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プライアによる引き寄せを駆使して空中を飛び回り、窓を蹴り破った。
場に飛び込んだ理逸に見えてきたのは、縛られたままソファに座る加賀田へ右手を振り上げる欣怡。その奥のソファで欣怡越しに、理逸たちの方を向いている李娜。
李娜の怯えを見るに……どうやら欣怡は本性を見せたところだったようだ。
気のいい隣人の女、楊欣怡が、冷徹な職業人としてそこに立っていた。
「やーは。疑われないために捜査のフリをつづけようとわーざわざ棚部百合の情報を閲覧しようとしたのが失敗だったね」
動きを止めていた欣怡は、理逸とスミレを見つめて嘆息した。
立ち姿に宿るのは、雑踏のなかで争った沟の男二人よりも数段上の、使い手としての気迫。
伏せていた瞳を上向けた欣怡の顔は、ぞっとするような美しさと険しさが同居していた。
「本性表した、っつーか自分の立場を明確にしたみてぇだな。欣怡」
「やっぱ私の行動読まれてたんだね。でもどうせスミレちゃんの入れ知恵でしょ?」
「ああ。俺はお前を疑ってなかった」
ただ事実だけを告げ、左半身の構えを取る。スミレが背中から降りて、
加賀田とのやりとりを具体的に知らない欣怡は、一発目の発砲音こそ知っていても二発目がそもそも存在しないことは知らない。牽制としてはまだ機能する。
この、二人の連携を見据えながら欣怡は笑った。
凄絶な美貌がそこにあった。
「ねーえ。どこで確信したのかなスミレちゃん? 私そんなにぼろ出さなかったと思うんだけど」
「ぉ話で時間稼ぎですか。一階のぁなたの部下が、窓を破った音に集まってくるまでの」
「あーは。バレてるんだ。ってことは対策済みかぁ」
「ぇえ。増援を呼んでぁります」
先の、希望街の人間をメッセンジャーにした深々への連絡だろう。耳をすませば下からの争音は聞こえてこない。膠着状態が発生していると思われた。
ふうと息を吐き、スミレがつづける。
「その上でぉ話に付きぁって差し上げますが──なにがぼろとぃうゎけでもぁりません。これまでのぁなたの行動がゅえの、総合的判断です」
「……ふーん」
「×マークふたつ、との読みにぁなたは『爻』ではなぃかと唱ぇましたね。ぁれはマーキングが『ひとつの字』でぁるとミスリードし、ゎたしたちを真相から遠ざけるためです」
「……、」
「×マークは、三つでは多くて気づかれます。ひとつでは『機能しづらぃ』。……ですがしづらぃだけで、まったく機能しないゎけではなぃ」
知っていれば気づけるのだ、とここまでの移動中にスミレは理逸へ語った。偶然にも理逸の発言が、発想のもととなったらしい(嫌そうに、けれど正直に彼女がそう言った)。
闇雲に探すから難しい。
もし、最初から『この家の軒下にはある』とわかっているのなら、×のひとつでも簡単に見つけられる。
つまりこういうことだ。
「ぁなたがたは、攫う家の子にぁらかじめ接触してぃた。そのときにひとつめの×を付けた。次に、子ども自身が『攫って良いタィミング』とぃう合図として、そこにふたつめの×を付ける」
狂言誘拐──ではないが。
露見しにくい状況をつくるように子どもが協力していたのなら、失踪させる難易度が格段に下がる。
「なにをネタにそぅさせたのか。唆したのか
「それがなんだっていうのかな」
「幹部級とはぃえ後継者でも役職付き幹部でもなぃのに、なぜぁなたが重要な会議の場に招かれてぃたのか。想定できる役割からの消去法でこれもゎかりました……ボディガードでしょぅ」
そしてそんな仕事がこの街で務まることを確実視されているなら、十中八九、
尾道のような未届の能力者ではないだろうが、これまであらゆる事件で捜査線上に出ることすらなかったあたり、意図的に弱めた能力で登録を果たした過少申告のホルダーだろう。理逸も引き寄せ能力の『対象に向けて拳を握りこむ動作条件』『視界内の対象限定という距離条件』などの発動条件は弱点になるため伏せて申告しているが、それと似たようなものだ。もっと悪辣ではあるにせよ。
……さて、では欣怡のプライアはどのような能力か?
