあと何も聞かなかった。

 お母さんが帰るころになっても、女の子は帰って来なかった。

 夜になっても女の子は帰って来なかった。

 夜は女の子といつも話していたから、女の子と話さない夜は寂しくて、とてもつまらなかった。いつもより少し枕が冷たかった。


 女の子は次の日も帰ってこなかった。

 約束したのにっていう気持ちで一杯ですごく寂しくて、その日から、また泣くようになってしまった。

 女の子はどうしたのかと聞こうとした。

 だけど、僕は女の子の名前を知らなった。

 それに、女の子のベットに近づく大人たちは、みんな悲しそうな顔をしていて、聞けなかった。

 そして、僕が退院する日になってしまった。

 退院するときに隣のベットを見た。

 最初に見たときはカーテンがされていて、ベッドを見ることはできなかった。

 そこは触ってはいけなくて、見てはいけないのだと思っていた。

 だけど、今は空のベッドがあるだけで、秘密の約束はなくなってしまったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空のベッド(5分で読書 応募作品) 南方てるぞう @teruyoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