有事の際に主人の命を守ることができる防御能力。
深々のような絶対の盾か。
加賀田のように認識阻害か。
あるいは、『気づかれることなく共にその場から離脱できる』──
「
おそらく安東に薬を盛られた際は、胃の内容物だけを残して短距離転移するなどで薬効が現れる前に除去した。
情報網も、気づかれずいろいろなところに入り込めるのなら容易に広げられる。
倉庫にあったバインダーも、電子錠があろうと壁を抜けて転移できるのなら関係なく仕込むことができる。
そして姑獲鳥としての活動に際しては、その能力でひとに見られないよう連れ去った。
「弁明は、ぁりますか」
突き付けるスミレを前にして。
欣怡は双眉を大きく持ち上げ、顎を引いた。
大笑いをかみ殺している顔で、一瞬見開いた目がスミレを上から下まで眺め回す。
肩に入っていた力をすとんと抜いて、欣怡はカッは、と苦笑した。
「おーや。補足説明するべき部分もすっかりなくなっちゃったみたいだねこれは」
「認めるのですね」
「ご明察。とでも褒めてあげたら少しはうれしくなるのかなスミレちゃんも」
「子どもを食ぃ物にするゃからに褒められてもゾッとするだけです」
「ふーふ。嫌われちゃったぁ」
くすくすと笑い、加賀田のいたソファをのしのしと乗り越えて背もたれに腰かける。
すっかり気迫の抜けた欣怡はあきらめたような表情で、スミレに問いかけた。
「その様子だと私が犯人で能力も転移だって推測までを深々さんに伝えてるんだろね」
「ぇえ。たとぇ転移でこの場から逃げょうと、無駄です。安全組合はぁなたを犯人と目して追ぅでしょう」
「そっかそっか。いやーやっぱりあそこで円藤たち巻き込まずにここに来ればよかったのかな……棚部百合を攫うときにここで楼閣が犯人だって証拠まで見せれば私たちが捜査の手から逃れられると思ったんだけど」
「欲をかぃて仕損じましたね」
「みたいだね。んーふ」
力なく笑い、背もたれに置いていた手でかたわらの加賀田の頭をつつく。
「このひとの予約時間まで調べておいて会話が長くなるタイミングで出ようってところまでは計画通りだったんだけどね。そいえばこのひとと戦ったの? 円藤たち」
「まぁ、な。とくに事件と関係ねぇ部外者だったから、無駄な戦いになったが」
「へーえ。
「わかるのか、多企業軍だってこと」
「
ふいっと理逸に問う、かのような態度から。
語尾にいきつくまでで欣怡は質問相手を理逸の肩越しに見えるスミレへ変更した。
「こいつのことは伝令した?」
たいした質問ではないように思われた。
だが、
理逸の背後でスミレがこわばりを見せた──見せてしまったのが、伝わってきた。
次の瞬間、
「ふうん。じゃあまだ手はあるか」
気迫が欣怡の内に戻った。
……この問いにどれほどの意味があったのかは理逸にはわからない。
ただ、目の前で彼女がふたたび臨戦態勢に戻ったことだけはわかった。
完全にあきらめたかのように見せかけ。
理逸とスミレのわずかな弛緩を、この女は狙っていた。
彼女が背もたれより腰を上げようとしている。
「欣怡、お前っ」
構えたままだった理逸はとっさに左拳を握りこむ。『引き寄せ』の発動で欣怡の体勢を崩そうとした。
けれど引き寄せる手ごたえは途中で消失した。
がくんと行き場を失った引力が理逸の手の内からこぼれ消える。転移だ。
しかし逃走ではない。逃げるだけならとっくにやっていたはずなのだから。
ならばこれは、
攻撃だ。
「──スミレっ!」
即座。
理逸は振り返る。
そこには壁に背をつけているスミレの前に躍り出た欣怡がいる。理逸の肩越しに見つめていたスミレの前に転移したのだろう。銃を持つ彼女をまず潰そうというセオリー通りの手だ。
すでにスミレの両手は薙ぎ払われており、亜式拳銃は床に転がっていた。つづく欣怡の魔手がスミレに迫る。
理逸は右拳を握る。
引き寄せで背後から欣怡の姿勢を崩し、ステップイン。
一歩分の加速で右足を強く踏み込み、振りかぶった左の──
「《
──だが、しかし。
「《
つぶやく呼気と振り向きざまの欣怡の左手刀が、理逸の《白撃》の拳と打ち合った。
大きく体を回しての、斜めがけに放たれる手刀。
薙ぐ鉈を思わせる一撃は瞬時に理逸の肩まで衝撃を到達させ、欣怡の腰の捻転に合わせてさらに重さが満ちた。理逸の上体が後ろへ傾ぐ。
押し、負ける。
一歩分しか助走をつけられず加速が普段より足りなかったとはいえ、駆け込んで殴りつける慣性の暴力たる《白撃》が。その場での振り向きから放つ手刀の
「ざーんねん。功夫足りてないんじゃ、ないッ?!」
「ぐっ!」
つづく横蹴りが、理逸をソファの背もたれまで押し戻し叩きつけた。
さして上背もウエイトも変わらないはずの彼女が、異様な重たさの打撃を繰り出してくる。ごほ、と息を吐きつつ理逸は驚きを禁じ得ない。
「さーて。この眼鏡さんのことは知られてないようだし。多企業軍の出でかつ腕も立つってことは……乱心して円藤もスミレちゃんも李娜楼主もこのひとが殺したってシナリオが一番わかりやすいかな。濡れ衣を着てもらおっと」
動きやすくするためか、トップスである赤いボレロのバストトップとアンダーを押さえていた革ベルトを強く締めなおす。両手でそれぞれ左右へ同時に引っ張る様は、胴着の帯を締める仕草のようだった。
理逸は欣怡の勝手な言い分にかみつく。
「んな無茶が、通ると思ってんのか」
「通るよ? 十割の黑じゃなかろうと健全な法治なんて
そもそも勝算なきゃ子攫いなんて危ない橋わたらないって────と、間延びした声が掻き消える。
転移能力の全力発揮。
室内を縦横無尽に、欣怡の気配が巡り
なんでもありとしか言いようがないほどの、高速転移。どんな能力としての届け出をしていたか知らないが、まちがいなくとんでもないレベルの過少申告だったのだろう。
距離と間合いを自在なものとした欣怡に、素手の格闘しか手段のない理逸はあまりにも相性が悪い。じり、と壁際に背を向け下がり、自然彼はスミレを庇い守るような態勢となっていた。
だがそのじつ。
守っているのは、果たしてどちらなのか。
「大丈夫です」
銃を落とされ、機構も失っている彼女が。スミレが言う。
「策はぁります」
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